腹痛を伴う便通異常が日常生活に支障をきたす『過敏性腸症候群』

腹痛を伴う便通異常が日常生活に支障をきたす『過敏性腸症候群』

 腹痛を伴う下痢や便秘などに慢性的に悩まされる過敏性腸症候群(IBS)は、日常生活に支障をきたすやっかいな病気です。世界では全人口の約4・1%、日本でも約2・2%以上が罹患している身近なものですが、命にかかわらないからと、悩みながらも我慢している人が少なくありません。しかし近年、世界中で研究が進み、症状を改善する手段が増えてきました。1人で悩みを抱え込まず、自分に合った対処法を取り入れて、生活の質を改善していきましょう。

監修

東北大学大学院 医学系研究科 心療内科学 教授

福土 審 先生 (ふくど・しん)

1983 年、東北大学医学部卒業。米国デュ-ク大学医学部研究員、東北大学心療内科助教授を 経て1999 年より現職。2011 年より東北大学病院心療内科科長。日本心身医学会理事長、日本消化器病学会編『機能性消化管疾患診療ガイドライン2020– 過敏性腸症候群(IBS)改訂第2版』作成委員会委員長、国際Rome V 委員会委員。文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部)、アメリカ消化器病学会マスターズ賞のほか、米国心身医学会アーリーキャリア賞を米国外の医師として初めて受賞。特に過敏性腸症候群が専門で、脳腸相関研究の開拓者。著書に『内臓感覚– 脳と腸の不思議な関係』(NHK ブックス)など。

QOLが著しく低下する 国際的に有名な病気

「通勤や通学途中の電車の中で、たびたび突然の腹痛に襲われてトイレに行きたくなるため、各駅停車にしか乗れない」「試験や大切な会議など、緊張する場面の前に腹痛を伴う便秘が続くのでつらい」。
 こんな症状に思い当たりませんか?もしかしたらそれは過敏性腸症候群IBS:Irritable Bowel Syndrome:以下IBS)という病気かもしれません。
 日本でも徐々に認知されはじめたIBSは、実は先進国に患者さんが多く、国際的にはよく知られた病気です。検査をしても腸に腫瘍や炎症が見つからないのに、腹痛を伴う下痢や便秘などの便通異常を慢性的に繰り返すため、患者さんの生活の質(QOL)を著しく低下させています。そのつらさは、人工透析やうつ病の患者さんと同じくらいだとする報告もあります。
 また、IBSはうつ病や不安症などの精神的な病気と密接な関係があり、うつ病や不安症の人はIBSに、IBSの人は社会心理的ストレスによってうつ病や不安症になりやすいこともわかってきました。パーキンソン病や認知症の発症リスクが高まることも知られています。

腸の検査は異常なし 脳との相関関係が問題

 なぜ、腸に異常がないのに腹痛と便通異常が起こるのでしょうか?
 それは、腸と脳が互いに過敏になっているからです。
 腸というのは、体の中の臓器ですが、「体外」ともいわれます。体の外と中の境目で、腸の内壁は体外と直接接触しています。腸内には腸内細菌が生息し、小腸では食べ物を消化して栄養を取り込み、大腸では不要物を便として体外に排泄しています。その一方で、腸は 有害なものを体内に入らないように防御しなくてはなりません。これらの機能を維持するためには運動機能と知覚機能が必要なため、脳と腸が互いにシグナルを出し合ってコントロールしているのです。
 ところが、ストレスを感じると、脳から腸へのシグナルが強くなり、自律神経などを刺激して排便を促す腸のぜん動運動の異常を引き起こします。ぜん動運動が速くなりすぎて水分を吸収できないと下痢に、反対にぜん動運動が遅くなり水分を吸収し過ぎると便秘になるのです。
 また、ストレスは腸の粘膜にささいな炎症を起こすこともわかっています。炎症が続く と腸は過敏になって脳にさまざまなシグナルを送るため、脳も過敏になるのです。
 IBSの患者さんは、腸からのシグナルが集まる脳幹などの反応が一般の人よりも敏感であることがわかっています。大腸を刺激する検査をしてみると、ふつうでは感じないような弱い刺激でも、IBSの患者さんは強い痛みを感じることが明らかになりました。近年注目されているのが、腸内細菌の影響です。腸内細菌のバランスが崩れ、特定の腸内細菌が多くなったり、少なくなったりすることがIBSの発症と関連していることがわかってきたので す。さらに、細菌やウイルスに感染したあとは、腸の粘膜が弱くなり、腸内細菌が変化することで、IBSを発症しやすくなることも報告されています。

国際的な基準で判断 腹痛を伴う便通異常

 IBSは、男性よりも女性に多く、7歳くらいの子どもから壮年まで幅広い年代で発症します。特に20代から40代に多く発症し、年齢とともに減少する傾向があります。
 特徴的なのは、腹痛を伴った便通異常があることです。①便秘型、②下痢型、③便秘と下痢を繰り返す混合型、④便の異常が①~③のいずれの基準も満たさない分類不能型の4つのタイプがあり、女性には便秘型が、男性には下痢型が多くみられます。しかし、これらの分類は暫定的なもので、8割以上の人でタイプが変化しています。
 IBSの診断を確定するためにはまず、大腸がんや潰瘍性大腸炎などのほかの病気がないことを検査する必要があります。血便や発熱、急激な体重減少などがある場合は、大腸内視鏡検査などを行い、症状によっては、腹部超音波検査、腹部CT検査などを行います。
 異常がない場合は、国際的な診断基準(ローマⅣ基準:下図)を用いてIBSだと診断されます。

低FODMAP食中心に 十分な睡眠が重要

 IBS治療の基本は、生活改善です。食生活では、食物繊維が豊富なバランスのよい食事を3食規則正しく摂取しましょう。欧米では、食べ続けるとIBSの症状を誘発しやすい高FODMAP食を避け、低FODMAP食にすることを推奨しています。
 FODMAPとは、小腸で吸収されにくく大腸で発酵されやすい糖類の総称で、発酵性、オリゴ糖、二糖類、単糖類、糖アルコールを指します(下図)。毎日の食事に高FODMAP食が多いと感じる場合はそれらの食材を減らせばよいですが、日本人の場合は、和食中心に変えるだけでも症状が改善されています。加工食品や刺激物はできるだけ避け、和食のように素材 を生かした食事が理想的です。
 また、ストレスをためないように心掛け、適度な運動を行い、質のよい睡眠を十分に取ることも重要です。夜遅くまでインターネットやスマートフォンを使用してバーチャルな刺激を受け続けることは、脳にとってはあまり好ましくありません。睡眠前にはそうしたことから離れ、ゆっくり過ごすことが自然な脳機能を、ひいては腸機能を回復するためには大切なのです。

服薬効果5割以上の薬も 心理療法の有効性に期待

 生活改善だけではよくならない場合は、症状に応じた薬物療法を行います。薬物療法では、消化管機能調整薬、腸にとって有用な菌を含む製剤であるプロバイオティクス、水分バランスを整える薬などが用いられます。症状によっては下痢止めや、鎮痛剤、下剤、漢方薬なども処方されます。下痢型には腸のぜん動運動や粘膜の炎症を改善させる薬(5‒HT3拮抗薬)、便秘型には便をやわらかくする薬(粘膜上皮機能変容薬)が効果的です。下痢型では、5‒HT3受容体阻害薬を服用することで50%以上の患者さんに症状の改善がみられました。
 なお、不安症状が強い場合は、弱い抗うつ薬を用いる場合もあります。
 薬物療法で効果が得られなかった場合は、心療内科を紹介してもらいましょう。自律訓練法や認知行動療法などの心理療法が有効な場合があります。
 IBSの患者さんの中には、症状が出るのが怖いので外出しない、下痢になるから朝食は食べないといった回避行動をとる人が少なくありません。しかし回避していると、さらに不安が強くなります。自己判断で行動を制限するのではなく、医師と相談して不安を解きほぐしながら症状を改善していきましょう。
 自律訓練法は自己催眠の一種で、一定の言葉を心の中で反復し、その状態を一定期間続けていくことによって、脳の機能を整えていく方法です。継続していくことで自律神経のバランスや体調が改善することがわかっています。海外では、瞑想を中心としたマインドフルネスストレス低減療法による症状の改善効果が実証されています。
 IBSは、日本ではこれまであまり注目されてきませんでしたが、世界的には極めて重視されている病気です。さまざまな研究が進み、欧米よりも日本のほうが使いやすい薬や新しい治療方法が出てきています。
 つらい症状に悩んでいたら、自己判断せず、かかりつけ医や消化器内科を受診しましょう。
 命にかかわる病気ではないからと放っておかず、まずは受診して病気についての理解を深めながら、粘り強く症状を改善していきましょう。

ライター 高須 生恵

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