保険適用で身近な医療となった『不妊治療』
体外受精などの不妊治療が2022年度から保険適用になったこともあり、治療を受けるカップルが増加しています。2023年には、生まれた子のうち約8・5人に1人が体外受精で誕生しました。そもそも不妊治療とはどのような治療で、どのような経過をたどるのでしょうか。仕事との両立など、周囲の理解が必要な治療でもあります。近い将来、妊娠・出産を希望している人もそうではない人も、不妊治療について知っておきましょう。
獨協医科大学埼玉医療センター リプロダクションセンター・センター長
杉本 公平 先生 (すぎもと・こうへい)
1995 年、東京慈恵会医科大学卒業。同大産婦人科学教室講座講師などを経て、2017 年より獨協医科大学越谷病院(現・埼玉医療センター)リプロダクションセンター教授。2018年よりセンター長に。生殖医療専門医、臨床遺伝専門医、腹腔鏡技術認定医として、不妊患者への治療やカウンセリング、子宮内膜症合併不妊症例の腹腔鏡手術などに力を入れている。共著書に『誰も教えてくれなかった卵子の話』(集英社新書)。
約4・4組に1組が 不妊の検査・治療を経験
日本では、「妊娠を望む健康な男女が、避妊をしないで性交していたにもかかわらず、1年間妊娠しない場合」を不妊症と定義しています。ただ、男女とも年齢が上がると妊娠が成立しにくくなるため、1年を待たずに不妊の検査や治療を始めたほうがよい場合もあります。妊娠を強く望んでいて不妊が心配なカップルは、不妊治療を行う医療機関を早めに受診しましょう。
国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査(2021年)」では、約4.4組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を受けたことがあると回答しており、不妊治療は身近な医療の1つとなっています。不妊治療によって生まれる子も年々増加し、2023年には約8万5000人、約8.5人に1人が体外受精によって誕生しました。
妊娠が成立するためには、卵巣から卵子が放出(排卵)されて卵管に取り込まれ、男性が射精し卵管までたどり着いた精子と出合って、受精する必要があります。卵子と精子が融合して1つの細胞となった受精卵は、細胞分裂を繰り返して
不妊になる女性側の原因には、無月経や月経不順、ホルモンの異常などによる排卵の問題、卵管が狭くなったり詰まったりして卵子、精子、受精卵の移動ができないなど卵管の問題、ポリープや筋腫があって着床が妨げられるなど子宮の問題、加齢の影響などがあります。男性側の原因は、精子の数が少ない(乏精子症)、あるいはない(無精子症)、精子の運動率が低いなど精巣で精子をつくる造精機能の問題、精子の通過障害、勃起障害など性交の問題、加齢の影響などです。
不妊の原因を探る検査は 夫婦・カップルで受診を
以前は、不妊は女性側の問題と考えられる傾向がありましたが、WHO(世界保健機関)によれば、双方に要因があるものを合わせると、おおよそ半数は男性側に原因があります。そのため、不妊症が疑われる場合には、夫婦・カップルで一緒に受診し、医師の診察と検査を受けることが大切です。
男性側の検査は、主に精液検査です。マスターベーションで採取した精液を用いて、精子の量や濃度、形態、運動率などを調べます。男性不妊の専門医療機関では、精子の質(機能)を調べる検査を実施します。精巣の血液を心臓に戻す静脈がコブのように膨らんで精子の運動率を下げる精索静脈瘤がある場合は手術することもあります。
女性側の検査は、主に、内診・経腟超音波検査、子宮卵管造影検査、ホルモン検査です。内診・経腟超音波検査では、プローブと呼ばれる細長い器具を腟から挿入し、子宮や卵巣の状態を調べます。子宮卵管造影検査では、造影剤を用いて、卵管や子宮の内腔に異常がないかを確認します。
ホルモン検査では血液を採取して、卵胞の発育や排卵などにかかわる卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン(プロゲステロン)という2つの女性ホルモンの状態、さらに甲状腺ホルモン、乳汁分泌ホルモン(プロラクチン)の値などを測定します。また、卵巣予備能(卵巣に残っている卵子数)を推測する目的で、抗ミュラー管ホルモン(AMH)の数値も確認します。
医療機関にもよりますが、女性の場合、月経周期に合わせてホルモンの状態を検査するため、4回程度は受診が必要ですし、不妊の原因を調べるのに1〜3か月かかります。検査で不妊の原因がわかった場合には、薬や手術による治療を実施することもあります。ただし、検査では異常が見つからない原因不明の不妊も少なくありません。
カップルの状況によって ステップアップも
不妊治療は、タイミング法、人工授精などの一般不妊治療と、体外受精、顕微授精などの生殖補助医療(ART)に分けられます。タイミング法は、超音波検査や排卵検査薬などを用いて、最も妊娠しやすいとされる排卵の時期を見極め、そのタイミングで性交する方法です。
人工授精では、マスターベーションで精液を採取し、運動率や質などが良好な精子を集めて、排卵の直前にカテーテル(細い管)で女性の子宮内へ注入します。タイミング法や人工授精に、内服や注射で排卵を誘発する排卵誘発剤を併用することもあります。
体外受精に用いる卵子は、排卵誘発剤を用いて卵巣を刺激し、卵胞の大きさや個数が適切なレベルに達したら、卵胞に細い針を刺し、卵胞液と一緒に吸引して採取します。採取した卵子は、培養皿(シャーレ)の上で精子と受精させて培養し、受精卵が細胞分裂して胚と呼ばれる段階になったら、いったん凍結させるか、そのままカテーテルで子宮内に戻します。顕微授精は、体外へ取り出した卵子に、細いガラス管で精子を直接注入する方法で、顕微鏡下で行います。乏精子症、無精子症など男性不妊の治療として行われるほか、体外受精が複数回不成功になった場合に実施されることもあります。
近年、培養技術が進歩したこともあり、体外受精・顕微授精で受精した胚は、着床前の最終段階である胚盤胞の状態まで培養してから胚移植をするケースが増えています。また、培養した胚盤胞をその周期のうちに戻す新鮮胚移植ではなく、いったん凍結保存した胚を融解して、しかるべきタイミングで移植する凍結胚移植が主流になっています。どの段階の胚を凍結するかは、患者さんの状態に応じて決定します。
一般的に不妊治療はタイミング法→人工授精→体外受精・顕微授精と段階的に進めますが、不妊検査の結果や女性の年齢、男性の精子の状態などによっては、ステップアップの間隔を早めたり、人工授精や体外受精・顕微授精から始めたりします。
保険診療による治療は 女性が 43 歳未満が条件
2022年4月から、それまで自費診療だった一般不妊治療の一部や生殖補助医療が、保険適用になりました。保険診療による生殖補助医療は、治療を開始する時点で女性が43歳未満であることが条件です。また、保険診療で受けられる胚移植の回数は、女性が40歳未満なら6回、40歳以上43歳未満なら3回までに制限されています。1人出産すると、回数はリセットされます。
年齢制限があるのは、女性の場合、生殖補助医療の力を借りても、30代半ば以降は出産率が下がり、43歳以降はかなり低くなるからです(下図表)。保険適用の年齢や回数を超えて生殖補助医療を受ける場合には、全額自費診療になります。体外受精には保険診療でも1回7万〜25万円かかります。医療機関によって異なりますが、自費診療の場合は40万〜50万円程度です。
保険診療の生殖補助医療であっても、有用性が科学的に十分に認められていない「先進医療」の対象になっている検査や治療法を併用すると、自己負担が高額になることがあるので、費用は事前に確認しましょう。不妊治療関連の先進医療を受ける際、補助金が利用できる自治体もあります。
職場の理解や心理的 サポートが重要
不妊治療は特に女性側に負担が大きい治療です。最適な時期に採卵をしようとするとスケジュールが立てにくいので、職場の理解も必要になります。不妊治療連絡カード※1 を活用し、不妊治療の時期や配慮が必要な時期などを医師に記入してもらい、職場に理解を求める方法もあります。
日本産科婦人科学会の統計によると、2023年に全国で実施された生殖補助医療の平均妊娠率は20.6%、出産に至った割合は14.6%でした。最新の医療技術を駆使しても、子どもを授からず、精神的に追い込まれる人がいます。男性側にまったく精子がないことがわかり、カップルで子どもを持つのが難しいケースもあります。
不妊や生殖にかかわる心理的困難を抱える人の支援を専門とする日本生殖心理学会認定の生殖心理カウンセラーが、サポートを行う医療機関も増えています。また、都道府県などが設置した不妊専門相談センター※2 では、電話や対面、メールでの相談に応じています。さらに、出産以外で子どもを迎える選択肢として、特別養子縁組や里親制度があることも知っておきましょう。特別養子縁組では、15歳未満の子どもと、戸籍上で実の親子になれます。里親は、保護が必要な子を家庭で育てる制度です。
不妊治療を始めてすぐに子どもを授かることもあれば、思うような結果が得られないこともあります。だれのせいでもないので、努力が足りなかったなどと悔やむ必要はありません。つらい気持ちは抱え込まず医療者に話したり、不妊治療の支援団体などのピアサポートを受けたりして、自分やパートナーを責めないようにしましょう。
※1
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30b.pdf
※2 全国の不妊専門相談センター一覧
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_
ref_resources/bef0ee9a-c14d-4203-b02b-051adf80f495/3d
962fe4/20230401_policies_boshihoken_funin_20.pdf




