手遅れを防ぐために 健康診断の数値見直し『慢性肝臓病』

手遅れを防ぐために 健康診断の数値見直し『慢性肝臓病』

 あなたの肝臓に〝危機〟が迫っているかもしれません。コロナ禍による外出自粛の影響で、運動不足や食べ過ぎに伴う脂肪肝や、家での飲み過ぎによるアルコール性肝疾患の増加が懸念されています。放置すれば炎症と線維化が持続する慢性肝臓病(CLD)となって、命にかかわる肝硬変、肝がんに進むこともあります。肝臓は「沈黙の臓器」といわれるだけに、まずは健康診断の数値を見直してみることが第一歩。そして、適切なタイミングで受診、治療をしましょう。

監修

奈良県立医科大学 消化器内科学講座(消化器・代謝内科) 教授

吉治 仁志 先生 (よしじ・ひとし)

1987 年、奈良県立医科大学卒業。1993 年、同大学院医学研究科( 腫瘍病理学) 修了。1994 年、米国国立衛生・癌研究所客員研究員。2015 年より現職。2017 年より学長補佐。日本内科学会理事( 〜2023)、日本肝臓学会理事、日本医療安全調査機構事例審査部会長、厚生労働省・経済産業省合同次世代再生医療肝再生審査WG部会長。日本消化器病学会・日本肝臓学会編『肝硬変診療ガイドライン2020』作成委員長。2023 年、日本肝臓学会賞( 織田賞) を受賞。

肝硬変、肝がんの原因 ウイルスから生活習慣へ

 肝臓には主な役割が3つあります。①食物から吸収した糖やたんぱく質、脂肪を加工(代謝)・貯蔵し、必要に応じて体内に供給する、②有害物質を解毒、分解する、③脂肪の消化吸収を助ける胆汁をつくり、分泌する――というものです。わかっているだけで500種類以上の代謝(化学反応)を担っており、人体の化学工場とも呼ばれています。手術で3分の2を切り取っても数か月で元の大きさに戻る再生能力の高さも、この臓器の特徴です。
 肝臓の重大な病気といえば、肝硬変、そして肝がんです。さまざまな原因から肝臓が炎症を起こし、それが慢性化すると、肝細胞が壊死したあとに線維が沈着(線維化)し、やがて肝臓全体が硬くなります。これが肝硬変です。疲れやすさやむくみ、さらに悪化すると腹水、黄疸、食道胃静脈瘤、(認知症に似た)肝性脳症などの症状が出て、肝不全で亡くなることもあります。
 肝がんは日本人のがんでは肺、大腸、胃、膵臓に次いで死亡が多く、2021年には年間約2万4千人が亡くなっています。肝がんの大半は慢性肝炎と肝硬変の患者さんに発症します。
 慢性肝炎や肝硬変の原因については従来、母子感染や輸血などによるB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスの感染が大部分を占めてきました。ところが近年は、治療法の急速な進歩でウイルス性の肝疾患が減少傾向にある一方で、生活習慣病に伴う脂肪肝由来の肝 炎や、お酒の飲み過ぎによるアルコール性肝疾患から肝硬変、肝がんを発症する人が増えているのです。

自覚症状のないNASH 定期的な検査がカギに

 脂肪肝とは肝臓を構成する肝細胞の30 %以上に中性脂肪がたまった状態です。肥満(特に内臓脂肪型)糖尿病が2大原因ですが、お酒の飲み過ぎからも起こります。糖尿病患者の65%が脂肪肝との報告もあります。ほとんど飲酒しない人の脂肪肝は、かつては悪 さをしないと考えられていましたが、実際には10~20%が肝炎を発症し、さらにそのうちの数%が肝硬変や肝がんに進行することがわかってきました。この肝炎を非アルコール性脂肪肝炎(NASH:ナッシュ)といい、中高年の新たなリスクとして注目されています。
 NASHの患者数は、国内で推定300万人と言われます。なぜ脂肪肝が炎症化するのか、世界中で研究が進められています。活性酸素による酸化ストレスや遺伝的要因、腸内細菌の異常などが指摘され、それらが複雑に絡み合って起こると考えられています。
 一方、アルコール性肝疾患は5年以上にわたる大量の飲酒によって起こる肝障害で、やはり脂肪肝→肝炎→肝硬変と悪化していきます。大量の飲酒とは、純アルコール量換算で1日平均60g以上と定義されていますが、遺伝的にアルコールに弱い人や女性は40g程度でも障害が起こることがあります。
 脂肪肝やアルコール、ウイルスのために肝臓の炎症と線維化が長く続いている状態を慢性肝臓病と呼びますが、やっかいなのは肝臓が「沈黙の臓器」であることです。心臓ならば不整脈で動悸やめまい、肺ならば発熱や呼吸困難といった症状がありますが、脂肪肝やNASHを含む慢性肝炎の段階では自覚症状がほとんどありません。自分の肝臓の状態を把握する唯一の方法は定期的に検査を受けることです。そして異常が見つかったら、症状がなくても治療を始める必要があります。

数値の自己解釈は禁物 肝臓学会が新基準提示

 肝臓の検査の「入り口」として、最も受けやすいのが血液検査です。一般の健康診断や人間ドックでも必ず行われています。
 とはいえ実際には、基準値から外れた項目があっても、多くの人は、「ちょっと飲み過ぎかな」「太ってきたから、まあ仕方ないか」などと勝手に解釈して、精密検査や生活改善を先送りしがちではないでしょうか。
 しかし今年、肝機能にかかわる検査値について、大きな動きがありました。日本肝臓学会が、検査項目の1つであるALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)の値が30を超えている場合、肝機能が低下している可能性があるとして、かかりつけ医への受診を呼びかけたのです。6月に奈良市で開かれた総会で発表されたことから「奈良宣言」と名付けられました。
 その背景には、①血液検査の項目が多く「わかりにくい」との声がある、②コロナ禍の外出自粛で飲み過ぎや食べ過ぎ、運動不足から脂肪肝になる人が増えている――などがありました。
 ALTはアミノ酸の合成に必要な酵素で、肝臓に障害が起きて肝細胞が壊れると血液中に放出されるので数値が上がり、肝機能障害の可能性を示唆します。指標として選ばれたのは、ALTがほぼ肝臓にしか存在しないため特異度が高い、つまり肝臓の異常を知るのに適しているからです。
 肝機能にかかわる代表的な項目には、ほかにASTγ - GPTがあります。ASTは心臓や筋肉、赤血球にも存在し、それらの異常で数値が上がることがあります。また、γ - GPTの値は胆道系や腎臓、膵臓の障害でも高くなります。いずれも必ずしも肝機能の障害を示すものとは言い切れません。

糖尿病も肝がんのリスク 年1回は超音波検査を

 ALT値が30を超える人の肝臓に炎症が存在することは、多くの文献で報告されています。ただし、抗生物質の服用や、何らかのウイルス感染でも一過性で数値が上昇することがあります。少なくとも2回続けて30を超えていたら、必ずかかりつけ医を受診しましょう。
 受診すると、飲酒歴などを調べる問診と精密検査(肝炎ウイルス検査、腹部超音波検査など)が行われます。その結果から、①ウイルス性肝炎の疑い、②肝線維化を伴う脂肪肝の疑い、③アルコール性肝障害の疑い、④そのほかの原因による肝障害の疑い――などと診断されます(上図表)。その後は消化器内科などで専門医の診察を受けるのが望ましいでしょう。
 特に糖尿病の人は、肝がんで亡くなる割合が日本人の平均より高いので注意が必要です。およそ8人に1人が肝がんか肝硬変で亡くなっています。早期発見・治療のために、せめて年1 回は腹部超音波(エコー)検査を受けましょう。肝臓の硬さと脂肪化の程度を同時に測定できる超音波診断装置の導入も進んでいます。
 図表にあるFIB - 4index は肝臓の線維化の度合いを評価するスコアリングシステムとして普及が進んでいます。ALT、AST、血小板数、年齢の4項目を組み合わせて計算し、「1.3以上」は線維化が進んでいる可能性がある、「2.67以上」では肝硬変かそれに近い状態の可能性があるとされます。インターネット上には数値を打ち込むだけで計算結果がわかるサイトもあるので、試してみるのもよいでしょう。

腹八分目と休肝日で 肝臓を末永く守る

 ウイルス性の肝炎・肝硬変の治療は進歩が著しく、特にC型肝炎については飲み薬による完治も可能になっています。一方、NASHに対しては食事療法と運動療法、アルコール性肝疾患では禁酒が大原則です。生活習慣病のある人は、その治療をきちんとすることが肝心です。血糖値を下げるだけでなく、脂肪肝も改善する薬剤も登場しています。
 食事では、それまで食べていた量の80%に制限することを心がけます。いわゆる腹八分目です。加齢で基礎代謝が落ちているのに同じ量を食べていたら、肥満、さらに脂肪肝になるのは当然とも言えます。量だけでなく、栄養バランスにも気を配りましょう。
 運動については、呼吸をしながら額に軽く汗をかく程度の有酸素運動を毎日15~30分ほど行います。ウオーキングや軽いジョギング、エアロビクス、サイクリング、水泳などがよいでしょう。ウオーキングは速歩きと普通歩きを数分ごとに切り替えると効果的です。
 アルコール性の脂肪肝や肝炎はお酒の量を減らせば数値は改善し、肝硬変などへの悪化リスクを減らせます。1日のアルコール量が20g(日本酒なら1合、ビールなら500mL )を超えないことが理想です。あるいはお酒を飲まない「休肝日」をつくるなど、まず は減酒からです。近年は飲酒欲求を抑える薬剤を処方されることもあります。
 NASHのメカニズムの解明や治療薬の開発は急ピッチで進んでいますが、自分の健康は自分が守るという気持ちで生活改善に取り組みましょう。

ライター 平野 幸治

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