下痢、血便、腹痛など、20~50代に増えている
下痢、血便、腹痛など、20~50代に増えている
『炎症性腸疾患』
炎症性腸疾患は、大腸や小腸に炎症や潰瘍が生じ、下痢や血便、激しい腹痛、発熱、体重減少、貧血などの症状が生じる病気です。一般的には、潰瘍性大腸炎とクローン病に分けられ、どちらも難病指定されています。かつては日本ではまれな病気でしたが、現在は、潰瘍性大腸炎約31.7万人、クローン病約9.6万人の患者さんがいます。炎症性腸疾患の治療は日進月歩で、適切な治療を受ければ、発症前とほぼ同じ生活が可能です。
つくば消化器・内視鏡クリニック 院長
鈴木 英雄 先生 (すずき・ひでお)
1988 年、高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。須崎くろしお病院、国立循環器病センター(現・国立循環器病研究センター)、高知医科大学助手などを経て2013 年、高知大学医学部老年病・循環器・神経内科学(現・老年病・循環器内科学)教授。2024 年から高知大学医学部附属病院副院長を兼務。関連学会による『心筋症診療ガイドライン(2018 年改訂版)』『2020 年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン』の班長を務めた。日本循環器学会、日本心臓病学会、日本心不全学会、日本アミロイドーシス学会、日本老年医学会の各理事。日本内科学会評議員・内科認定医・総合内科専門医。
腸に炎症がある活動期と 寛解期を繰り返す病気
消化管は、口腔から咽頭、食道、胃、小腸、大腸、肛門までつながる全長約9mもある細長い管です。炎症性腸疾患(IBD)は、腸を中心とする消化管の粘膜に炎症や潰瘍潰瘍性大腸炎と、大腸や小腸だけでなく、消化管のさまざまな部位に炎症や潰瘍が起こりうるクローン病があります。
炎症性腸疾患の原因はよくわかっていませんが、免疫機能の異常により消化管の正常な細胞を免疫細胞が誤って攻撃してしまう自己免疫疾患で、遺伝的な要因のほか、腸内細菌の変化や食生活などの環境要因が重なって発症すると考えられています。
炎症性腸疾患では、症状がある状態の活動期と、治療によって炎症が治まった状態の寛解期が繰り返されます。一度寛解しても再び炎症が生じるため(再燃)、完治が難しく、原因も不明で、難病医療費助成制度の対象となる難病に指定されています。
潰瘍性大腸炎 31 .7万人、 クローン病9.6万人に
炎症性腸疾患は欧米に多く、日本では患者数が少ない病気でした。しかし近年、日本でも患者数が増加し、2024年度に潰瘍性大腸炎で難病医療費助成制度を利用した人は、指定難病の中で最も多くなっています。
厚生労働省の研究班が2023年に実施した全国調査では、医療費助成を受けていない人も含めると、全国の潰瘍性大腸炎の患者数は推計で約31・7万人、クローン病は約9.6万人2015年の調査時から2疾患とも約1.4倍増加しました。その要因は不明ですが、食生活の欧米化が関係しているとみられています。
潰瘍性大腸炎は30 代、クローン病は10〜20代での発症が多いものの、小児から高齢者まで幅広い年齢で発症します。近年、潰瘍性大腸炎は50代以降での発症が増え、年齢分布では、40 〜50 代の割合が高くなっています(下グラフ)。潰瘍性大腸炎の発症に性差はありませんが、クローン病の男女比は2対1で男性に多いのが特徴です。
潰瘍性大腸炎、 病変の位置で3分類
潰瘍性大腸炎が疑われるときには、大腸内視鏡検査、血液や便の検査を実施します。大腸内視鏡検査は、先端に電子カメラがついた内視鏡と呼ばれる器具を肛門から挿入し、腸の粘膜の状態を調べる検査です。炎症や潰瘍による病変があった場合、その病変が直腸に限られる直腸炎型、直腸から脾ひわんきょく彎曲までにとどまる左側大腸炎型、直腸から脾彎曲を超えて広がっている全大腸炎型の3つに分類されます(下図)。また、排便回数、血便、発熱、脈拍、貧血(ヘモグロビン値)、赤沈(赤血球沈降速度)、CRP(C反応性タンパク)などの数値によって、軽症、中等症、重症に分けられます。軽症か中等症の場合は通院治療が中心ですが、重症になると入院が必要です。
抗炎症薬、免疫抑制薬 抗体薬などで寛解目指す
潰瘍性大腸炎と診断されたら、薬物療法によって寛解を目指す寛解導入療法を行います。軽症か中等症の寛解導入療法では、5 -アミノサリチル酸(5 -ASA)の内服薬や局所製剤(座薬、注腸薬)、ステロイドの局所製剤(座薬、注腸薬)を用いて炎症を抑えます。症状が重い場合は、ステロイドの内服薬や注射薬を併用することもあります。
ステロイドの減量・中止時に再燃したときには、免疫調節薬を用います。ステロイドの内服薬や注射薬では効果が得られない場合には、血球成分除去(CAP)療法を実施したり、抗TNF-α抗体薬、免疫抑制薬、抗α4β7インテグリン抗体薬、ヤスキナーゼ(JAK)阻害薬などの薬を用いたりして寛解を目指します。抗インターロイキン(IL)12/23p40抗体薬、抗インターロイキン23p19抗体薬といった、炎症を起こすタンパク質の作用を抑える薬が使われることもあります。
血球成分除去療法は、片側の腕から血液を抜いて、炎症の原因となっている白血球を血球細胞浄化器を用いて取り除き、残りの血液を反対側の腕から体内へ戻す治療法です。抗TNF-α抗体薬は炎症を起こすTNF-αというタンパク質の働きを抑える注射薬で、自己注射が可能な薬もあります。
抗α4β7 インテグリン抗体薬は、インテグリンの作用によりリンパ球が大腸の組織に過剰に侵入して炎症を引き起こすのを防ぐ点滴薬です。JAK阻害薬は、免疫細胞の過剰な活性化を抑制して炎症を抑える内服薬です。どの薬を選ぶかは、患者さんの状態や生活に合わせて選択します。
これらの薬物療法で炎症が抑えられ寛解になったら、再燃を防ぎ長期間寛解を維持するために、寛解維持療法を続けます。薬の飲み忘れが多いと再燃しやすいため、症状がなくなっても、寛解を維持する薬をきちんと服用することが大切です。薬物療法で炎症が抑えられなかったり、大腸に穴があいてしまったり、大量の出血があったり、大腸がんを併発した場合には、手術で大腸をすべて切除する大腸全摘術を行います。近年は、小腸を用いて便をためる袋(回腸嚢)を再建し、肛門とつなぐ手術が主流です。
潰瘍性大腸炎に対しては効果の高い新薬が次々に開発されており、大腸がんを併発した場合を除き、手術が必要なケースは減りつつあります。
クローン病は消化管の どの部位にも炎症が発生
クローン病は、口から肛門までの消化管のどの部位にも炎症や潰瘍が生じ、腹痛、下痢、血便などの症状が現れる病気です。クローン病かどうかは、大腸内視鏡検査、小腸のカプセル内視鏡や造影検査、上部消化管内視鏡検査、血液検査、便検査などの結果から診断します。
クローン病は病変が発生した部位によって、小腸だけに炎症がみられる小腸型、小腸と大腸の両方に炎症がある小腸・大腸型、炎症は大腸のみに限られる大腸型に分類されます。なお、病名は、この病気を1932年に世界で初めて報告した、米国の内科医・クローン医師に由来します。
潰瘍性大腸炎と比べると血便の頻度は少ないものの、炎症を繰り返すことで腸管が硬く狭くなる狭窄を引き起こします。狭くなった消化管を食べ物が通るときに痛みを伴うようになり、やがて腸管がふさがったり(閉塞)、穴があいたり(穿せんこう孔)、腸管と腸管、腸管と皮膚がつながる




