胃の働きが悪くなり痛みやもたれが『機能性ディスペプシア』

胃の働きが悪くなり痛みやもたれが『機能性ディスペプシア』

 胃が痛い、もたれる、すぐおなかがいっぱいになって、それ以上食べられない……そうした不快な症状が続いているのに、検査をしても異常が見つからない。もしかしたら、それは機能性ディスペプシアという病気かもしれません。日本人のおよそ10 人に1人が悩まされているとされ、「新・国民病」とも呼ばれています。気のせいかもと放置すれば、生活に悪影響が生じます。胃の働きを正常に戻すために、治療と生活改善に取り組みましょう。

監修

川西市立総合医療センター 総長

三輪 洋人 先生 (みわ・ひろと)

1982 年、鹿児島大学医学部卒業。米ミシガン大学内科リサーチフェロー、順天堂大学消化器内科講師、兵庫医科大学内科学消化管科主任教授、同大学理事、副学長などを経て、2022 年9月から現職。専門は内科学、消化器内科学、神経消化器病学。日本消化器病学会副理事長、日本神経消化器病学会理事長などを歴任。日本消化器病学会編「機能性消化管疾患診療ガイドライン2021 -機能性ディスペプシア」作成委員長を務めた。2022 年9月からYouTube「Dr. 三輪洋人の健康チャンネル」開設。

検査でも異常見つからず 生活の質が大きく低下

 機能性ディスペプシアという病気を理解するには、その名前の意味が参考になります。病気には、器質的なものと機能性のものがあります。器質的とは、臓器にがんや潰瘍、炎症など明らかな異常があり、その結果として症状が現れることです。一方、臓器には異常が見つからないものの、その働き(機能)が悪くなってさまざまな症状を招いているケースを機能性の病気と呼びます。ディスペプシアは「胃の不快な症状」を指す医学用語で、「消化不良」を意味するギリシア語が語源です。
 つまり、原因となるような器質的、あるいは全身性(パーキンソン症候群など)、代謝性(糖尿病など)の疾患がないにもかかわらず、慢性的に心窩部(みぞおち付近)の痛みや灼熱感(焼けるような感じ)、胃もたれなどのおなかの症状に悩まされる状態が、機能性ディスペプシアです。「慢性的」とは、不快な症状が週1〜2回以上あり、それが1か月以上続いているかどうかが1つの目安とされます。
 胃には、口から送り込まれた食べ物を「ためる」「(消化液と)混ぜる」「十二指腸へ送り出す」という役割があります。ところが機能性ディスペプシアの患者さんは、①胃の上部が十分に広がらず食べ物をためられない(早期満腹感)、②「混ぜる・送り出す」ための胃壁の動き(ぜん動運動)が弱く、食べ物が胃に長く残ってしまう(胃もたれ)、③胃が知覚過敏状態のため、胃酸や胃の動きに敏感に反応する(胃の痛み)といったことが起こるのです(下図)。
 命にはかかわりませんが、そうしたつらい症状が続くと、仕事がはかどらない、勉強に集中できない、食事や趣味が楽しめないなど、患者さんの生活の質は大きく下がります。特に近年では労働生産性を低下させることがわかってきて、社会的影響も懸念されています。というのも、健康診断を受けた人の11〜17%、上腹部に症状があって医療機関を受診した人の45〜53%が機能性ディスペプシアと診断されており、多くの人が悩まされているからです。

主因は自律神経の乱れ 虐待や感染症の影響も

 かつては、こうした症状は慢性胃炎や神経性胃炎などと診断されていましたが、実際には炎症のない人が非常に多く、逆にピロリ菌感染などで炎症があっても大半の人は無症状であることから研究が進められ、2013年、機能性ディスペプシアという新しい病気として保険診療の対象となりました。
 胃がうまく働かなくなる主な原因は、自律神経の乱れにあると考えられています。自律神経は生命維持のために意思とは無関係に働く神経で、心拍、体温、血圧、代謝などをつかさどっています。胃を含む消化器の機能も自律神経に支配されています。ストレスや不安、恐怖を感じたり、疲労や睡眠不足、食生活の乱れ、喫煙習慣があったりすると自律神経のバランスが崩れ、消化器にも影響が及びます。実際、この病気の患者さんの10〜50%が過敏性腸症候群、胃食道逆流症、機能性便秘など を併発していることがわかっています。
 タイプとしては几帳面な性格で不安の強い人、朝食を抜いている人は発症しやすいとの報告があります。幼少期に虐待やいじめに遭った人、サルモネラ感染症など急性感染性胃腸炎から回復後の人もリスクが高まることがわかっています。
 また近年、機能性ディスペプシアの患者さんでは、十二指腸の粘膜に微細な炎症が認められることも明らかになってきました。十二指腸には胃や食道の機能を調整する役割もあることから、胃の不調の原因の1つとして注目されています。
 胃の痛みやもたれは、まれにピロリ菌感染に伴う炎症によっても起こります。ピロリ菌検査で陽性の場合は、除菌治療を受けてから半年〜1年後(炎症が鎮まるのに時間がかかるため)に症状が改善すればピロリ関連ディスペプシア、しなければ機能性ディスペプシアの疑いが強まります。

ていねいな問診で診断 内視鏡は必要に応じて

 「症状の原因となる異常が見つからない」のが特徴のため、診断にあたっては胃がんや胃潰瘍、十二指腸潰瘍、慢性胃炎などを除外する必要があります。しかし、いきなり精密検査をするわけではなく、問診で症状の内容とともに、年齢、病歴、検査歴などから総合的に検討されます。ただし嘔吐や発熱、体重減少、胃がんになった家族がいるといった場合は器質的疾患の可能性もあるので、内視鏡検査、血液検査、ピロリ菌検査、画像検査(超音波やCT)などを受けます。
 内視鏡検査については従来、実施が勧められていましたが、2021年に改訂された日本消化器病学会の診療ガイドラインでは「必須ではない」に変更されました。若い世代ではピロリ菌の感染率が下がり胃がんや胃潰瘍のリスクは低いことや、健康診断などで内視鏡検査を受ける機会が増えていることなどが考慮されたもので、患者さんの負担が減り、早期に治療を始められるメリットがあります。

胃の動きを改善する薬や漢方薬などを服用

 治療の第一歩は、患者さんの不安を取り除くことです。診断がつくと、まず医師から、発症のメカニズムや考えられる原因、命にかかわる病気ではないことなどが説明されます。決して「気のせい」などではなく、正しい診断と治療によって改善する病気であることがわかると、多くの患者さんは安心します。
 薬物治療で第1選択として使われるのは、①胃酸の分泌を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬、ヒスタミンH2受容体拮抗薬)、②胃の動きをよくする薬(アコチアミド)、③漢方薬(六君子湯りっくんしとうの3種類です。六君子湯は胃の運動を改善するだけでなく、ストレスから来る心の不安を鎮める働きもあります。
 この治療を4〜8週間ほど続けても効果が薄い場合には、第2選択として、①抗不安薬、抗うつ薬、②アコチアミド以外の胃の動きをよくする薬、③六君子湯以外の漢方薬が、必要に応じて処方されます。それでも改善しないときは、超音波検査やCT検査による画像診断(診断時に内視鏡検査を受けていない場合は内視鏡検査も)へ進みます。
 ストレスの影響が大きいと判断されれば、心療内科で認知行動療法や催眠療法(ヒプノセラピー)を受けることもあります。これらの心理療法は効果が実証されています。
 機能性ディスペプシアの患者さんの中には、いわゆるドクターショッピング(診断や治療に納得がいかず、医療機関を次々と変えて受診すること)を行う人も多いといわれています。自覚症状があるだけに「重大な病気を見落とされているのではないか」と疑いたくなりますが、時間とお金を浪費しても不安は消えず、生活の質がさらに低下してしまいます。そんな事態を避けるためにも、医師からのていねいな説明、患者さんとの信頼関係が求められます。学会の診療ガイドラインにも「良好な患者‒ 医師関係を構築することは、FD(機能性ディスペプシア)の治療において有用である」と明記されています。消化器の病気に精通し、信頼できる医師のサポートを得ることが克服へのカギなのです。

高脂肪食を避け よく噛み 十分な睡眠と運動も

 自律神経の働きを安定させるには、生活の見直しが欠かせません。不規則な生活は自律神経をかき乱す元凶です。まず、睡眠や食事のリズムを整えることが重要です。朝は決まった時間に起床し、夜は十分な睡眠をとりましょう。
 食事は3食を規則正しく、ゆっくりよく噛んで食べること、腹八分目を心がけましょう。カロリーが高く脂肪の多い食事、つまり脂っこい料理は、胃もたれや早期満腹感を起こしやすいので控えます。食後すぐに動き回らず、30分ほど休むと消化を助けます。お酒やコーヒー、香辛料などの刺激物も避けたほうがよいでしょう。ウオーキングなどの適度な運動は自律神経の安定に効果的です。寒暖の差も自律神経を刺激するので、冷房による冷え過ぎなどは要注意。禁煙も欠かせません。
 治療を受けて症状が改善しても、その後の数か月間でおよそ5人に1人が再発しています。ストレスの原因が明らかな場合は、そのストレスを少しでも減らせるように対処することが予防につながります。


ライター 平野 幸治

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