食事制限をしてやせることが命を脅かす『神経性やせ症』
体重増加の恐怖から極端に食事を制限してやせていく神経性やせ症は、コロナ禍以降、患者数が急増しています。思春期の女性に好発するこの病気は、近年SNSなどの影響から小中学生にも広がり社会問題になっています。長期化すると命にかかわることがありますが、早期に発見して治療することで回復が可能です。しかし厚生労働省の調査では、半数以上の患者さんが未受診だと推測されています。神経性やせ症とはどのような病気なのか、治療の重要性、周囲の理解やサポートについて知っておきましょう。
東京都立松沢病院 精神科 思春期・青年期病棟長
稲熊 徳也 先生 (いなぐま・とくや)
2012 年、東京大学教養学部卒業。認知行動療法を学ぶ。山口大学医学部、編入学、2016 年卒業。東京都立松沢病院ジュニアレジデント、シニアレジデント、クリニカルフェローを経て、現職。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、公認心理師、厚生労働省認知行動療法研修事業スーパーバイザー。
食事制限をするタイプと 過食・嘔吐をするタイプ
「ものすごくやせて見えるのに、本人は太っていると思い込む」「100gでも体重が増えると生きている価値がないと感じてしまう」。神経性やせ症とは、ボディイメージへのこのような歪んだ認識などから、「体重を意図的に減少させようとする行動」と低体重が特徴の摂食障害の一種です。神経性やせ症には、やせるために食事を制限する制限型と、食事制限の反動による過食とその代償行動(嘔吐、下剤・利尿剤・やせ薬の乱用)が特徴の過食・排出型があります(下図)。これら2つのタイプを行き来する人もいます。
欧米の研究では、発症の平均年齢は17・4歳ですが、近年は若年化傾向にあります。罹患期間の中央値は約5年と回復に時間がかかり、慢性化のリスクが高いといわれています。また神経性やせ症は、死亡率が約5%と精神疾患の中でも突出して高く、極度の低栄養・低血糖による衰弱死、不整脈、感染症、自殺などが主な原因です。
ダイエットでの達成感が 心の問題にフタをする
神経性やせ症はさまざまな要因が複雑に絡み合って発症すると考えられていますが、その中心には食事や体重、体型に対する恐怖、それらを回避したいという思いがあるといわれています。真面目で完璧主義の人が発症する傾向があります。そして、心の問題として、学校や勉強、仕事などでの挫折や、両親の不和、親の過度な期待など、家庭で安心して過ごせないストレスを抱えている場合もあります。
また自尊心が低く、人にどう見られるか不安があったり、ダイエットが成功すれば自分の価値が上がると考えたりする人もいます。
特に若い女性は、SNSなどのメディアの影響により「やせている=美」という価値観を持ちやすい傾向があります。食事を少しがまんしてやせることでみんなから賞賛されたり、着たかった洋服を着られたり、達成感を覚えるうちに、「太りたくない」と体重増加への恐怖が高まります。この悪循環により、もともと存在している心の問題はフタをされてしまい、さらにやせることにのめり込んでいくのです。
全身の健康を脅かし 命にかかわることも
神経性やせ症による低栄養や低体重は、全身にさまざまな症状を引き起こします。頭髪がパサついて抜けやすくなり、肌は乾燥して真夏でも手足が冷えているため厚着をします。産毛も目立つようになります。これは、体脂肪の減少による熱の放出を防ごうとするためだと考えられています。
女性の身長が大きく伸びるのは14歳くらいまでですが、その伸びは栄養状態に比例するため、低年齢で発症すると身長が140〜150㎝ で止まってしまう場合も多いのです。低栄養により血液中のタンパク質が減少すると、水分が血管外に出てむくみやすくなる、筋力が低下する、動いたらすぐに疲れるといった症状が出てきます。
また、低体重の状態が続くと骨粗しょう症や無月経の原因となり、将来の骨折や不妊にもつながります。脳の萎縮もみられ、記憶力・思考力・ストレス耐性が低下して、うつ状態になったり、気分が不安定になったりします。
さらに極端な低栄養になると、低血圧、不整脈、低血糖、電解質異常、肝機能障害を引き起こし、命にかかわることも少なくありません。同年代の健常者に比べて死亡率が約10倍という報告もあります。
一方、過食・排出型で自己誘発嘔吐が常態化すると、胃酸の影響で歯のエナメル質が腐食して虫歯になりやすくなります。嘔吐や下剤乱用などの代償行動は、体内のミネラルのバランスを崩し、不整脈による突然死を招く恐れがあるため、特に注意が必要です。
異変への気づきと 声のかけ方が大切
神経性やせ症は、罹患期間が長いほど回復が難しくなるため、早期発見・早期治療が何より重要です。異変に気づくポイントとしては、「食べる量が少ない」「揚げ物など、太りやすい食べ物を避ける」「カロリー計算をする」「一緒に食事をしない」過剰な運動をする」「入浴時間が長い」「料理雑誌を集める」などが挙げられます。
本人に声をかけるときは、食事や体重のことには直接触れず、まずは、どんな気持ちでその行動を取っているのかじっくりと耳を傾けることが大切です。その際は、否定したり、理由を問い詰めたり、すぐに答えを求めようとするのはやめましょう。
そのうえで、「最近元気がなさそうだけれど大丈夫?」「階段を上るのがしんどそうだけれど、病院で一度調べてもらったほうがいいんじゃないかな」など、心配している気持ちを伝えます。そして、よくなるために何ができそうかを、本人の気持ちを尊重しながら一緒に考えていきます。
神経性やせ症は、心身両面からのアプローチが重要ですが、まずは神経性やせ症以外にも身体的な原因がないかを確認する必要があります。気になる症状がみられたら、小児科や内科、あるいはかかりつけ医の受診をおすすめします。場合によっては摂食障害を診ている精神科などを受診してもいいでしょう※1、2。
※1 東京都摂食障害拠点病院
※2 摂食障害情報ポータルサイト
治療は栄養療法により 心身の回復を目指す
医療機関では、標準的な体重と比べてどの程度低いか(BMI)を評価し、体重や体型についてどのように考えているかを聞き取ります。
重症度の評価には、脈拍や血圧、血液検査の結果が重要な指標となり、ほかにやせる原因となる病気があるかどうかを判断します。
治療は、栄養療法による身体面の回復と、心理面の改善(体重にとらわれた考え方や体重増加に対する恐怖の軽減)を目指します。その過程でフタをしていた現実的な問題に取り組めるように援助します。
まずは、低栄養や低体重が体だけでなく気持ちや考え方にも影響を及ぼすことを患者さん自身に理解してもらうことが大切です。そして、規則正しく三食を食べる生活に心と体を少しずつ慣らしていきます。食事量については、1〜2週間ごとに1日あたり約200kcalずつプラスしていくことが1つの目安ですが、増やし方やペースには個人差があり、状態に応じて主治医と相談して調整します。
これまで避けてきた食事と向き合うようになると、体重が増えることへの恐怖が増すのは、よくあることです。家族は、その恐怖に理解を示しながらも、体の回復のためには十分な栄養が必要であることを伝え、やさしく励ましていく姿勢が大切です。週に1回程度の体重測定を行い、必要な量を食べても、体重は急激には増えないという事実を実感することが役立つ場合もあります。栄養状態が改善するだけで、本人の考え方が柔軟になるケースも多々あります。
ほとんどの場合、外来で治療を行いますが、低体重が著しい場合や、ふらつきが強い、階段を上れないなど体力が大きく低下している場合、徐脈や低血圧が著しい場合、血液検査に重大な異常がある場合には、入院治療が必要になることがあります。また、外来治療を続けても十分な改善がみられない場合には、入院治療を検討することもあります。
治療について不安や疑問があるときは一人で抱え込まず、早めに主治医などに相談しましょう。神経性やせ症は周囲のサポートが鍵を握る病気です。「やせすぎ」を軽く考えず、初期の小さなサインを周囲が早く察知し、治療につなげることが重要です※3。
※3 摂食障害全国支援センター
2026年3月現在




