数奇な誕生秘話 抗血栓薬 ワルファリン

数奇な誕生秘話 抗血栓薬 ワルファリン

私たちがいつも使用しているくすりはどのように誕生したのでしょうか。また、どうやって実用化が進んだのでしょうか。このコーナーでは、くすりにまつわるさまざまなエピソードをご紹介します。

監修

明治薬科大学 名誉教授

小山 清隆 先生 (こやま・きよたか)

1979 年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。
湧永製薬中央研究所、明治薬科大学助教授、同教授を経て、2015年より副学長(5年間)。
専門は生薬学、天然物化学。

新薬開発をめぐる不思議な物語

新薬の誕生には、さまざまな要素がかかわっています。
植物の成分や菌類が生産する成分そのものがくすりとなる場合もあれば、成分の構造がヒントとなり合成薬が誕生する場合もあります。ペニシリンをはじめとした抗生物質もその一例といえます。
最近では、コンピュータを用いた新薬の開発も行われています。今回は、このような新薬開発の中で、数奇な運命をたどって開発されたワルファリンについてご紹介します。

牛の出血の原因は腐敗した牧草だった

抗血栓薬ワルファリンの誕生は、1920年代にカナダや米国北部で牛がかかったスィートクローバー病がきっかけでした。この病気は、牧場で飼育している牛の内出血が止まらなくなり、そのまま死に至るという奇妙なものでした。
ウィスコンシン大学の生化学者カール・リンク(Karl Link)の研究室が原因究明を行った結果、牧草として保存しているスィートクローバーの一部が腐敗して、ジクマロール(クマリン〔coumarin〕系の物質)という物質をつくり出していることがわかりました。ジクマロールには血液を固まらせない性質があったため、出血が止まらなくなり、牛が死亡したことが解明されたのです。彼らはジクマロールの構造をヒントに研究を重ね、ジクマロールよ りさらに作用の強い物質を合成しました。その物質を、特許所有者のウィスコンシン同窓会研究財団(Wisconsin Alumni Research Foundation )の頭文字(WARF)とクマリンの語尾とを合わせて、warfarin(ワルファリン)と命名しました。
ワルファリンには血液を固まらせない作用があるため、当初は血栓症治療薬としての可能性が考えられていましたが、作用の強さ、副作用の恐れから 臨床試験が行われることはありませんでした。牧場で問題視されていたネズミの殺鼠剤としてもっぱら使用されていたのです(以前私も東北地方で、殺 鼠剤としてワルファリンが販売されているのを見たことがあります)。

自殺の失敗から新薬誕生へ

ところが、ワルファリンを服用して自殺を図った人が一命をとりとめたことから、さまざまな臨床試験が行われるようになりました。その結果、抗血栓薬としての有用性が認められ、抗血栓療法に用いられることになりました。スィートクローバーが腐敗し、それを食べた牛が死亡。さらに自殺目的で服用した人が一命をとりとめたという偶然が重なり、現在でも使用される抗血栓薬ワルファリンが誕生したのです。

参考文献)堀美智子.ワルファリン.治療学2001 年9 月.ライフサイエンス出版

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