手遅れにならないうちに予防を『急性すい炎・慢性すい炎』

手遅れにならないうちに予防を『急性すい炎・慢性すい炎』

 すい臓がどこにあるのか、どのような働きをしているのか、なじみがない人も多いのではないでしょうか。沈黙の臓器ともいわれるすい臓は、すい炎になっても症状が現れにくく、症状を放置していると5年生存率が10%未満というすい臓がんに進行するリスクが高まります。すい臓の働きや、生活習慣と深い関係があるすい臓の病気について知り、手遅れにならないうちに予防しましょう。

監修

帝京大学医学部附属病院 肝胆膵外科 教授

佐野 圭二 先生 (さの・けいじ)

1990 年、東京大学医学部卒業。2004 年、同大学肝胆膵外科講師などを経て2010 年より現職。日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本肝胆膵外科学会高度技能指導医。日本消化器病学会、日本腹部救急医学会、日本肝臓学会、日本胆道学会、日本膵臓学会。『急性膵炎診療ガイドライン2021』改訂出版委員会改訂出版コアメンバー。

食べ物の消化を助け 血糖をコントロールする

 すい臓は、胃の裏側にある、歯磨きのチューブほどの大きさの臓器です。
 すい臓には、主に2つの働きがあります。1つは膵液すいえきという消化液をつくって十二指腸に送り出し、食べ物の消化吸収を促進する働きです。膵液には、糖質を分解するアミラーゼ、たんぱく質を分解するトリプシン、脂質を分解するリパーゼなど複数の消化酵素が含まれており、万能で最強の消化液といえます。また、膵液はすい臓の中では不活性ですが、十二指腸で胆汁などの消化液と混ざることで初めて活性化します。もう1つの働きは、血糖値を下げるインスリン、血糖値を上げる グルカゴン、それらの分泌を抑制することで血糖値を調整するソマトスタチンなどのホルモンを血液中に分泌し、血糖などをコントロールすることです。すい臓は小さくて目立たない臓器ですが、非常に重要な役割を担っているのです(下図)。
 すい臓の主な病気は、急性すい炎、慢性すい炎、すい臓がんなどで、近年患者数が右肩上がりに増えています。これには、アルコールや脂っこい食品の過剰摂取、過食などの生活習慣が大きく影響しており、すい臓の病気はいわば生活習慣病ともいえるのです。ここでは主に急性すい炎と、慢性すい炎について説明します。

命にかかわる急性すい炎 原因はアルコールと胆石

 急性すい炎は、すい臓に急激な炎症が起こる病気で命にかかわります。突然、七転八倒するような激烈な痛みに襲われます。痛みはみぞおち、あるいは背中や腰に起こることが多く、発熱や嘔吐を伴う場合もあります。このような激しい痛みには、市販の鎮痛剤は効きません。症状が出たら夜中であっても、とにかく早く病院に行きましょう。重度の急性すい炎では、約1割の人が命を落としています。
 日本人の急性すい炎の三大原因は、アルコール(3割)、胆石(3割)、そして原因がはっきりしない突発性(3割)です。男性の約半数はアルコールが原因で発症しますが、女性の約半数は胆石が原因で、明らかな性差がみられます。しかし、今後女性の飲酒量が増加すると、原因の割合が変化する可能性があります。
 アルコール性の急性すい炎は、多量に飲酒した数時間後に発症するケースが多く見られます。原因はよくわかっていませんが、多量のアルコールあるいはその代謝産物により、すい臓が障害を受けることで発症するという説が有力です。
 一方、胆石が原因の急性すい炎は、3F(40歳以上:forty、太った:fat、女性:female)に多いといわれます。胆石とは、肝臓でつくられ胆管を通って十二指腸に運ばれる胆汁の成分が石のように固まったもので、女性はホルモンの関係からもともと胆石ができやすい傾向があります。
 胆管と膵管は、十二指腸の直前で合流するため、胆管の胆石が流れてきて出口に詰まると膵液の排出も滞り、膵管内圧が上昇します。その結果アルコールが原因の場合と同様に、すい臓の中で膵液が活性化され急激な炎症を起こし、すい臓そのものを消化すると考えられています。

原因をとり除き安静に 飲酒原因の5割が再発

 急性すい炎の診断基準は、上腹部の強い痛み、血中・尿中の消化酵素の上昇、画像診断による異常所見です。最近は5分ほどで簡単に結果が出る、尿中の消化酵素を測る簡易試験紙検査も用いられています。
 急性すい炎と診断されたら、軽症でもすぐに入院治療を行います。まずは絶食してすい臓を安静に保ちながら同時に薬物療法を行い、胃や腸へ栄養剤を投与します。激烈な痛みは鎮痛薬でコントロールします。
 軽症の場合は1週間ほどで退院できますが、重症の場合は数か月入院して栄養管理をしながら治療を継続します。
 アルコールが原因の急性すい炎は、回復しても約半数が再発するといわれています。これは飲酒が習慣化していて禁酒できないためで、飲酒を続けていると再発は避けられません。急性すい炎をくり返すと慢性すい炎に移行する可能性が高まります。
 胆石が原因で胆のうを摘出した場合、ほとんど再発はしません。

慢性すい炎の主な原因は 長期にわたる多量の飲酒

 慢性すい炎は、小さな炎症がすい臓のあちらこちらに起こり、破壊された細胞が線維化して硬くなることで、すい臓の機能が長い時間をかけて徐々に失われていく病気です。急性すい炎を何度も繰り返して慢性すい炎に移行する人もいれば、まったく自覚がないま ま進行してしまい、すい臓の機能を失ってから気づく人もいます。
 慢性すい炎の主な原因は長期間にわたる多量のアルコール摂取で、量が多くなればなるほどリスクは高まります。
 慢性すい炎には、初期、移行期、後期という3段階があり(下図)、初期のうちはすい臓の機能が保たれているため、急性すい炎と同じように腹部や背中に痛みを感じます。しかし移行期になると、すい臓が線維化して痛みを感じにくくなっていくのです。後期では、すい臓が硬くなり細胞が活動しなくなるため痛みも感じなくなります。
 すい臓の機能が失われると消化酵素が減少するため、消化不良による慢性的な下痢、吸収されなかった脂肪分が便に混じる脂肪便、体重の減少といった特徴的な症状が現れます。脂肪便は黄味を帯びた白色で、未消化の食べ物を多く含むためびっくりするほど大量 で、とてつもなく臭く、水に浮くのが特徴です。
 また、インスリンの分泌低下によって血糖のコントロールができなくなるため、糖尿病になるリスクが高くなります。
 さらには、すい臓がんになるリスクは健康な人の12倍、平均寿命は男性で約10年、女性で約16年も短いことが報告されています。

禁酒が何よりも大事 食事療法は症状に応じて

 慢性すい炎は、腹部超音波検査をはじめとする画像検査、血液・尿検査、飲酒歴、急性すい炎の既往などで診断されます。慢性すい炎と診断された場合、段階によって治療は変わりますが、大前提は禁酒です。飲酒は慢性すい炎の進行を早め、腹痛の原因にもなります。タバコも症状を悪化させるので禁煙を心がけます。
 欠かせないのが、全身の状態をよく保つための食事療法で、消化のよい食物をバランスよく摂ることが大事です。初期の場合は、腹痛を和らげるため、すい臓を刺激するような脂肪分の多い食品を避け、薬物治療を行います。
 後期には消化吸収の働きが低下して脂肪吸収ができなくなるため、消化酵素剤を服用しながら十分な脂肪を摂取することが重要です。
 慢性すい炎が原因で糖尿病が発生した場合は、インスリン製剤による血糖コントロールを行います。


習慣的な飲酒と量に注意 定期検査で確認を

 すい臓の異常に気づくためには、血液検査項目にある血清アミラーゼの値に注意してください。基準値よりも高い場合は、すい臓の炎症や異常が疑われます。
 慢性すい炎は移行期になると、数値の変化が小さいため見過ごしてしまい、気づいたときには病状が進行していることも少なくありません。早期の段階であれば進行を食い止めることも可能なので、下図の「セルフチェック」で6つ以上当てはまる場合や、飲酒が習 慣化している自覚がある場合は、超音波内視鏡検査の必要性を医師に相談してください。
 超音波内視鏡検査では、すい臓の小さな病変も調べることが可能です。
 すい臓の病気は飲酒量がポイントです。1日でアルコール60g(日本酒で3合、ビールで1.5L)以上飲み続けていると、慢性すい炎の発症率が飲まない人の5倍になるといわれています。
 お酒を飲むときは、日本酒なら1合、ビールならロング缶1本(500mL)程度にとどめ、休肝日をつくることをおすすめします。
 また、揚げ物など脂っこい物や肉類を食べ過ぎないよう注意して、バランスのよい食事を心がけましょう。
 すい臓が重要な臓器であることはあまり知られていません。自分のすい臓に関心を持って、過度な負担をかけない生活を心がけ、すい炎を予防しましょう。

ライター 高須 生恵 

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