心配ないことも多いが、注意すべき症状も
心配ないことも多いが、注意すべき症状も
『不整脈』
本来なら規則正しいはずの脈拍の速さやリズムに乱れが起きる不整脈。自覚症状の有無にかかわらず、心臓の異変は不安になります。でも、その多くは心配ありません。
また、注意しなければいけない不整脈についても治療の選択肢が着実に増えています。適切な対処ができるように、それぞれの症状やリスクの大きさなどを知識として押さえておきましょう。
公益財団法人 心臓血管研究所 所長
山下 武志 先生 (やました・たけし)
1986 年、東京大学医学部卒業。
東京大学第二内科を経て、2000 年から心臓血管研究所付属病院、2011 年から心臓血管研究所所長・付属病院長を務め、現在は同所長。
日本循環器学会専門医、日本不整脈心電学会理事・専門医。
国内で行われた心房細動に関する大規模臨床研究や治験に多数かかわってきた。啓蒙活動にも力を入れ、一般向けの著書に『心房細動に悩むあなたへ』(NHK出版)、『心臓・血管の病気にならない本』(ベストセラーズ)など。
期外収縮の多くは 心臓のしゃっくり !?
「心臓がドキンとした」「脈をとってみたらリズムがおかしい」「健康診断の心電図で異常が見つかった」――不整脈にいつ気づいたかは、人によってさまざまです。不整脈とは正式な病名ではなく脈が乱れた状態のことで、実際の症状の現れ方も多種多様です。
心臓の筋肉(心筋)を刺激し、動かしているのは電気信号です。右心房上部の洞結節でつくられた電気信号が、房室結節という中継点を通って心室に伝わり、心房、心室の順で心臓全体をリズミカルに収縮させています(下図)。大人の脈拍数は通常、安静時で1分間に60~100回程度で、リズムも一定に保たれています。ところが何らかの理由で電気信号の回路に障害が発生したり、別の発生源から異常な信号が出てきたりすると、不整脈が起きます。動悸や胸の不快感、血流の悪化による息苦しさ、めまい、失神、空咳(のどが詰まったように感じる)などを覚える人がいる一方、まったく自覚症状のない人も少なくありません。
不整脈は頻脈、徐脈、期外収縮、脈がでたらめ(不規則)に大別されます。1分間に100回以上ある脈を頻脈、50回未満の脈を徐脈、正常な脈の途中で単発的に不規則になるのを期外収縮といいます。期外収縮は、脈をとると「トン・トン・トトン…トン」などとタイミングがずれたり、脈が飛んだりします。経験者は「心臓がドクンと飛びはねる」「胸が一瞬、つかえる」「胸に空気が入ったような感じ」といった表現をします。たまにしか起こらない人もいれば、1日に何十回も起きている人もいます。寝付けないときに感じる人も多いようです。
多くの場合、期外収縮は老化現象の1つであり、心臓のしゃっくりのようなものです。心筋梗塞や心筋症などの心臓病が原因である場合や、息切れやめまいなどの自覚症状が伴う場合を除き、治療も経過観察も行いません。不安になって受診したり、健康診断で指摘されたりする不整脈の9割程度は期外収縮です。とはいえ、背後にある心臓病を見逃さないよう、一度は検査を受けておくと安心できます。
実は、かつては期外収縮も治療の対象でした。1990年代になって、放置しても寿命に影響しないとの研究報告があり、常識が覆されたのです。期外収縮はお酒の飲み過ぎや疲労、ストレスが誘因といわれています。
脳梗塞を起こす心房細動 異常信号の発生源を断つ
頻脈については、心房細動と心室細動という、命にかかわる2つの病気を知っておくことが大事です。
心房細動とは、異常な電気信号が左右の心房を駆け巡り、心房が1分間に350~600回もの速さで震える状態です。この細動を繰り返すうちに、心房内の血流が停滞し、固まりやすくなります。その塊(血栓)が血流に乗って脳に運ばれ、血管を詰まらせて脳梗塞を引き起こします。これを心原性脳塞栓症といい、脳梗塞の中でも死亡率が高く、重い後遺症が残りやすいタイプです。心房細動のある人は、ない人よりも脳梗塞が約5倍起こりやすくなります。心房細動は60 歳代から急増し、国内に100万人以上の患者がいるとされます。動悸や息切れ、めまいなどの自覚症状があるのは半数で、発見が遅れ慢性化していることが多いのが問題です。脈をとるとリズムがでたらめで弱く、数えにくかったりしますが、それだけでは診断できません。
治療は、脳梗塞の予防と、心房細動そのものを抑えることの二本柱です。
脳梗塞予防のためには、血を固まりにくくする抗凝固薬を服用します。この場合、出血が止まりにくくなるリスクが高まるため、抜歯や手術などの際には注意が必要となります。
心房細動を根治する方法として期待されているのがカテーテルアブレーションです(下図)。細い管を心臓に入れ、異常な電気信号の発生源(肺静脈と左心房の境界付近)の組織を焼いたり凍らせたりして、信号を遮断します。早期の発作性心房細動であれば8~9割の人が治ります。しかし、慢性化すると成功率は下がります。
突然死の家族歴があれば 一度は専門医の診察を
心室細動とは、心室が細かく震える頻脈のことです。血液を全身に送り出す心室がポンプ機能を失うので、数秒で意識を失い、何も処置しなければ死に至ります。年間約2万人が心室細動による突然死で亡くなっているとみられています。心室細動の多くは、すでに心筋梗塞や狭心症、心筋症、心不全を持つ人に発症します。遺伝的要因で起こることもあるので、家系に
40~50歳代で心臓突然死した人がいたら、一度は心臓の専門医にチェックしてもらいましょう。
心室細動を起こしたことのある人、その一歩手前の心室頻拍(脈が1分間に120回以上)を繰り返す人には、植え込み型除細動器(ICD)の使用が検討されます。これは、発症を察知すると心臓に電気ショックを与えて、正常な拍動を取り戻す装置で、右鎖骨の下に埋め込みます。
ほかの心臓病がなく心室頻拍だけであれば、カテーテルアブレーションで治療することもあります。
周りの人が心室細動で倒れたら、AED(自動体外式除細動器)の出番です。心室細動以外では作動しない仕組みで、音声ガイドもしてくれるので、ためらわずに使いましょう。駅や公共施設、商業施設などに広く設置されています。
一方、脈が遅くなる徐脈は、自覚症状がなく心電図の波形も正常であれば、心配はありません。しかし徐脈の特徴である、脳への血流不足による失神が外出中や運転中に起きれば、大けがにつながりかねません。さらに、心房から心室への電気信号が伝わりにくくなる房室ブロックが重症化すると、突然死の恐れもあります。
徐脈治療の基本はペースメーカーの使用です。通常、利き腕の反対側の鎖骨の下、皮膚と筋肉の間に本体を埋め込みます。携帯電話は体から15 センチ以上離し、強い電磁波を出す医療機器は使わないなどの注意事項を守れば、ふつうの日常生活を送ることができます。
自覚症状のあるときに 脈をとってみよう
不整脈に気づいたらどうすべきでしょうか。期外収縮だけならば、心臓への影響はないと考えてよいでしょう。しかし、頻脈や徐脈がある成人は、命にかかわる不整脈や心臓病が隠れている可能性があるので、自覚症状がなくてもぜひ受診してください。特に心房細動が増えてくる65歳以上の人は、脈のリズムや強弱、テンポが不規則になっていたら、自覚症状の有無にかか
わらず受診しましょう。
年に1回の健康診断の心電図検査で不整脈が出るとは限りません。だからこそ日常生活の中で検脈(自分で脈をとること)の習慣を持つことが大切です(下図)。その際のポイントは、息苦しさなどの自覚症状が現れたときに脈をとることです。そのとき明らかに乱れていれば、不整脈と自覚症状につながりがある、すなわち治療すべき不整脈ということになります。
定期的な検脈を忘れがちな人は、血圧と同時に脈をはかれる家庭用自動血圧計を利用する方法もあります。ただし、脈の変化を把握するためには、1日のうちの同じ時間帯に測定する必要があります。
心臓への負担を増やす 高血圧や肥満などに注意
不整脈の主な原因は加齢で、そこに遺伝的要素も加わるため、予防しにくいという側面はあります。しかし、リスクを下げるためにできることもあります。
まずは生活習慣病対策です。高血圧、糖尿病、脂質異常症(コレステロール値の異常)、肥満は、動脈硬化をもたらし心臓に負担をかけ、不整脈を招きます。また、慢性的な過労や運動不足、喫煙、睡眠障害、精神的なストレスは交感神経を刺激し、心臓の電気信号の発生に異常をきたす要因となります。さらに、アルコールは心房細動の誘因となるので、深酒は禁物です。カフェインのとり過ぎは心拍数を上げますが、コーヒーを1日に2、3杯たしなむ程度なら問題ありません。
不整脈を気にして必要以上に活動を控えるのではなく、前向きに自己管理に取り組むように心がけましょう。
ライター 平野 幸治