知られていないが高リスク、注意したい『高齢者のてんかん』

知られていないが高リスク、注意したい『高齢者のてんかん』

てんかんは国民のおよそ100人に1人が罹患しているありふれた病気です。子どもの病気で、激しいけいれんを起こして意識を失うというイメージがありますが、子どもから高齢者まで幅広い年代で発症し、その症状は人によってさまざまです。高齢化が進む現在、特に注意したいのが高齢者のてんかんです。事故やケガなどのリスクもあり、気づかれにくいため認知症と間違えられることもあります。家族や周囲の理解が必要です。

監修

東京女子医科大学附属足立医療センター副院長 脳神経外科教授・診療部長

久保田 有一 先生 (くぼた・ゆういち)

1998 年、山形大学医学部卒業。国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター・レジデント、米国クリーブランドクリニックてんかんセンター・リサーチフェロー、フランスティモン病院神経生理学部門客員研究員、TMG あさか医療センター脳神経外科統括部長、脳卒中・てんかんセンターセンター長などを経て、2022 年、東京女子医科大学東医療センター(現・足立医療センター)脳神経外科教授・診療部長に就任。2025 年より副院長。著書に『知っておきたいてんかんの発作』『「高齢者てんかん」のすべて』(ともにアーク出版)など。

0歳の発症が最も多く、 次いで多いのが高齢者

 てんかんは、かつて精神的な病とされていましたが、ここ数十年でその定義は大きく変わっています。世界保健機関(WHO)では、てんかんを「種々の病因によってもたらされる慢性の脳疾患(以下略)」と定義しました。つまり、てんかんとは何らかの原因によって大脳で神経細胞が異常に興奮し、誤った電気信号を出すことで発作を繰り返す脳の病気なのです。  2023年度に広島大学が行った、健康保険組合加入者に対する年齢階級別てんかん発症率調査では、0歳の発症率が最も高く、次いで多いのが70〜74歳で、この2つの年代がほかよりも著しく高くなっています(下グラフ)。  幼少期に発症するてんかんの原因は、脳の奇形や先天的な代謝異常、出産時の事故などのほか、原因不明のものも多くあります。一方、高齢者が発症するてんかんの多くは、脳卒中や外傷による脳の損傷などが原因の二次的なてんかんか、あるいは加齢そのものがリスク因子となるてんかんです。高齢者のてんかんは今後の高齢化に伴って急増することが予想されています。

人により異なる 多彩で固定的な症状

 大脳には、前頭葉(身体の動きや言語をコントロールする)、頭頂葉(感覚情報を司る)、後頭葉(視野や空間把握をする)、側頭葉(聴覚、嗅覚、味覚のほか言語や記憶にかかわる)があり、電気的興奮が発生した部位とてんかん発作の症状は密接に関連しています(下図)。
 また、発作が起こる部位は1人ひとり決まっているため、症状は固定的で同じ症状が繰り返され、通常変わることはありません。
 てんかんは、発作の始まる部位や症状によって、さまざまに分類されています。完全に意識を失う焦点意識減損発作もあれば、意識障害が起こらない焦点意識保持発作もあります。高齢者に多いのは前者です。若年者の場合は、「これから発作が始まりそう」という前兆(aura:オーラ)を感じることがあります。たとえば頭頂葉てんかんでは、痛み、かゆみ、寒さなどの感覚異常が現れることがありますが、側頭葉てんかんでは、匂いや音、味などの感覚異常がみられます。
 一方、高齢者に多い焦点意識減損発作には前兆がなく、自分では気づかないことが多いため、周囲の人の理解や気づきが重要になります。
 また、発作が治まったあと、すぐに意識を回復する人もいれば、もうろうとした状態(発作後もうろう状態)になる人もいます。通常は数十分から1時間程度で治まりますが、高齢者の場合、1週間以上継続することもあります。

症状は静かで地味 認知症と誤解されやすく

 高齢者のてんかんは一般にはあまり知られていませんが、いつだれに起こってもおかしくない病気です。早い人だと50歳くらいから発症し始め、70歳を過ぎると急増します。
 発作の特徴は「静かで地味なこと」です。若年者のてんかんのように突然泡を吹いて倒れたり、激しいけいれんを起こしたりすることはほとんどありません。そのため、まさかてんかんとは思われず、発見が遅れます。
 発作が起こると、ふいに意識を失って数十秒間動作が止まります。たとえば、夕食の最中に発作が起こると、箸を落としたりして、そのまま硬直したように動かなくなります。
 また、「手をもぞもぞと動かす」「口をくちゃくちゃさせる」「体をゆする」など、無意識のうちにさまざまな動作を行う自動症と呼ばれる症状が出てきます。
 発作は数十秒から数分で終わりますが、その間は話しかけても反応はありません。発作後回復する過程で寝ぼけているようなもうろう状態になることが多いため、認知症と間違われることも多いのです。もうろう状態の間はつじつまが合わない話をしたり、混乱して攻撃的になったり、暴言を吐くこともあります。
 発作を起こしたときに危険なのは、「水」「火」「自動車」などです。入浴中や水泳中に発作が起こると溺れる危険がありますし、料理中の発作は火事ややけど、包丁によるけがなどのリスクがあります。完全に意識を失っている場合は、熱さや痛さを感じません。
 最も危険なのは運転中の発作で、交通事故につながるリスクがあります。高齢者が不可解な事故を起こして「事故前後の記憶がない」という場合は、てんかんが原因の可能性があります。てんかん発作を放置すると、発作の頻度が増えたり、発作が重くなる傾向があるため、早期発見、早期治療が重要です。

抗てんかん薬の服用で コントロール可能

 思い当たる症状がある場合は、脳神経内科や脳神経外科、てんかん専門医を受診してください。意識がなくなる場合は本人に病気の認識がないため、家族や周りの人が受診するよう働きかけましょう。
 てんかんは、健康診断や人間ドックで見つけることはできません。おすすめしたいのは、患者さんや家族、周囲の人が発作の様子をメモしたり、携帯電話やスマートフォンなどで動画を撮影しておくことです。これらは診断の際の大きな助けとなります。てんかんの診断には問診、画像検査、心電図検査、脳波検査のほか、高齢者の場合は認知機能検査も行われます。一番重要なのは脳波検査ですが、1回の検査で脳波の異常を確認できる確率は4割ほどです。確実な診断のためには1週間ほどの検査入院が必要ですが、発作の起点を見つける長時間ビデオ脳波モニタリングを行うことで正確な診断が可能になります。
 てんかん治療の基本は抗てんかん薬の服用です。難治性とされる一部のてんかんを除き、およそ70%のてんかんは、適切な薬を飲み続けることで発作を完全に抑えることが可能です。特に高齢者のてんかんは、抗てんかん薬が効きやすいため、ほぼ完全にコントロールができ、元通りの日常生活を送ることができます。
 ただし、てんかん薬には多くの種類があるため、患者さんに合った薬が見つかるまで時間がかかる場合もあります。抗てんかん薬で効果が得られない難治性のてんかんの場合は、手術可能なてんかんであるかどうかを検査したうえで外科治療を行います。

重要なのは服薬の継続と 6時間以上の睡眠

 日常生活で特に注意すべきは、①処方された薬をきちんと飲み続けること、②規則正しい生活を送ること、③十分な睡眠をとることです。しばらく発作が起こらないと、治ったと勘違いして薬をやめる患者さんがいます。しかし、自己判断で中止すると、発作の再発や事故の危険が高まります。
 また、睡眠不足はてんかんの大敵です。少なくとも6時間以上の睡眠が推奨されます。
 寝つけない、眠りが浅いという場合は、主治医と相談して適切な睡眠導入剤を使用しましょう。
 発作を完全にコントロールできるようになるまでは、水や火、高所や階段などに気をつけ、車の運転は厳禁です。発作の誘因になる疲労や過度のストレス、過度のアルコール摂取は避けるようにします。
 家族や周囲の人は、発作時や発作後もうろう状態のときは、患者さんを安全な場所に移動させて、「どうしたの」と落ち着いて問いかけ、「わかる?」と意識を確認します。その際、大きな声で話しかけたり、体を強くゆすったりするのはやめましょう。
 ほとんどのてんかんは遺伝するものではなく、適切な治療を受ければコントロール可能な病気です。偏見をなくし、「何かおかしい」と感じたら脳神経外科やてんかん専門医を受診しましょう。

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