しつこい痛み退治は正確な診断から『肩のトラブル』

しつこい痛み退治は正確な診断から『肩のトラブル』

荷物を持つ、料理をする、服を脱ぎ着する、棚に手を伸ばす……。生活に欠かせない動作の基点となる肩は、体の中で最も可動範囲の広い関節です。肩が痛い、腕が上がらないといった中高年の肩のトラブルは年のせいと思いがちですが、病気によるものかもしれません。しかも、その病気は1つではなく、それぞれに発症のメカニズムも対処法も違います。健やかな日常を取り戻すには、正確な診断と適切な治療を受けることが大切です。

監修

あさひ病院スポーツ医学・関節センター長

岩堀 裕介 先生 (いわほり・ゆうすけ)

1986 年、名古屋大学医学部卒業。
県西部浜松医療センター、名古屋大学医学部附属病院、米国留学、静岡済生会総合病院、愛知医科大学整形外科特任教授を経て、2019 年4 月から現職。
日本肩関節学会副理事長。日本整形外科学会専門医、日本リハビリテーション医学会認定医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本リウマチ学会専門医。
中日ドラゴンズ、ウルフドッグス名古屋などのチームドクターも務める。

五十肩は組織の経年劣化症状や治り方に個人差

肩関節は、ちょうどゴルフボールがティーにのっているように、上腕骨の大きな丸い骨頭(上腕骨頭)が肩甲骨の浅くて小さいくぼみに収まり、その周 囲を関節包という袋が覆っています。さらにその外側を棘上筋きょくじょうきん肩甲下筋けんこうかきん棘下筋きょくかきん小円筋しょうえんきんという4つの筋肉のよろいが取り囲んでいます。筋肉と骨を結ぶ組織を腱といい、その腱が集まって板状に見えることから、腱板と呼ばれています(下図)。
五十肩(四十肩)はその名の通り中年以降、特に50歳代に圧倒的に多い病気です。これといった外傷もないのに肩が痛む、肩関節が固まって動かないといった症状が現れます。無理に腕を上げれば激痛が走るため、衣服を脱ぎ着できない、髪や体を洗えない、安静時も就寝時も痛むので眠れない……など日常生活に大きな支障をきたします。
五十肩は俗称で、正式な病名は肩関節周囲炎、あるいは凍結肩です。長年肩を守ってきた腱板や関節包が加齢によって劣化し、いわば古い輪ゴムのように硬くもろくなって、小さな傷(微小断裂)から炎症を引き起こすのが主な原因と考えられています。
多くの人は数か月から1、2年のうちに自然に治癒しますが、個人差があり、軽度の痛みや動きの制限が残る人もいます。治療によって短期間に確実 に改善させることができます。ただし治療にあたっては、後述する腱板断裂や石灰沈着性腱炎、変形性肩関節症のように、症状は似ていても病態や治療 法が異なる疾患を、検査で除外する必要があります。

糖尿病の人は高リスク ささいな動作も引き金に

五十肩には急性期、慢性期、回復期があります。急性期は痛みを和らげるのが治療目標で、非ステロイド系消炎鎮痛薬(内服薬や貼り薬)や、夜間の痛 みには慢性疼痛治療薬(内服薬)が使われます。痛みが強ければ、患部へのステロイド剤などの注射も検討されます。
慢性期には肩関節が硬くなって動かしにくくなるため、治療は運動療法が中心となります。また、肩を動かしやすくする専門的な治療も行われます。関節腔拡張術は、硬く縮まった関節包を注射で膨らませたり破裂させたりする治療法です。医師が患者さんの肩を動かして関節包を破るエコーガイド神経ブロック下徒手授動術という方法もあります。破れた関節包は、やがて再生します。
糖尿病の人は五十肩になりやすく、治りにくいことがわかっています。ステロイド注射は血糖コントロールを一時的に悪化させるため、実施する場合 は内科の先生と相談する必要があります。
五十肩の中には、車の前席から後席に腕を伸ばした、高い棚から物を下ろそうとしたなど、無理な姿勢をとったことが引き金となって発症するケース もあります。こうした行動を控えるだけでもリスク低減につながります。
運動療法は医師や理学療法士の指導のもとに行うべきものですが、軽症の場合や予防したい場合は下図のようなセルフケア体操が役立ちます。

高齢者に多い腱板断裂 内視鏡手術が普及

腱板断裂も、五十肩と並ぶ肩のトラブルの代表的な病気です。経年劣化した腱板が裂けたり擦り切れたりして出血や炎症が起こり、肩や上腕が痛む(夜間も)、肩関節が動かしにくいといった症状が現れます。症状から五十肩と見分けるのは困難ですが、五十肩と違って自然に治ることはありません。
腱板完全断裂は、60歳代以上の4人に1人に生じます。腕を酷使する農業、林業、建設業の人や、腕を使うスポーツをする人は高リスクです。ただ、腱板断裂が起きていても6割の人は無症状との報告もあります。断裂がゆっくり進む場合は炎症や出血が起きにくいこと、1か所(棘上筋の腱が多い)が切れたとしてもほかの腱や筋肉で運動を補えることなどが理由と考えられています。
診断にあたっては、X線画像には腱板が写らないため、超音波(エコー)検査やMRI(磁気共鳴画像)検査による鑑別が求められます。
治療は、60歳以上の患者さんには、まず薬物療法と運動療法を行います。痛みを和らげるための薬物療法(内服薬、貼り薬、注射)は、基本的に五十肩の場合と同じです。運動療法では、痛みのために緊張した筋肉をほぐし、肩を動かしやすくすることを目指します。
一方、60歳以下の患者さんには積極的に手術が検討されます。まだ現役世代で肩を使う機会が多く、薬物療法などで改善してもやがて再発、悪化する 恐れが強いためです。放置して断裂が拡大すると手術自体が難しくなります。
腱板断裂の手術には、アンカー(糸付きのネジ)を用いて切れた腱板を上腕骨頭に縫い付ける腱板修復術(下図)と、それが難しい場合に肩関節をリバース型人工肩関節に置き換えるという代表的な2つの方法があります。腱板修復術では、体への負担が少ない関節鏡(内視鏡)下手術が主流となっています。術後の回復には適切なリハビリが欠かせず、家事労働がこなせるようになるのに3〜4か月、大工のような重労働を行うには6〜8か月かかります。
リバース型は原則70歳以上が対象ですが、従来型の人工関節とは逆に肩甲骨側に半球、上腕骨側に大きく深い受け皿を設けることで、腱板に頼らずに 関節を安定させ、かつ動かせます。

石灰性は注射で激痛改善 骨変形進めば人工関節も

肩のトラブルの中でも、激痛を引き起こすことがあるのが、石灰沈着性腱炎です。加齢により劣化した腱板内に沈着した石灰の刺激で強い炎症が生じ、激痛でほとんど肩を動かせなくなるのが急性型、石灰沈着部が盛り上がり骨や靭帯とこすれるために、鈍痛や動作時の引っかかり感があるのが慢性型です。急性型は数日で治りますが、慢性型は数か月以上も症状が続きます。
急性型の激痛は、ステロイド剤の注射と内服薬で劇的に改善します。一方、慢性型には、腱板に針を刺して石灰を吸引したり、内視鏡手術で石灰を摘出 したりといった治療法があります。
石灰沈着自体はX線画像で確認できますが、無症状の場合もあります。痛みの原因が腱板断裂などほかの病気である可能性がないか検討する必要があります。
肩が痛んで動かしにくい病気には、関節そのものに異変が生じる変形性肩関節症もあります。上腕骨と肩甲骨の関節面を覆っている軟骨がすり減り、骨同士が直接こすれ合って変形してしまうのです。X線検査をすると、上腕骨と肩甲骨の隙間がなく骨も変形しているのがわかります。
原因が特定できない特発性と、特定できる二次性があり、二次性の原因には肩の酷使や骨折・脱臼といったけが、さらに腱板断裂や偽痛風などがあります。偽痛風とは、ピロリン酸カルシウムという石灰成分がひざや肩などの関節に沈着して炎症を起こす代謝性疾患です。
治療は、まず五十肩や腱板断裂に準じた薬物療法、運動療法を試み、症状が改善しない場合や関節の損傷が激しい場合には、人工肩関節置換術が検討されます。腱板断裂がなければ従来型、腱板断裂があればリバース型が選択されます。
肩のトラブルの温床となる腱板や関節包の老化自体を予防するのは困難ですが、適度なストレッチングや運動により筋肉の柔軟性を維持できれば、腱などにかかる負担を減らせるでしょう。

コロナで肩こりも深刻化 座る姿勢と時間を見直す

コロナ禍での生活の変化は肩にも影響しています。ある健康機器メーカーが実施したインターネット調査では、テレワークによって感じる不調の1位 が肩こりで、腰痛などを上回りました。
肩こりのほとんどは、首や背中の筋肉が緊張して硬くなり、血行が悪くなることで起こります。
椅子に座ってパソコンを凝視していると「猫背」になりがちです。そのため、前方に突き出した頭を支える筋肉はさらに疲弊してしまいます。
運動やストレッチが有効なのはもちろんですが、よい姿勢(下図)で座ること、そして座っている時間をできるだけ減らすことが肩こり対策のポイントです。ぜひ実践してみましょう。

ライター 平野 幸治

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