知ってトクするくすりの話
知ってトクするくすりの話
『山菜からもくすり アトロピンとスコポラミン』
私たちがいつも使用しているくすりはどのような由来があるのでしょうか。また、実用化にあたってどのような問題があったのでしょう。このコーナーでは、くすりにまつわるさまざまなエピソードをご紹介します。

明治薬科大学 名誉教授
小山 清隆 先生 (こやま・きよたか)
1979 年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。湧永製薬中央研究所、明治薬科大学助教授、同教授を経て、2015年より副学長、2020 年に定年退職。専門は生薬学、天然物化学。
有毒植物の誤食に注意ハシリドコロからくすり
春から初夏にかけては、ワラビやゼンマイなど野生の山菜を採取して調理し、その味を楽しむ人も多いでしょう。しかし、山菜と間違えて有毒食物を採ってしまい、誤食して中毒を起こすことがあります。厚生労働省のホームページよると、平成27年から令和6年の10年間で、誤食が218件、患者数726人、死者18人と報告されています。最も多いのは、ニラやノビルと間違えてスイセンを誤食したケースです。そのなかにナス科のハシリドコロの誤食による中毒例が記載されています。今回はそのハシリドコロに含まれているアルカロイド系成分のアトロピン(別名ヒヨスチアミン)とスコポラミン(ヒヨスチン)について紹介します。
アトロピンは 胃腸のけいれんを抑制
アトロピンもスコポラミンも、ハシリドコロだけでなく、同じナス科に属するベラドンナやチョウセンアサガオなどにも含まれています。アトロピンという名称は、ベラドンナの学名Atropa belladonna に由来し、副交感神経の伝達を遮断する作用があります。副交感神経を亢進させる神経伝達物質アセチルコリンの作用を抑えることで、胃腸のけいれんを抑制して疼痛を緩和したり、胃液や唾液の分泌を抑制したりします。また、目に対しては、虹彩の瞳孔括約筋を弛緩させ散瞳(瞳孔が過度に拡大する)を、毛様体筋を弛緩させ調節麻痺(見ようとしてもピントが合わなくなる)を引き起こします。その特徴から、診断または治療を目的とした散瞳と調節麻痺を引き起こすための点眼薬としても用いられます。トロピカミドやシクロペントラートなどの瞳孔拡大薬はこのアトロピンの分子構造をヒントに開発されたものです。さらに、シクロペントラートと構造の一部が類似したイプラトロピウム(気管支収縮抑制剤)、グリコピロニウム、チオトロピウム(いずれも吸入気管支拡張剤)なども開発されています。
サリンの対症療法に 使われたアトロピン
アセチルコリンという神経伝達物質は、コリンエステラーゼという酵素によって分解されます。このコリンエステラーゼの働きを阻害し、アセチルコリンの分解を抑制するのがコリンエステラーゼ阻害薬です。このくすりの作用により、アセチルコリンが増えて神経内に過度に蓄積されると、全身の臓器に影響を与えます。気管支収縮、縮瞳をはじめ筋力低下、言語障害、錯乱、昏睡などの症状が現れ、時に死に至ることもあります。その最も恐ろしい例が、平成7年に起こった地下鉄サリン事件です。オウム真理教が使用した「サリン」は化学兵器としても有名ですが、有機リン系農薬と同じくコリンエステラーゼ阻害作用があるので、サリン事件の初期に、対症療法的にアトロピンが用いられたことは、いまだ記憶に新しいところです。アトロピンにはコリンエステラーゼを復活させることはできませんが、アセチルコリンの作用を抑えることができるからです。
スコポラミンは 酔い止め薬に
スコポラミンもアトロピンとよく似た構造を持っています。私は乗り物酔いをしやすいため、船や飛行機に乗る前に酔い止め薬をよく服用するのですが、市販の酔い止め薬のなかには、このスコポラミンが含まれているものもあります。乗り物酔いは、乗り物の揺れや加速によって体の平衡感覚や自律神経が乱れることで気持ち悪さが誘発されて起こります。スコポラミンは自律神経を安定させるので、乗り物酔いに効果があります。
※ 小山清隆先生の連載は今回をもちまして最終回となります。長い間、ご愛読ありがとうございました。