生活改善と治療で避けられる『大動脈瘤と大動脈解離』

生活改善と治療で避けられる『大動脈瘤と大動脈解離』

心臓からおなかにかけて体の中心を縦に貫い ている大動脈。ここに生じる大動脈瘤と大動脈 解離は、命を落とすリスクが高い病気にもかか わらず、自覚症状や前兆がほとんどありません。 「サイレントキラー」「時限爆弾」と呼ばれるゆ えんですが、だからこそ瘤や解離が見つかった ら、破裂させたり悪化させたりしないことが大 変重要です。瘤や解離の発症の仕組み、最前線 の治療、そして日常生活での留意点や予防のた めにできることを紹介します。

監修

東京医科大学心臓血管学分野 主任教授

荻野 均 先生 (おぎの・ひとし)

1982 年、広島大学医学部卒業。
京都大学医学部付属病院、英国ヘアフィールド病院心臓胸部外科、天理よろづ相談所病院心臓血管外科副部長、国立循環器病研究センター心臓血管外科部長などを経て、2011 年から現職。
日本胸部外科学会・日本血管外科学会理事、心臓血管外科専門医(修練指導医)、循環器専門医、外科専門医。
「2020 年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」の合同研究班班長を務めた。

大動脈の「壁」の病気 破裂すれば突然死も

心臓が送り出す毎分5Lもの血液を運ぶ人体で最も太い血管、それが大動脈です(下図)。心臓から上に伸び、弓状にターンして腹部に向かい、左右の脚に分かれるまでの動脈を指します。
直径は胸部で2・5~3cm、腹部で2~2・5cmで、壁には弾力性があります。心臓から送られた血液は大動脈から枝分かれして臓器や組織に届けられます。
大動脈瘤は、この大動脈に瘤状の膨らみができる病気です。瘤が破裂すると激痛とともに大量に内出血し、意識を失うなどのショック状態になります。破裂した場合の致死率は高く、病院にたどり着く前に亡くなることも少なくありません。瘤の形状により、全体的に膨らんだ紡錘状と一部が膨らんだ嚢状に分けられ、破裂しやすいのは嚢状のほうです(2段落目図)。
一方、大動脈解離は、大動脈の壁が突然に剥離してしまうもっと怖い病気です。大動脈の3層の壁(内膜、中膜、外膜)のうち、何らかの原因で中膜が弱くなると内膜に亀裂が入り、そこから流れ込んだ血液によって中膜が縦方向に剥離します(2段落目図)。その痛みは「経験したことがないほどの激しさ」で、剥離が広がるに伴って痛みが移動するのが特徴です。
心臓に最も近い上行大動脈で解離が発生し、心臓を包む膜(心嚢膜)の中に血液がたまって心臓を圧迫する心タンポナーデを起こすとショック状態になります。また、大動脈が破裂したり、剥離してできた血管腔(偽腔)が心臓、脳、腎臓などへの血流を塞ぎ、心筋梗塞や脳梗塞、腸管壊死、腎不全を起こしたりします。大動脈瘤破裂と同じく、突然倒れ、病院に運ばれる前に亡くなる人も多く、急性期の死亡率は30~40%に達します。慢性化して大動脈瘤と同じ状態(解離性大動脈瘤)になることもあります。厚生労働省の『人口動態統計』(2019年)によると、「大動脈瘤及び解離」による年間の死者数は1万8826人となっています。

動脈硬化や高血圧が原因 偶然見つかることも多い

大動脈瘤および一部の大動脈解離の原因は動脈硬化です。血管は、高血圧や脂質異常症、喫煙などによって傷つき、脆くなります。その部分がさらに血圧に押されて瘤化したり、壁が裂ける起点になったりすると考えられています。大動脈瘤は、高安動脈炎などの炎症性疾患、感染症、交通事故による外傷などが原因となることもあります。
いずれも命にかかわる重大な病気であるにもかかわらず、自覚症状や前兆はほとんどありません。大動脈瘤は健康診断の胸部レントゲンや腹部超音波(エコー)検査、ほかの病気でのCT(コンピュータ断層撮影)検査で偶然見つかるケースが大半です。医師が触診でおなかのこぶに気づくこともあります。その場合はすみやかに心臓血管外科や循環器内科の専門医を受診しましょう。

外科手術や血管内治療で 人工血管を装着

大動脈瘤と大動脈解離の主な治療法は3つあります。人工血管置換術とステントグラフト内挿術(血管内治療)という2種類の手術(下図)、そして降圧治療を中心とした内科的治療です。人工血管置換術は、瘤や解離が生じた部位を化学繊維製の人工血管に置き換える方法です。一方、ステントグラフト内挿術では金属製の補強網(ステント)が付いた人工血管を細く折りたたんだ状態で脚のつけ根の動脈から患部まで送り込み、そこで広げて大動脈の内側から固定します。
人工血管置換術は完治が望めるという大きなメリットがある半面、部位によっては胸から腹にかけて切り開き、人工心肺を使う大手術になるため、体への負担が大きく、死亡リスク(1~8%)、下半身まひや脳卒中などの合併症のリスクがやや増加します。
これに対し、ステントグラフト内挿術は体への負担が少なく、高齢者も受けやすい半面、血管が枝分かれした部位では使いにくく、ステントグラフトがずれるなどして再治療が必要になる可能性もあります。
どちらを選ぶかは、瘤や解離がある部位、体の状態などを考慮して決められます。基本的には①上行大動脈は人工血管置換術、②弓部大動脈は原則として人工血管置換術、ステントグラフト内挿術も可能、③下行大動脈はステントグラフト内挿術を優先__です。また、横隔膜より下の腹部大動脈では、腎動脈などに枝分かれしている上部は人工血管置換術、枝のない下部ではステントグラフト内挿術が優先されます。

破裂と治療のリスク比較 日常の血圧管理がカギ

治療の最大の課題は、手術に踏み切るタイミングです。大動脈瘤は胸部では5・5 ~ 6cm、腹部では5~5・5cmになると破裂して亡くなるリスクが高まることがわかっています。この大きさを境に、手術による死亡や合併症のリスクよりも、瘤や解離を放置して亡くなるリスクのほうが大きくなると考えられています。心臓に直結する上行大動脈に急性の解離がある場合(スタンフォード分類A型といいます)は、原則的に緊急手術の対象となります。
そのほかにも年齢、体の状態、本人の希望などを勘案しながら、内科的治療から外科的治療に切り替えるタイミングが慎重に判断されます。近年はステントグラフト内挿術に血管バイパス手術を組み合わせたハイブリッド手術が登場し、枝分かれした部位でも行えることから、ステントグラフト内挿術が選ばれることが多くなっています。
手術を行わない場合も含め、内科的治療では、血圧を下げる薬やコレステロールを下げる薬などを服用します。薬物治療や生活習慣病対策は、大動脈瘤や大動脈解離を含む循環器系の病気治療の基本となります。
大動脈瘤、あるいは慢性期の大動脈解離と診断されたら、瘤や解離が破裂しないように日常生活に気を配り、うまく付き合っていくことが大事です(コラム)。血圧が急に上がる動作や環境は、できるだけ避けるようにします。過労やストレスもできるだけ回避します。ただ、だからといって安静にしているばかりでは、かえって健康によくありません。ウオーキングや軽いジョギング、ラジオ体操などは、生活習慣病対策やストレスの解消にもつながります。ただし、どの程度の運動なら血圧の急上昇を招かないか、医師の指導を受けながら実践しましょう。

心臓への負担を増やす 高血圧や肥満などに注意

大動脈に瘤や解離が見つかると、だれでも不安になります。いつ破裂するかわかりませんし、治療にも一定のリスクがあるため、悩むのは当然です。
最善の判断をするためには、まず心臓血管外科の専門医にかかることです。大動脈疾患の治療について豊富な経験と知識を持つ医師であれば、メリットやデメリットについて正しく説明してくれるはずです。学会が定める診療ガイドラインも、さまざまなデータの蓄積とともに変わっていくものなので、絶対ではありません。自分の希望も医師に伝えながら、しっかりと話し合って納得のいく治療を受けましょう。
大動脈瘤を予防するには、高血圧、脂質異常症、肥満などの生活習慣病対策と禁煙が欠かせません。大動脈解離発症のメカニズムについては不明な点もありますが、やはり高血圧対策や禁煙は大前提です。11月から3月にかけての寒い時期は、大動脈瘤破裂や解離が起こりやすいため要注意です。1日の中で交感神経が優位になり血圧が急に上昇しやすい早朝は、高血圧などの持病がある人は強い運動などを控えたほうがよいでしょう。
睡眠時無呼吸症候群の人も大動脈瘤や大動脈解離を発症しやすいとのデータがあります。睡眠の改善にも取り組みましょう。動脈硬化が進む60代になったら、少なくとも数年おきに腹部超音波検査や胸部X線検査をして、大動脈に異常がないかチェックしましょう。
血管の異常は、ほとんどの人が避けられない老化現象です。心配しすぎず、放置もせず、賢く付き合いたいものです。

ライター 平野 幸治

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