足のつけ根に腫れや違和感があったら受診を『鼠径ヘルニア』
トイレでいきんだときにつっぱるような違和感がある、足のつけ根に腫れがある、その腫れを押したら元に戻り、痛みがあることも。そんな症状に心当たりがありませんか?もしかしたらそれは鼠径ヘルニア(脱腸)という病気かもしれません。男性の4人に1人が一生で一度は罹患するといわれる鼠径ヘルニアは、年間20万人が手術する身近な病気ですが、放っておくと重症化し、命にかかわることもあります。鼠径ヘルニアとはどのような病気なのでしょうか。

国立国際医療研究センター病院 肝胆膵外科 腹壁・鼠径ヘルニアセンター 副センター長
三原 史規 先生 (みはら・ふみのり)
信州大学医学部卒業。2001 年、国立国際医療センター外科研修医、国立国際医療センター国府台病院外科などを経て、2011 年より現職。日本外科学会専門医、厚生労働省医政局長認定臨床研修指導医、日本消化器外科学会専門医。
鼠径部から 腸が飛び出す病気
鼠径ヘルニアとは、鼠径部(足のつけ根)に特徴的な膨らみや違和感が生じる病気です。ヘルニアは「脱出」「突出」を意味するラテン語で、体の臓器や組織が本来あるべき場所から飛び出している状態です。鼠径ヘルニアでは、腹壁(腹腔をつくっている壁)にできたすき間や脆弱になった部分から、おなかのなかにあるはずの腸や脂肪組織が皮膚の下まで飛び出します(下図①)。おなかにある腸などの臓器は、薄くて伸びやすい腹膜と、その外側にある硬い筋膜、筋肉などによって保護されています。しかし、何らかの原因で筋膜にすき間や脆弱な部分ができるとそこに腹圧が集中するため、腹膜がたるんでヘルニア嚢(下図②)と呼ばれる袋ができるのです。この状態は、ダムにできた小さな穴に水圧が集中し、ダムが決壊するのに似ています。
だれにでもあるリスク 腸閉塞や腸の壊死も
多くの場合、腹圧がかかると腸が飛び出しますが、仰向けになったり手で押し込んだりすると平らになり元に戻ったようになります。しかし、そのまま放置していると、何度も飛び出したり、飛び出す腸のボリュームが増えたりすることも少なくありません。飛び出す際に固い筋膜を乗り越えるため、圧迫により痛みや違和感も生じます。注意すべきは、ヘルニア嚢に嵌まり込んだ腸がおなかに戻らなくなってしまう嵌かんとん頓という状態です(下図③)。
患者さんの9割は男性 女性に多い大腿ヘルニア
鼠径ヘルニアになる患者さんの約9割は男性で、40代あたりから徐々に増え始め、70〜74歳がピークになります(下グラフ)。鼠径ヘルニアには、①外鼠径ヘル ニア、②内鼠径ヘルニア、③大腿ヘルニアの3種類があり(8ページ図①)、鼠径部のどの部分にヘルニアが発生するかによって分類されています。しかし、一般の人には見分けがつきません。鼠径部ヘルニアの約65%は外鼠径ヘルニアで、男性に多く発生します。男性の場合、睾こうがん丸(精巣)に栄養を送る血管や精巣から精子を運ぶ精菅などの通り道である鼠径管のすき間が、腸が入り込む原因になりやすいからです。また、大腿ヘルニアを発症するのはほとんどが女性です。大腿ヘルニアは、嵌頓になる確率が約35%と高いため、特に注意が必要です。
加齢と腹圧が原因に 開腹手術後の合併症も
鼠径ヘルニアには、先天性(生まれつき)と後天性(生まれた後に発症する)があります。先天性の場合は生後1年以内に発症します。自然に治ることもありますが、手術による治療が推奨されています。後天性の場合は、仕事や運動などにより、鼠径部に慢性的な圧力がかかること、加齢により筋膜などが弱くなって組織を支えきれなくなることなどが原因です。いきむことで腹圧がかかりやすい便秘の人、慢性的に咳が出るアレルギー疾患や喘息の人、喫煙者のほか、腹筋を使うスポーツをする人、仕事で重い荷物を扱う人などは、発症しやすいといわれています。また、原因は異なりますが、最近よく見られるのが
治療は手術のみ メッシュで再発率が低下
自覚症状や自己チェックの結果、ヘルニアが疑われるときは、消化器外科を受診しましょう。鼠径ヘルニアは、基本的には問診、視診、触診で診断が可能です。しかし、それだけでは鼠径ヘルニアの種類の確定診断や、リンパ節の炎症など同じく鼠径部が腫れるほかの病気との鑑別できないため、超音波検査も併用します。鼠径ヘルニアは、運動や飲み薬、脱腸ベルト(ヘルニアバンド)などで元に戻すことはできません。ほかの病気との兼ね合いやヘルニアの程度によっては経過観察することもありますが、基本的に手術だけが唯一の治療法です。リスクが少ない患者さんであれば、高齢者でも同意のうえで実施します。現在広く行われているのは、弱くなった部分にメッシュという人工の膜をあてがう手術です。メッシュは体の中に入れても基本的に安全な素材で、長期間弱い部分を支えることができます。メッシュを使うことで、手術後の再発率や合併症発症率が著しく減少しています。手術法には大きく分けて鼠径部切開法と腹腔鏡下修復術の2種類があり、患者さんの状態や状況に合わせて選択します。日本では切開法が4割、腹腔鏡下修復術が6割ほど行われており、入院期間はどちらも1泊2日あるいは2泊3日となります。【鼠径部切開法】鼠径部を3〜4㎝ ほど切開し、メッシュを腹筋の裏からあてがう腹膜前修復法と、ヘルニア嚢の出る穴を前からふたをするようにメッシュをあてがう前方切開法などがあります(下図)。この2つの手術法に再発率の差などの明らかな利点・欠点は報告されていません。前方切開法は技術的に簡便で、世界的に広く流通した代表的な手術法です。ただし女性に多い大腿ヘルニアを修復できないため、女性の場合には大腿ヘルニアに対応できる腹膜前修復法が適切と考えられます。手術時間は、30〜40分程度です。【腹腔鏡下修復術】おへそと下腹部の左右に5㎜〜10㎜ほどの穴を3箇所開けて腹腔鏡を挿入し、裏側からメッシュをあてがう方法です。術後の傷が小さいため社会復帰がしやすいというメリットがある一方、全身麻酔で行われるため手術適応外となるケースもあります。過去に前立腺全摘出術や腹膜前修復法を行った患者さんの場合は組織の癒着が考えられるため、前方切開法がより適しています。腹腔鏡下修復術の手術時間は、約1時間半です。