気がつかないうちに呼吸機能が低下する『COPD』

気がつかないうちに呼吸機能が低下する『COPD』

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、知らない間に徐々に肺が障害される病気です。落語家の桂歌丸さんの闘病でこの病名を知った人も多いでしょう。国内の患者数は500万人を超えると推測されますが、95%以上の人が適切な治療を受けていません。COPDは肺の破壊が進むため、風邪やウイルス感染症にかかると重症化しやすいともいわれています。病気について理解し、思い当たる場合は早めに検査を受けて適切な治療を開始しましょう。

監修

東北大学大学院医学系研究科産業医学分野、 東北大学環境・安全推進センター教授・統括 産業医

黒澤 一 先生 (くろさわ・はじめ)

1988 年、東北大学医学部卒業。
カナダマギール大学特別研究員、福島労災病院第二呼吸器科部長、東北大学病院内部障害リハビリテーション科講師などを経て、2010 年4月より現職。
専門は産業医学、呼吸生理学、呼吸器病学、呼吸リハビリテーションなど。
日本呼吸器学会(代議員、肺生理専門委員会委員、COPDガイドライン第5版作成委員会委員長)、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会(理事)、日本産業衛生学会(理事、東北地方会長)など歴任。

喫煙者の5人に1人 全身の病気に関与

「最近、階段や坂道で息が切れる」「同世代の人と歩いても自分だけ遅れてしまい、ついて行くのがきつい」
こんな症状に心当たりはありませんか? 特にタバコを吸っている、あるいは喫煙歴がある場合は、COPD(慢性閉塞性肺疾患)が疑われます。
COPDとは、タバコなどの有害物質を長期間吸い込むことによって、徐々に肺が障害され、呼吸機能が低下する病気です。重症化するとふだんの生活のちょっとした動きでも息が苦しくなるなど、生活の質が著しく損なわれます。COPDは、肺の生活習慣病とも呼ばれ、動脈硬化、肺がん、サルコペニア、骨粗しょう症など、全身にさまざまな病気を引き起こします。なかでも肺がんについては、COPDの人はそうでない人に比べて約10倍かかりやすいことが報告されています。
日本人におけるCOPDの主な原因は喫煙で、高齢者ほど多く、喫煙者の5人に1人が発症すると考えられています。一度発症するとゆっくりと進行し、治療しても元には戻りにくい病気です。

長期間に徐々に進行 息苦しさがサイン

人間は、ふだん意識しなくてもスムーズに呼吸ができます。鼻や口から吸い込まれた空気は、気道を通り左右の肺に送られます。肺の内部には枝分かれした気管支があり、その先には肺胞と呼ばれる網の目のような組織があります。肺胞は呼吸のたびにストッキングのように伸縮します。そして、酸素を取り込み、肺胞の中の空気を入れ換えて二酸化炭素を排出しているのです(下図)。ところが、タバコを吸うと気管支や肺胞に炎症が起こり、その部分の肺胞が壊れるため、あたかも伝線した穴だらけのストッキングのようになります。するとその部分の空気の出入りがスムーズにいかなくなり、肺は弾力性を失います。さらには吸った空気を全部吐き出せなくなるために、肺全体が膨張して、横隔膜を押し下げてしまいます。このことは呼吸によって上下運動をするはずの横隔膜の動きを悪くするため、息を吸おうと思っても吸えなくなって、さらに息苦しさを感じるのです(下図)。
たとえば20歳でタバコを吸い始めると、早い人では40歳くらいから、遅い人では60~70歳からCOPDを発症します。長い時間をかけて少しずつ進行していくため、原因が年のせいなのか、肺の病気なのかわかりにくく、知らないうちに進んでいる場合が多いのです。
特徴的なのは、動いたときの息切れで、病気の進行度の目安になります。初期の典型的な症状は、「3階くらいの階段や、坂道を上ったときに息が切れる」ことです。「少し前までまったく平気だったのに、どうしてこんなに息が切れるのだろう」と自覚し始めます。そのうち、「50メートル歩いただけでも息が切れる」ようになり、さらに進行すると、「しゃべる」「食事をする」「着替える」といった日常のちょっとした動作でも息が切れるようになります。重症になると「溺れているように苦しい」と表現する患者さんもいます。また、胸部の圧迫感や慢性的な咳や痰もCOPDによくみられる症状です。
タバコを吸う人はエレベーターやエスカレーターばかり使わず、時々は階段を上って息切れやきつさをチェック するようにしましょう。そして気になる症状がある場合、あるいは症状がなくても、40歳以上で10年以上の喫煙歴がある場合は、一度呼吸機能検査をすることをおすすめします。

呼吸機能検査で診断 治療はまず禁煙から

診断には、主にスパイロメーターという機器を用いた呼吸機能検査が行われます。スパイロメーターに息を吹き込み、1秒率を測定します。1秒率とは、大きく吸った空気を最初の1秒で肺活量の何%吐き出せるかを測定するものです。COPDになると息を速く出しにくいため、1秒率が70%未満の場合は、COPDの可能性があります。また、精密呼吸機能検査、胸部X線検査などの検査で重症度を決定し、ほかの病気の合併なども診断されます。
COPDの治療では、息切れなどの症状を軽減させて身体活動を向上させ、肺がんや心筋梗塞などの合併症を防ぐことが重要です。
治療はまず禁煙から始めます。呼吸機能は20歳を過ぎるとゆっくり下がっていきますが、タバコに感受性のある人が喫煙を続けていると急速に低下します。しかし禁煙を始めた時点から息切れ、咳や痰などの症状が軽くなり、呼吸機能低下も非喫煙者と同じようにゆるやかになります(下グラフ)。
呼吸機能を改善し悪化を防ぐために、気管支拡張薬をはじめ、さまざまな薬物療法が行われます。最近は長時間作用するタイプの吸入薬が登場しており、呼吸機能だけでなく、生活の質(QOL)の改善も可能になっています。重症化して肺に十分な酸素が取り込めなくなった場合は、酸素を供給して呼吸を助ける在宅酸素療法などが行われます。

リハビリや生活活動で 身体活動量の維持を

また近年は、禁煙、薬物療法とともに、リハビリテーションや日常的に体を動かす身体活動(運動+生活活動)の重要性が注目されています。COPDの人は体を動かすと息が切れるため、閉じこもりがちになり身体活動量が低下してきます。食欲がなくなって栄養状態も悪くなるため、体力や抵抗力が低下して呼吸機能や全身状態も悪化する負のスパイラルに陥りがちです。
しかし、身体活動量を維持あるいは向上させていくと、酸素を効率的に使えるようになり、筋肉や横隔膜などがよく動くようになって息苦しさの改善が期待できます。さらに息切れの改善によって身体活動や運動耐容能(身体運動負荷に耐えるために必要な呼吸などの能力に関する機能)が向上して食欲も出るため、免疫力がアップするなど、よい循環につながっていくのです。
そこでおすすめなのが、歩数計を使うことです。朝から寝るまで歩数計を携帯し、自分の1日の活動量を記録しましょう。たとえば、1週間は意識せずに歩数計を使い、その平均値を算出すれば無理のない目安を設定できるでしょう。COPDの患者さんは、症状に波があるため、活動量を維持することを目標に、余裕があれば少しずつ活動量を増やし、つらい日には無理をしないことも重要です。また自覚症状がなくてもCOPDと診断された場合は、1年に一度は呼吸機能検査を行い、機能が低下していないか、肺がんになっていないかなど確認することをおすすめします。

冬は感染に注意して ワクチン接種と自己管理

COPDは、風邪やインフルエンザなどにかかると症状が急激に悪化する危険性があります。次のことに気をつけましょう。
・インフルエンザや肺炎球菌のワクチンを早めに接種する
・手洗い、マスク、うがいをする
・自分が吸う空気に気をつけて、ホコリや煙を避ける
・湿度を適度に保ち、換気をする
・人混みを避け、身体活動が低下しないよう無理のない範囲で体を動かす
COPDになったからといって仕事や、歌うこと、旅行などの趣味や楽しみをあきらめる必要はありません。自分が運動できる範囲を知り、生活管理の方法を覚えることで、人生を楽しむことができます。

ライター 高須生惠

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