予備軍の段階からの予防が重要『心不全』

予備軍の段階からの予防が重要『心不全』

 心不全は、心臓のポンプ機能が低下して、全身に十分な量の血液を送り出せない状態の ことを言います。超高齢社会の到来により心不全になる人が増え、近い将来、まるで感染症が拡がるように心不全パンデミックが起こると予測されています。心不全になると命を奪われる危険が高まりますが、心機能の低下による症状が出ていても「年のせい」と考え、放置している人は少なくありません。心不全について知り、早期発見・早期治療と予防を心がけましょう。

監修

信州大学医学部 循環器内科学教室 教授

桑原 宏一郎 先生 (くわはら・こういちろう)

1991 年、京都大学医学部卒業。2000 年、同大学大学院医学系研究科修了。米国テキサス大学サウスウエスタン医学研究所分子生物学講座フェロー、京都大学大学院医学研究科講師などを経て、2016 年より現職。信州大学医学部附属病院胸痛センター・センター長兼務。日本心不全学会『血中BNP やNT-proBNP を用いた心不全診療に関するステートメント2023 年改訂版』作成班長。

収縮機能が保たれた心不全が増加

 「少し歩いただけで息切れがする」「足や顔のむくみがひどい」。こんな症状に心当たりがあったら、すでに心不全になっているのかもしれません。
 心臓は全身に酸素と栄養を供給するポンプです。心不全とは、そのポンプ機能がうまく働かなくなり、十分な量の血液を全身に送れなくなった状態のことです。日本循環器学会と日本心不全学会は、「心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」と定義しています。
 心不全の患者さんが急激に増えているのは、超高齢社会が進み、75歳以上の後期高齢者が増えているからです。高血圧、狭心症・心筋梗塞、心臓弁膜症、心房細動などの不整脈、心筋症などすべての循環器病の行きつく先が心不全です。心不全になると多くの人は 入退院を繰り返し、身体機能が低下していきます。心不全で入院経験のある人の1年以内の死亡率は約3割で死亡リスクも高いのですが、この病気の深刻さはあまり認識されていない面があります。
 心不全には、血液を全身に送り出すための収縮機能が低下した収縮不全と、収縮機能は保たれているけれども血液を取り込むための拡張機能が低下した拡張不全の2つのタイプがあります(下図)。以前は、左心室の収縮力が低下して左心室が大きくなる収縮不全が心不全の主な原因と考えられていました。しかし、近年研究が進み、高齢者の心不全の多くは、収縮機能が保たれているにもかかわらず、左心室が硬くなって広がりにくくなり、血液を取り込む力が弱まる拡張不全であることがわかってきました。拡張機能は、正確に評価することが難しいこともあって、拡張不全の心不全は、専門家の間では「収縮機能が保たれた心不全」(HFpEF、ヘフペフ)とも呼ばれます。

血液検査で 心不全の早期発見を

「収縮機能が保たれた心不全」でも、全身の血液が心臓へ戻る力が弱まるために、血液のうっ血が起こり、息切れ、呼吸困難、顔や足などのむくみ、体重増加などの症状が出ます。心臓のポンプ機能の低下によって、疲れやすい、不眠、手足の冷えなどの症状が生じることもあります。進行すると、少し歩いただけで息切れをしたり、夜寝ているときに咳が出たり、息苦しくて横になっていられない状態になります。
 早い段階で出やすい症状が、靴を履いたり草むしりをしたりするなど、かがんだときに息切れがするという症状です。高齢者は、息切れやむくみなどがあっても、「年のせいだから仕方ない」などと考え、心不全の発見が遅れがちです。心不全かもしれないと疑う症状があったら、かかりつけ医に相談し、血液検査を受けましょう。
 心不全かどうかを知るには、血液検査が手がかりになります。BNP(B型ナトリウム利尿ペプチド)、あるいは、NT - ProBNP(N末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド)の血中濃度がその目安です。BNPは心臓のストレスを和らげるために血液中に分泌されるホルモンで、NT - ProBNPはその副産物です。心機能が低下し心不全になると、BNPやNT - ProBNPの血中濃度が上昇します。
 この数値に関しては、日本心不全学会が2023年10月に、「血中BNPやNT - ProBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版」を発表し、基準値を改訂しました(下図)。また今回の改訂によって、心臓機能の低下はみられるけれども心不全の症状は出ていない状態を、新たに前心不全と位置づけることになりました。
 前心不全は、心不全に進行するリスクが高い予備群です。新たな基準では、BNPが35pg/mL、あるいはNT - ProBNPが125pg/mLを超えると前心不全か心不全の可能性が高いため、循環器の専門医のいる医療機関の受診がすすめられます。
 基準値が厳格化され、前心不全の段階から専門医への受診を促すようになったのは、国内外の研究で、早い段階から専門医が経過観察や治療を進めたほうが予後が良好に保てることがわかってきたからです。また、高齢者に多い「収縮機能が保たれた心不全」は、心臓の機能が低下していてもBNPやNT - ProBNPの数値がそれほど高くならない場合があるため、前心不全の段階で心臓の状態を調べる専門的な検査を受けることがすすめられます。

次のステージへの進行予防が肝心

 血液検査や症状から前心不全や心不全が疑われる場合には、心電図検査、X線検査、心エコー(心臓超音波検査)などで心臓の機能的、構造的な異常の有無を確認します。
 心不全は、病状の進行度と重症度によって、AからDまで4つのステージに分けられます(下図表)。
 ステージAは、将来的に心不全になるリスクがあるという段階です。
 ステージBは前心不全の段階です。ステージAとBでは次のステージへ移行しないための予防が肝心になります。
 心不全の予防でまず重要なのが、血圧の管理です。高血圧が続くと心臓が硬くなり、「収縮機能が保たれた心不全」になりやすくなります。食塩の摂取を1日6g 未満に抑える減塩を心がけ、家庭内血圧は収縮期血圧125㎜Hg未満、拡張期血圧75㎜Hg未満に抑えましょう。腎機能が正常に保たれている人は、野菜や果物などカリウムが豊富な食品をとると、塩分を体外へ排出する効果が期待できます。
 心不全の予防のためには、血糖値を正常に保つ血糖コントロールも大事です。暴飲暴食を控え肥満にならないようにして、1〜2か月間の平均血糖値を示すHbA1c を7・0未満に保ちましょう。高血圧、糖尿病、脂質異常症の場合には必要に応じて薬を服用し ます。また、慢性腎臓病(CKD)の人は心不全になりやすいので、尿検査を受け早期発見・治療に取り組むことも心不全の予防につながります。
 食事面では、オリーブオイルや魚介類などを多く摂取する地中海食が効果的です。調理に使う油はできるだけオリーブオイルにし、青魚など、動脈硬化を防ぐ効果のある必須脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)を豊富に含む食品を積極的に取りましょう。
 肥満の人は減量し、喫煙者はできるだけ早く禁煙することも重要です。また、心臓の機能を維持するためには適度な運動を続ける必要があります。ウオーキング、水中ウオーキングなどの軽い有酸素運動を1回30分、週5回以上、1週間に150分程度継続しましょう。「第2の心臓」と呼ばれるふくらはぎの筋力低下は、心臓に血液を戻す機能の低下を招きます。有酸素運動と併せて、スクワットなどの筋力トレーニングも実施してください。

 

心不全の悪化を防ぐ 新たな薬も登場

 すでに心不全となっているステージCの場合には、基本的には薬物療法で症状を軽減し、進行を防ぎます。治療薬には、血圧を上げるホルモンの働きを抑えて心臓を守るアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE)、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、利尿薬などがあります。
 近年、心不全の治療薬として、SGLT2阻害薬、アンジオテンシン受容体遮断薬(ARNI)、心拍数を減少させる薬など、新たな選択肢が増えました。SGLT2阻害薬は、糖を尿中に排泄して血糖値を下げたり体液量を減少させたりして、腎臓を保護することで心不全を改善します。ARNIは、血圧を下げて心臓を守るホルモンの量を増やし、むくみなどを軽減して心不全を改善する薬です。
 以前は、「収縮機能が保たれた心不全」の治療は難しかったのですが、SGLT2阻害薬やARNI、MRAと、利尿薬などを組み合わせることによって症状が軽減でき、病状の悪化が防げるようになってきています。
 なお、心臓の弁に不具合が起こる弁膜症や心房細動などの不整脈の治療によって、心不全が改善する場合もあります。重症の心不全になった場合には、ペースメーカーを用いた心臓再同期療法や補助人工心臓の植え込み、心臓移植の実施を検討します。
 高齢者は感染症や肺炎などになると心機能も急激に低下し心不全が悪化することがあります。肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンなども活用し、感染症や肺炎の予防を心がけましょう。心不全は怖い病気ですが、予防は可能です。生活習慣を見直し、必要に 応じて薬による治療も受けながら、次のステージに進まないよう、心臓の健康を守りましょう。

ライター 福島 安紀

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