「とにかく安静」から「運動して改善」へ『慢性腎臓病』
慢性腎臓病(CKD)は、腎臓の働きが徐々 に低下するさまざまな病気の総称です。国内の 患者数は最新のデータでは約1450万人と推 定され、糖尿病や高血圧などの生活習慣病が原 因で発症し、腎不全から人工透析を受けるにい たる高齢者が増えています。以前はなるべく安 静に、と考えられていましたが、適度な運動は 腎機能を悪化させることなく、生活の質の改善 をもたらす効果があることがわかってきました。
筑波大学医学医療系腎臓内科学 教授
山縣 邦弘 先生 (やまがた・くにひろ)
1984 年、筑波大学医学専門学群卒業。
筑波大学附属病院、日立総合病院、オレゴン大学などを経て、2006 年から現職。
2016 年から筑波大学病院副院長。
日本腎臓学会、日本透析医学会、日本高血圧学会の指導医・専門医。
日本内科学会総合内科専門医。
日本腎臓リハビリテーション学会理事長。
「腎臓リハビリテーションガイドライン」(2018 年)作成委員長も務めた。
『詳しくわかる腎臓病の治療と安心生活』(主婦と生活社)監修ほか。
多くは生活習慣病から 無症状のうちに機能低下
腎臓は背骨の両側、腰の少し上あたりに左右対称に位置しています。握りこぶしよりもやや大きく、ソラマメのような形をしています(下図)。その最も重要な仕事は糸球体という毛細血管の球状のかたまりで血液をろ過して、老廃物を尿として体外に排泄することです。そのほかにも、血圧を調節するホルモンや骨髄に作用して赤血球の生成を促すホルモンを分泌する、体内の水分量や電解質(ナトリウム、カリウム、リンなど)の濃度を一定に保つ、ビタミンDを活性化してカルシウムの吸収を助け強い骨をつくるなど、健康の維持に欠かせない役割を担っています。
慢性腎臓病になると、これらの機能が少しずつ奪われていきます。慢性腎臓病には、①高血糖が続いて腎臓内の糸球体がダメージを受ける糖尿病性腎症、②本来なら感染予防に役立つ抗体が糸球体のろ過膜などに沈着するなど、さまざまな原因から糸球体の破壊が起こる慢性糸球体腎炎、③高血圧が原因で糸球体を含む血管に動脈硬化が起こる腎硬化症、④高尿酸血症により血管壁の細胞障害、動脈硬化が起こる痛風腎、⑤遺伝性の病気で、尿細管に多数の水のたまった袋ができて正常な糸球体などが圧迫され機能低下する多発性嚢胞腎――などがあります。
いずれも初期には自覚症状はほとんどありませんが、たんぱく尿が多くなると、手足や顔のむくみが現れ、さらに腎機能が低下してくると、夜間に何度もトイレに起きる、めまい(貧血)、息切れ、倦怠感、食欲不振などの症状が現れます。さらに進行すると末期腎不全となり、人工透析や腎臓移植を受けざるを得なくなります。また、慢性腎臓病はたとえ軽症でも、脳卒中や心筋梗塞など命にかかわる心血管疾患のリスクを高めることがわかっています。
高齢の透析患者が増加 検査結果を放置しないで
とりわけ懸念されるのは、さまざま
な治療を行っていても、加齢による機
能低下も加わり、高齢者の人工透析患者が急増していることです。日本透析医学会の統計調査(2019年)によると、国内の透析患者数は約34万人。そのうち新たに透析を受け始めた透析導入患者は年間約4万人。その原因疾患の第1位は糖尿病性腎症(41・6%)、2位は腎硬化症(16・4%)と、生活習慣病関連疾患の多さが際立っています。透析導入患者の年齢のピークは男性が70~ 74 歳、女性が75~79歳です。人口の多い第1次ベビーブーム世代(いわゆる団塊の世代)がその年齢に到達し始めたことから、今後、患者数の増大が加速する恐れもあります。
生活習慣病による慢性腎臓病では、早期に適切な治療を受ければ腎機能の悪化スピードを抑制することは可能ですが、すでに失われた腎機能の回復は困難です。だからこそ、無症状のうち早期発見・早期治療をすることが極めて大切です。
慢性腎臓病の診断には、次の2つの基準があります。
①尿検査や腎臓の画像診断、病理検査などで腎臓の障害が明らかに認められる。特に尿検査で、たんぱく質が「±」以上であることが重要。
②血液検査の「血清クレアチニン値」から推定した推算糸球体ろ過量(eGFR)の数値が「60」未満。
どちらか1つ、あるいは両方の状態が3か月以上続くと、慢性腎臓病と診断されます。すでに糖尿病と診断されている人については、糖尿病性腎症の早期発見のための「尿中微量アルブミン検査」が陽性であれば、①に該当します。健康診断などで異常が指摘されたら、放置せずに受診しましょう。
原因疾患をしっかり治す 病態ごとに異なる治療薬
慢性腎臓病の治療は①運動療法、②薬物療法、③食事療法が3本柱となります。
慢性腎臓病共通の悪化因子として、高血圧、高血糖、脂質異常症、肥満、高尿酸血症などがあります。これらの悪化因子を取り除くために、運動や食事などの生活習慣をしっかり改善させたうえで、改善できない場合に薬物療法を行います。すなわち、血圧の調節を目的に降圧薬を使用したり、高血糖には糖尿病治療薬などを使ったりします。
そのほか、腎機能低下に伴って産生が減るホルモンを補う薬があります。強い骨をつくる作用のある活性型ビタミンD、不足すると腎性貧血をきたすエリスロポエチンを補ったり濃度を上昇させたりする腎性貧血治療薬などです。腎機能の低下により乱れた体内の水分量や電解質バランスを調節する、カリウム吸着薬やリン吸着薬、アルカリ化薬も使われます。
また最近は、既存の糖尿病治療薬や腎性貧血治療薬が腎臓病の進行自体を抑制する可能性を示す研究結果が報告されるようになり、新たな治療薬として加わることも期待されています。
運動療法で腎機能改善 生活の質の向上も
かつての「制限」から「推奨」へと大きな転換を遂げたのが※運動療法です。以前は「運動は尿中のたんぱく質を増やし、腎障害を悪化させる」として、あまり体を動かさないことが原則でした。ところが近年のさまざまな研究から、適度な運動による腎機能(eGFR値)の改善、たんぱく尿の減少、体力や生活の質の向上といった効果が認められ、脳卒中、心筋梗塞、心不全を減らす可能性のあることがわかってきたのです。
日本腎臓リハビリテーション学会のガイドラインでは、①中等度の強さの有酸素運動、②日常生活でかかる以上の抵抗を筋肉に加えて筋力を高めるレジスタンス運動、③柔軟体操――の3種類を推奨しています。
有酸素運動は早歩きのウオーキングやサイクリング、水泳などを1回20~30分、週に3~5回が目安です。
レジスタンス運動は最大筋力の7割程度の力で、トレーニング用のゴムチューブ(エキスパンダー)を両手で伸ばしたり、ダンベルを上げ下げしたりします。スクワットも有効です。1セット10~15回を体力に応じて1~数セット、これを週に2~3回実践します。
ただし、高齢の人なら、座ってテレビを見ている時間を少しだけ減らし、近所の散歩や室内での片足立ち運動などに充てるだけでも効果的です。
透析を受けている人は、透析をしない日に運動するのが理想ですが、透析中もペダル漕ぎマシンなどを使って寝たまま運動することが可能です。その場合は、血圧の下がり過ぎを防ぐため透析時間の前半に行います。
なお、慢性腎臓病で運動療法を行えるのは病状が安定している人に限られます。運動の種類や量も個々の患者さんに合わせて決める必要があります。原因となった生活習慣病にも影響され、血圧180/100㎜Hg以上、空腹時血糖値250㎎ /dL以上は原則運動禁止となっています。運動を開始する際には、医師と相談のうえで方法や回数を決めましょう。
※ 2016 年から、糖尿病性腎症(現在はeGFR値45 未満)の患者が透析予防のために行う運動療法には、公的医療保険の適用が認められています。
高齢者の食事療法は 体力維持も考えながら
患者の高齢化とともに、食事療法の〝常識〟も変わりつつあります。
たんぱく質は老廃物を増やし腎臓に負担をかけるとして、摂取量が厳しく制限されてきました。しかし、高齢になると肉類の摂取量は自然に減るうえ、たんぱく質が不足すると、サルコペニア(筋量や筋力の低下)やフレイル( 高齢による虚弱)による転倒・骨折・寝たきりのリスクを高めかねないことがわかってきました。
軽度~中等度の慢性腎臓病では標準体重(身長m×身長m×22)1㎏当たり0・8~1g の摂取が推奨されていますが、これは日本人の標準的なたんぱく質摂取量とほぼ同じです。つまり、栄養バランスの偏りが少なく、エネルギー量もほどほどの「一汁三菜のふつうの日本食」を心がければよいのです。
一方、減塩は腎臓にとって不可欠な血圧コントロールの基本です。日本人の1日の平均食塩摂取量は10・1g ですが、6g 未満が目標です。
食事では酢や香辛料、だしのうまみなどを生かして薄味に慣れるとよいでしょう。食事療法は医師や管理栄養士の指導を受けながら正しい知識にもとづいて行いましょう。
新型コロナウイルス感染症への対策も忘れてはいけません。慢性腎臓病や人工透析、その原因疾患である糖尿病、高血圧は重症化のリスク因子です。適切な感染対策をとったうえで治療や通院を継続し、腎機能を維持することが重症化の予防にもなります。
病気にしっかりと向き合い、自分に合った治療法を見つけ、活き活きと過ごしましょう。
ライター 平野 幸治