生活の質を落とさぬよう 早めの受診を『変形性股関節症』

生活の質を落とさぬよう 早めの受診を『変形性股関節症』

 股関節の軟骨がすり減って痛みが生じる変形性股関節症は、50代以降の女性に多い病気です。患者数はおよそ500万人と推定されていますが、「たいしたことはないだろう」と放置するのは禁物です。股関節は、体を支える、歩く、立つ、しゃがむなど日常生活の基本的な動作を担っているので、悪化すると外出もままならず、心身の衰えが加速してしまいます。アクティブな人生を長く送れるように、異常を感じたら早めに受診して対策をとりましょう。

監修

九州大学大学院 医学研究院 整形外科 教授

中島 康晴 先生 (なかしま・やすはる)

1990 年、九州大学医学部卒業。福岡市民病院、米国スタンフォード大学整形外科リサーチフェロー、北九州市立医療センター、九州大学病院整形外科講師などを経て、2016 年から現職。2018 年から九州大学病院副院長。日本整形外科学会専門医、同認定運動器リハビリテーション医。日本整形外科学会理事長、日本人工関節学会理事、日本股関節学会理事。日本整形外科 学会・日本股関節学会監修『変形性股関節症診療ガイドライン2016』策定委員会の委員長も 務めた。

軟骨のすり減りが原因 サインは歩き始めの痛み

 股関節は、骨盤の左右にある寛骨臼かんこつきゅうと大腿骨頭から成る球関節で、カップ状の寛骨臼のくぼみに大腿骨上端のボール状の大腿骨頭だいたいこっとうがはまり込んでいます。寛骨臼と大腿骨頭の表面はそれぞれクッション性のある軟骨に覆われ、股関節をなめらかに動かせるようになっています。この軟骨が何らかの原因ですり減ってしまい、炎症や痛み、骨の変形を引き起こすのが変形性股関節症という病気です(下図)。
 初期には足のつけ根が重だるく、歩き始めにスターティング・ペインと呼ばれる痛みを感じる程度で、坐骨神経痛と誤診されたりもします。やがて安静にしていても痛むようになり、「足を引きずる」「肩が左右に揺れる」など、歩き方に異常が現れます(跛行)。股関節の可動域(動かせる範囲)が狭まり、しゃがむ、靴下を履くといった動作も困難になります。
 股関節の軟骨がすり減る原因のおよそ8割は、寛骨臼形成不全(臼蓋形成不全)という股関節の構造の異常です。寛骨臼の発育が不十分で大腿骨頭を覆う面積が小さいため、そこに負荷が集中して軟骨がすり減ってしまうのです。この特徴は日本人、特に女性に多く見られ、変形性股関節症の患者さんも50代以上の女性が圧倒的多数を占めます。赤ちゃんのときに乳児股関節脱臼と診断された人、変形性股関節症の家族や親戚がいる人もリスクが高いので要注意です。これらの骨形成不全がなくても加齢や肥満、肉体労働、激しいスポーツなどの影響で軟骨が減少し、変形性股関節症を発症するケースもあります。
 ほかに股関節が痛む病気としては、ステロイド薬を使っている人や飲酒量の多い人がなりやすい大腿骨頭壊死症、関節リウマチ、外傷による骨折などが疑われますが、実際には大半が変形性股関節症によるものです。

運動療法で痛みを緩和 水中ウオーキングも効果

 歩き始めの痛みが1週間以上続いている、安静にしていても痛みがある、歩き方がおかしいと指摘された……などの気になるサインがあったら、整形外科を受診しましょう。
 診察では問診や触診、歩き方の観察とともに画像検査が行われます。変形性股関節症ならばX線検査でほとんど診断がつきます。大腿骨頭壊死症や骨折などとの鑑別ではCT(コンピュータ断層撮影)検査MRI(核磁気共鳴画像)検査が追加されます。
 変形性股関節症の進行度は、残存する関節軟骨の厚み(X線検査でわかる関節の隙間)で判断します。①前股関節症(寛骨臼の形成不全はあるが、軟骨は正常)、②初期(軟骨がすり減り、関節の隙間が少し狭まっている)、③進行期(関節の隙間がさらに狭まり、骨の変形も生じている)、④末期(骨と骨が直接ぶつかり合い、著しい変形や破壊がある)――の4段階に分けられます。
 変形性股関節症の治療は、保存療法手術療法に大別されます。保存療法は病気の進行を遅らせることと痛みの緩和が目的です。運動療法、生活改善、薬物療法を組み合わせて進められます。
 痛みがあると体を動かすことをためらい、その結果、筋力も低下して、ますます動けなくなるという悪循環に陥ります。運動療法の狙いは、股関節に負担をかけずに筋力を増強するとともに、股関節の可動域を広げることです。
 最も適しているのは水中ウオーキングでしょう。浮力のおかげで股関節に負担をかけずに足腰の筋肉を鍛えられます。軽いサイクリングや室内用のエアロバイク(固定式自転車)も効果的です。いずれも1日30分程度が目安です。
 自宅でできる簡単な筋力トレーニング(下図)やストレッチもあります。 お尻から大腿骨にかけての筋肉(殿筋でんきん) のうち、歩いたり走ったりするときに体のバランスを保つ重要な役割を担うのが中殿筋です。この中殿筋を意識して筋トレを実践すれば効果的です。

生活様式を和から洋へ 薬物治療も組み合わせて

 畳に座ったり布団を敷いたりする和式の生活は股関節への負担が大きいので、負担が少なくなる椅子やベッド、腰かけ式のトイレなど、洋式の生活に改めます。肥満症の人は体重を減らしましょう。杖や歩行器などの補助具を使うのも有効です。
 運動療法や生活改善は、いずれも自己流ではなく、理学療法士や医師の指導のもとに行うことをおすすめします。
 変形性股関節症の患者さんたちでつくる患者会に相談してみるのもよいでしょう。治療に関する情報が得られるほか、筋トレやストレッチのグループ指導を受けられるところもあります。
 痛みを抑える薬では非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が最もよく使われますが、胃腸障害や腎障害などの副作用が出ることがあるため、解熱鎮痛薬のアセトアミノフェンが選ばれることもよくあります。慢性的な強い痛みがある場合には、神経障害性疼痛治療薬やオピオイド系鎮痛薬(医療用麻薬の1つ)が処方されることもあります。いずれも飲み薬ですが、NSAIDsは貼り薬や坐薬も選べます。

増える人工股関節 骨切り術は温存して矯正

 手術療法には、股関節を温存して矯正する骨切り術と、傷んだ股関節を取り除き人工の股関節に置き換える人工股関節置換術があります(下図)。
 主に進行期や末期の患者さんを対象に、最も多く行われている(2020年は約7万件)のが人工股関節置換術です。人工股関節は寛骨臼の役割をするカップ、軟骨の役割をするライナー、大腿骨頭の役割をするヘッド、そのヘッドを大腿骨に固定するステムから成り、素材には金属、ポリエチレン、セラミックが使われます。
 この手術を受けると股関節の痛みがなくなり、可動域も広がります。手術は全身麻酔か腰椎麻酔(下半身麻酔)で行われ、早ければ翌日からリハビリを開始します。入院期間は2週間程度です。術後の合併症として、脱臼のリスクが1~5%、感染症のリスクが0.1~1%程度あるほか、骨が脆くなった人に起こりやすい人工関節周囲骨折にも注意する必要があります。
 もう1つの骨切り術は、概ね40 代までの病期が進行していない患者さんが対象です。初期までの患者さんでは寛骨臼を数センチの厚みで骨盤から掘り出し、矯正してボルトで固定するのが標準的な方法です(寛骨臼回転骨切り術、寛骨臼移動術)。大腿骨頭が寛骨臼に広く覆われるようになり、股関節が安定して軟骨のすり減りも防げます。進行期の患者さんには、寛骨臼と大腿骨頭の両方を形成する方法が採られることもあります。骨切り術は自分の股関節を残せるので、①骨や軟骨の再生が期待できる、②脱臼など、人工股関節特有の合併症がない、③人工股関節という最終手段を温存できる――といった利点があります。しかし、骨同士がしっかりくっつくまで5〜6週間の入院を要し、退院後のリハビリも、人工股関節の場合よりも長くかかります。

耐久性向上でスポーツも 治療の遅れは回復の遅れ

 人工股関節置換術は、耐久性の問題から再置換の可能性が少ない高齢者を対象としてきました。人工股関節を長く使っていると、摩擦により発生した摩耗粉を異物と認識して免疫細胞が刺激され、骨溶解という現象が起こって緩みが生じ、再置換(人工股関節の入れ替え)が必要になります。再置換は患者さんの負担が大きく、合併症のリスクも初回より高まります。
 しかし2000年ごろに摩耗の少ない新素材が登場し普及しました。そのため、従来10 〜20年とされていた耐用年数が30年以上に延びることが期待されています。現在では50 代以下の世代にも人工股関節が選ばれるようになっています。股関節の不調に悩まされて いた英国のプロテニスプレーヤー、アンディ・マリー選手(36)が人工股関節の手術を受けて世界ランキング上位に返り咲いたように、スポーツや登山、海外旅行などを楽しめるまでに耐久性が向上しています。変形性股関節症は自然に治ることはなく、徐々に進行します。歩行困難になるほど進行し、筋力が落ちてしまってからでは、十分な回復は望めません。それぞれの治療法の適切なタイミングを理解して納得できる選択をしてください。

ライター 平野 幸治

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