外用薬で発汗のコントロールが可能に『多汗症』

外用薬で発汗のコントロールが可能に『多汗症』

 汗が気になる季節が近づいてきました。わき汗や手汗に困っていても、「汗っかきは体質だから」あきらめていませんか。汗の量が異常に多く、日常生活に支障を来している場合は、「多汗症」という病気として治療対象になります。近年、新しい薬の登場などで治療の選択肢が増え、症状をコントロールできるようになってきました。最新の診療ガイドラインに基づいた部位別の治療法と日常生活のポイントを紹介します。

監修

池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 院長、東京医科歯科大学皮膚科 臨床講師

藤本 智子 先生 (ふじもと・ともこ)

2001 年、浜松医科大学医学部卒業。同年、東京医科歯科大学医学部皮膚科に入局、多摩南部地域病院皮膚科医長、東京都立大塚病院皮膚科医長などを経て、2017 年に開業。東京医科歯科大学医学部付属病院の「発汗異常外来」も担当。日本皮膚科学会認定皮膚科専門医。「原発性局所多汗症診療ガイドライン2023 年改訂版」には、同ガイドライン策定委員会の副委員長として携わった。

10 人に1人が多汗症 わき、手、頭・顔が多い

 多汗症は、体温調節に必要な範囲を超えて、大量の汗をかくことにより日常生活に支障を来す病気です。高温環境や運動など体温を上昇させる要因がなくても、ストレスや緊張などの精神的刺激がなくても汗をかきます。
 皮膚には3種類の汗腺がありますが、多汗症の人はエクリン汗腺からの発汗が非常に多くなっています。精神的緊張が高まると、交感神経が活発になり、神経伝達物質のアセチルコリンが放出されます。アセチルコリンはエクリン汗腺の受容体に結合することで、発汗を促します。エクリン汗腺から出る汗は大部分が水分でサラサラしており、無色無臭ですが、一度発汗するとなかなか収まりません。
 多汗症には、全身に大汗をかく全身性多汗症と特定の部位の汗が多い局所多汗症があります。また、どちらにも、特定の原因がない原発性と、ほかの病気や薬が原因になる続発性とがあります。
 複数の調査から日本では10人に1人が多汗症と推定されています。その多くは、原発性の局所多汗症です。部位別では、わき汗に悩む人が最も多く、20人に1人といわれます。次いで手と頭・顔もほぼ同じぐらいの割合で多く、足の裏と続きます(下図)。ここでは、これらの原発性局所多汗症(以下、多汗症)について解説します。

メンタルにも影響 困っているなら治療を

 多汗症の患者さんは10~40代が大半です。学生や働きざかりの世代のため人と接する機会が多く、さまざまな場面で不都合が生じます。特に、わき、手、顔・頭の汗は他人からもそれとわかるため、人と接することを避ける傾向になり、心理面にも影響します。実際、多汗症の人は不安やうつなどメンタルの 症状を伴いやすいことがわかっています。
 ただし、多汗症は命にかかわる病気ではないため、困っていなければ治療の必要はありません。「日常生活で困っているかどうか」が治療の目安です。治療を受けることで多くの場合、症状をコントロールできるようになりますし、治療がメンタルの向上に結び付くこともわかっています。
 気になる人は、自分が多汗症なのかどうか、確認しましょう(下欄)。多汗症だとわかったら重症度もチェックしてみてください(下欄)。
 多汗症は、部位によって発症時期や日常生活での悩み、治療法などが異なりますが、身体的にも費用面でも負担の少ない方法から治療を始めるのが一般的です。十分な効果が得られなければ、次の方法へと段階的に治療を進めます。以下、わきの多汗症と手の多汗症を中心に解説します。

「わき」は外用薬で ほぼコントロール可能

 わきの多汗症は思春期に発症する人が多いようです。悩みは衣服に関するものが最も多く、服が黄ばむ、好きな服が着られない、クリーニング代がかさむなどです。シャツに汗じみができる程度なら軽症で、重くなるにつれてセーター、ジャケット、さらには冬のコートにも汗が通るようになります。学生にとっても社会人にとっても制服は悩みの種で、制服を着たくないために望む仕事をあきらめる人もいます。
●治療は抗コリン外用薬などから
 第1選択の1つは抗コリン外用薬です。抗コリン薬は、アセチルコリンがエリクン汗腺の受容体に結合するのを阻害することで発汗量を減らす薬です。2020年に保険適用になり、わき汗はほぼコントロールできるようになりました。塗った部分にだけ働くので、副作用が少ないのも利点です。
 もう1つの第1選択は塩化アルミニウム製剤(健康保険適用外)の外用薬(ローション)です。皮膚に塗ることで汗の出口に蓋をし、汗を閉じ込めます。副作用として約半数にかぶれがみられます。自費のため費用は病院により異なりますが、2~3か月分で1000~2000円程度と考えていいでしょう。
 これらの方法で効果がみられない場合は、アセチルコリンの放出を抑制する働きのあるボツリヌス毒素製剤の注射を行います。痛みは少なく、効果は平均すると半年続きますが、重症度によって前後します。この治療はほかの部位では自費ですが、わきの場合、重症であれば健康保険が適用されます。
 次の段階として、抗コリン内服薬を用いることもあります。副作用は比較的少ないのですが、内服薬なので全身の発汗が抑制されるため、夏は熱中症のリスクがあります。使用に当たっては医師とよく相談しましょう。
 さらに、医療機器による施術(健康保険適用外)があります。現在、最も普及しているのは、マイクロ波をわきに照射し集中的に熱を加え、汗腺を壊す治療法です。根治可能といわれますが、長期的なデータはまだありません。
 重症の場合、本人の強い希望があれば、交感神経遮断術を行うこともあります。効果はありますが、神経を切ってしまうため、ほかの部位から大量の汗が出る代償性発汗という合併症が起こることがあるので、決断する前に医師とよく話し合いましょう。

困りごとの多い「手」 初の専用薬に期待

 手の多汗症は子どものころに発症する人が多く、小学校低学年からみられます。手のひらが常に汗ばんでいる程度であれば軽症、触った紙がよれよれになるのは中等症です。ペーパーワークに苦労する、筆記試験でスムーズに答えが書けないというハンディもあります。重症になると手のひらからポタポタと水滴がたれるようになります。指紋認証ができない、スマートフォンに水没マークが出る、デジタル機器が壊れるなどのトラブルも起こります。手は無意識のうちに物に触れるため、日常生活での支障はほかの部位に比べ甚大です。また、美容師、ネイリスト、販売員など、接客しながら手で客や商品に触れる職業には就きにくいのが実情です。親子や恋人の関係でも手をつ なぐことをためらいがちで、それが心理面に影響することもあります。
●治療は塩化アルミニウム製剤から
 第1選択は、塩化アルミニウム製剤(健康保険適用外)です。手には、クリームタイプを使います。効果が十分でない場合は、水道水イオントフォレーシスという治療法があります。これは、水道水を入れた容器に手を10~15分入 れ、専用の機器から電流を流す治療法です。電流により生じた水素イオンが汗腺の働きを低下させ、汗の量を減らします。保険でできる治療は週1回ですが、短時間しか効きません。施術自 体は毎日行っても問題ないので、自宅用の器械を購入する人もいます。
 これらの方法で効果が得られなければ、ボツリヌス毒素製剤の注射(健康保険適用外)、抗コリン内服薬、神経ブロック、交感神経遮断術という段階をたどります。
 さらに今年3月、手の多汗症を対象にしたローションタイプの外用薬が承認されました※。日本初の手の多汗症専用の薬です。1日1回、寝る前に手のひらに塗ることで、手汗がかなりコン トロールできるようになると期待されています。
 頭・顔の多汗症の発症時期は多くの場合、成人後です。治療は塩化アルミニウム製剤(健康保険適用外)から始め、抗コリン内服薬、ボツリヌス毒素製剤の注射(健康保険適用外)、神経ブロッ ク、交感神経遮断術という段階をたどります。
 足の裏の多汗症は、発症時期も治療法も手と同じです。

※2023年6月に処方解禁となる予定です(2023年4 月現在)。

市販の制汗剤も効果あり 購入時は成分を確かめて

 多汗症の治療には、健康保険が適用される場合と自費になる場合が混在しています。自費だから高価とは限らないので、前もって相場を調べておきましょう。多汗症の治療をする診療科は皮膚科、形成外科、美容外科などですが、そのすべてが多汗症治療に詳しいわけではありません。適切な治療を受けるために、多汗症の治療をしているかどうかを確認しましょう。
   軽症であれば、市販の制汗剤も効果があります。購入の際は、塩化アルミニウムや塩化アルミニウム製剤と同じ成分の「クロルヒドロキシアルミニウム」が配合された商品を選びましょう。病院で処方される薬には防臭成分が入っていませんが、市販の制汗剤にはデオドラント効果もあります。また夏は、ポータブル扇風機などの熱中症対策グッズも、体温を下げる点で効果が期待できます。
 汗は自分で止めることができません。出た汗はタオルで「拭き取る」、わき汗パッドや手袋に「吸わせる」ことで対処します。治療を受ければ、ある程度発汗をコントロールできるようになり、生活しやすくなります。

ライター 竹本 和代

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする