手術でよくなる認知症『特発性正常圧水頭症』

手術でよくなる認知症『特発性正常圧水頭症』

歩行障害、認知障害、排尿障害……。どれも高 齢者に多い症状です。そのため、ゆっくり進行すれ ば「年のせい」と思いがちです。しかし、歩行障害 が顕著で、さらに認知障害や排尿障害を伴っている 場合は、特発性正常圧水頭症かもしれません。この 病気は、手術によって症状を改善することが可能で す。正しい診断と適切な治療を受けることで、QO L(生活の質)は向上します。そのためには、病気 のサインに早く気づくことが大切です。

監修

国家公務員共済組合連合会 東京共済病院 脳神経外科部長

鮫島 直之 先生 (さめじま・なおゆき)

1995 年、山梨大学医学部卒業。
虎の門病院レジデントを経て虎の門病院脳神経外科。
現在、東京共済病院脳神経外科部長、集中治療室部長。脳神経外科専門医、指導医。脳卒中専門医、指導医。
日本正常圧水頭症学会理事。
日本転倒予防学会理事。
2016年より東京共済病院正常圧水頭症センターを立ち上げ、副センター長を兼任。『特発性正常圧水頭症診療ガイドライン第3 版』システマティックレビュー担当。

高齢者の1~2%が該当歩行、認知、排尿に障害

水頭症とは、脳と脊髄を包んで保護している脳脊髄液が脳の中にたまる病気です。脳脊髄液は脳と脊髄の周りを満たしていますが、何らかの原因で静脈への吸収が滞ると水頭症になります。
水頭症には、脳圧が上がるタイプと正常範囲にとどまるタイプがあります。後者は正常圧水頭症といい、成人に多く発症します。これには、くも膜下出血や髄膜炎などの後遺症として起こる二次性と、原因が特定できない特発性があります(下図)。
特発性正常圧水頭症は、70~80代を中心とした高齢者に多い病気です。年をとると脳脊髄液を吸収する力が低下することも、この年代に多い一因と考えられています。吸収されなかった脳脊髄液が脳室にたまって脳室が広がり、その結果としてさまざまな症状が起こります。歩行障害、認知障害、排尿障害が三大症状です。どれも高齢者によくみられるうえ、ゆるやかに発症し、徐々に進行するため、早期に気づきにくい病気です。
日本で行われた複数の調査研究から、65歳以上の1~2%にこの病気のの可能性があるとみられています。65歳以上の人口は約3600万人(総務 省、2020年)ですから、36万~72万人が該当する計算です。その人数はパーキンソン病より多いと考えられますが、病気の認知度がまだ低く、多くの人が見過ごされています。
特発性正常圧水頭症は、手術で症状を改善することができます。適切な治療を受けることで、本人も介護する人も、日常生活での困難が少なくなります。早く病気に気づくために、症状の特徴を知っておきましょう。

認知障害+ 歩行障害ならこの病気の可能性も

三大症状(イラスト)のうち、最も多いのは歩行障害で90%以上に現れます。この3つの症状は単独で出現することもあれば、合併することもあります。
歩行障害や排尿障害は自然な老化現象と思われやすく、周囲の人の注意は認知障害に向きがちです。そのため、よくアルツハイマー病と間違えられるのですが、アルツハイマー病による歩行障害は、病気がかなり進行してから起こります。「最近、もの忘れが多くなった」といった段階で特徴的な歩行障害も伴っている場合は、特発性正常圧水頭症である可能性が疑われます。
三大症状を詳しく紹介しましょう。
●歩行障害
最も早く現れる症状で、この病気を発見するポイントでもあります。
特徴とされるのが、小股でよちよち歩く小刻み歩行、足が上がらないすり足歩行、足が開き気味になる歩隔拡大(外股歩き)です。パーキンソン病でも小刻み歩行になりますが、足が開き気味になることはありません。また、特発性正常圧水頭症では、方向転換がスムーズにできないことも特徴です。方向転換をするときに転倒する人も少なくありません。
自分で気づくきっかけは歩く速さです。同年代の人と一緒に歩いていて自分だけ遅れるようなら、歩行障害が始まっている可能性があります。
●認知障害
もの忘れが多くなり、集中力が低下します。意欲や自発性も減退し、家でボーッとしている日が増えてきます。
●排尿障害
トイレが近くなる頻尿や、トイレに行きたいと思ってからがまんできる時間が短くなる尿意切迫感があります。歩行障害があるため、結果的にトイレに間に合わず尿失禁を起こすことあります。

画像検査の結果によりタップテストを実施

特発性正常圧水頭症の診断では、まず歩行状態や認知機能などの症状を確認し、その後、画像検査が行われます。それらの結果、この病気が疑われる場合は、脳脊髄液排除試験(タップテスト)に進みます。
●画像検査
CTやMRIで頭部を撮影します。脳室が拡大している、頭頂部の頭蓋骨と脳の溝の隙間が狭くなっているなどの特徴的な所見がみられれば特発性正常圧水頭症の疑いが強くなります。
●脳脊髄液排除試験
画像検査の結果で必要が認められたときに行われる検査です。腰椎に特殊な針を刺して脳脊髄液を30mLほど抜き、その後、症状がどう変化するかを観察します。
背筋が伸びる、大股で歩けるようになるなど変化が見られ、特に歩行状態がよくなったら、手術することで改善が期待できます。

シャント術で認知障害は5~7割の患者で改善

特発性正常圧水頭症の治療法は、脳脊髄液短絡術(シャント術)という手術が第一選択になります。今のところ薬物療法はありません。
このシャント術は、脳室内にたまった脳脊髄液を人工の細い管を介してほかの部位に流し、吸収を助けるものです。管の途中に脳脊髄液圧を調節するバルブがついており、最近では体外から設定圧を調節できるようになっています。手術は主に2つの方法が行われています。
●腰椎‐腹腔(L‐P)シャント術
背中の腰の部分を小さく切開し、脊髄のくも膜下腔から腹腔に管を通します。頭部に触れないため低侵襲で、高齢者にメリットの多い方法です。現在、主流になりつつあります。
●脳室‐腹腔(V‐P)シャント術
頭蓋骨に小さな穴をあけ、脳室から腹腔に管を通します。脊柱管狭窄症があるなどの理由で脊柱が変形している場合に選ばれます。どちらの方法で も手術時間は1~2時間、入院期間は1週間から10日間ほどです。
治療効果も方法を問いません。どちらも歩行障害は8~9割、認知障害や排尿障害は5~7割に有効とされています。術後は、症状の変化や管に異常がないかをチェックし、必要があれば圧を調節するため、定期的な受診が必要です。医師に指示された間隔で通院しましょう。
L‐Pシャント術の術後は体を横にしている間、脳脊髄液が流れないため、積極的に体を動かすことも大切です。家でじっとしているばかりだと、体重増加や便秘を招きやすく、これらは腹圧を上げ、設定圧を変更する原因になります。術後は「太らない」「こもらない」生活を心がけましょう。
手術は、症状が軽い早期の段階で受けられれば効果が高く、日常生活に支障が出ない程度の改善が期待できます。元通りの生活ができるようになった人もいるほどです。症状の特徴をよく知って、早期発見につなげましょう。

ライター 竹本 和代

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