基本治療で降圧目標が達成できなかったら
『治療抵抗性高血圧』

基本治療で降圧目標が達成できなかったら
『治療抵抗性高血圧』

 国民健康・栄養調査(2019年)によると、日本では成人男性のおよそ3人に1人(29.9%)、成人女性の4人に1人(24.9%)が高血圧です。そのなかには、基本的な治療では血圧が思うように下がらない「治療抵抗性高血圧」の患者さんが10%程度いると推計されます。血圧は加齢とともに上がりやすく、高血圧になる可能性はだれにでもあります。治療抵抗性高血圧についても、知っておきましょう。

監修

大分大学医学部 内分泌代謝・膠原病・腎臓内科学講座 教授

柴田 洋孝 先生 (しばた・ひろたか)

1988 年、慶應義塾大学医学部卒業。1993 年、同大大学院医学研究科博士課程(内科学)修了。米国ベイラー医科大学・ポストドクターリサーチフェロー、慶應義塾大学医学部内科学専任講師などを経て、2013 年より現職。2019 年より同大医学部附属病院血液浄化センター・センター長、2020 年より大分大学学長特命補佐(大学改革、戦略ビジョン担当)、2022 年より同大学医学部附属病院・病院長補佐兼務。慶應義塾大学医学部客員教授(内科学)、日本大学医学部客員教授(生化学)も務めている。専門は、二次性高血圧症、糖尿病、内分泌疾患、慢性腎臓病などの研究と治療。

基本的な3薬服用で 血圧が低下しない高血圧

 血圧は、心臓から全身に送り出された血液が血管の壁を押すことでかかる圧力のことです。高血圧かどうかは、心臓が収縮し最も強い圧力がかかる収縮期血圧(上の血圧)と、心臓が拡張したときにかかる拡張期血圧(下の血圧)の数値で判断します。医療機関で測った診察室血圧が140/90㎜Hg以上で、家庭血圧が135/85㎜Hg以上だと、高血圧と診断されます。
 高血圧になっても自覚症状はほとんどありませんが、血圧が高い状態を放置すると、心筋梗塞、脳卒中、心不全、腎不全など命にかかわる病気の発症リスクが高まります。そのため、高血圧は"サイレントキラー"とも呼ばれるのです。
 診察室血圧の一般的な降圧目標は、75歳未満で130/80㎜Hg未満、75歳以上なら140/90㎜Hg未満で、その数値は併存疾患によっても異なります(下表)。治療としては、まずは減塩、運動不足の解消、肥満の人は減量するなど、生活習慣の見直しが必要ですが、多くの患者さんはそれだけでは血圧が下がらず、降圧薬の服用が必要になります。
 1種類か2種類の降圧薬の服用で血圧がコントロールできれば問題ないのですが、利尿薬を含めて3種類以上の降圧薬を服用しても降圧目標が達成できない場合があります。このような患者さんは、治療抵抗性高血圧の可能性があります。
 本当に治療抵抗性高血圧なのかどうかは、医師と患者さんがしっかりコミュニケーションを取って判断する必要があります。なかには、自宅では正常なのに診察室でだけ血圧が上がる白衣高血圧の場合や、自宅で使っている血圧計のカフ(上腕に巻く袋状のベルト)が小さくて血圧がきちんと測れていないだけなのに、コントロール不良の高血圧と判断されることもあります。

睡眠時無呼吸症候群など 高血圧の原因の場合も

 高血圧の9割は原因が特定できない本態性高血圧ですが、基本的な降圧薬では血圧が下がりにくい人の中には、病気などが原因で血圧が上がっている二次性高血圧である場合があります。その原因として最も多いのは、肥満などのために鼻からのどに至る気道(上気道)が圧迫されて、睡眠中に何度も無呼吸になる睡眠時無呼吸症候群です。睡眠時無呼吸症候群の場合には、就寝時にシーパップ(CPAP)という装置を装着して気道に酸素を送り込み、気道を広げて無呼吸を防ぐことで、高血圧が改善する患者さんも少なくありません。
 もう1つ、二次性高血圧の原因として多いのが、副腎皮質からアルドステロンというホルモンが過剰に産生される原発性アルドステロン症という病気です。アルドステロンは体に塩分をため込む働きをするため、過剰に分泌されると血圧が上がりやすくなるのです。
 原発性アルドステロン症には、副腎腫瘍が原因のタイプと、左右の副腎でアルドステロンが過剰につくられる過形成のタイプがあります。副腎腫瘍が原因となっている場合には、手術で腫瘍を切除すれば高血圧も完治が期待できます。高齢だったりほかに病気があったりして手術ができないときや過形成のタイプでは、薬物療法を行います。
 さらに、ほかの病気や腰痛、膝の痛みなどのために服用している薬やサプリメントが原因で、基本的な降圧薬が効かない状態になっている場合もあります。漢方薬やサプリメントも含めて、常用している薬や食品があれば、かかりつけ医に伝えましょう。

治療抵抗性なら MR拮抗薬の追加を

 特に原因がないのに、利尿薬を含む3種類の降圧薬を服用しても目標血圧に達しないときには、治療抵抗性高血圧と診断されます。治療は降圧薬を増量したり、ミネラルコルチコイド受容体(MR)拮抗薬を追加したりします。MR拮抗薬は、腎臓、心臓、血管にあるMRに作用して、体内のナトリウムの排出を促したり、心臓と血管の炎症や線維化を抑制する薬です。「治療抵抗性」というと手の施しようがないかのように思う人もいるかもしれませんが、MR拮抗薬を追加しただけで、降圧目標を達成できる患者さんも少なくありません。
 高血圧の診療指針である『高血圧治療ガイドライン2019』では、利尿薬を含む3種類の薬でも降圧目標が達成できなかったときにMR拮抗薬の追加が推奨されています。また、近年の研究で、MR拮抗薬には降圧効果だけではなく、腎臓を保護する効果があることがわかってきました。
 そのため、先のガイドラインの翌年に日本高血圧学会が作成した『高血圧診療ガイド2020』では、レニン‐アンジオテンシン系阻害薬〔アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、ACE阻害薬〕などの降圧薬を1種類使ってみて、血圧が思うように下がらなかったときに、2剤目、あるいは3剤目の降圧薬としてMR拮抗薬を追加してもよいことになっています。
 より早い段階でMR拮抗薬を加えれば、治療抵抗性高血圧にならずに済む可能性もあります。この薬は、原発性アルドステロン症の治療にも使われますが、アルドステロンの分泌量が過剰ではない人にも降圧効果のある薬です。
 ただし、MR拮抗薬を服用する際には、血液中のカリウムが過剰になって不整脈などを誘発する高カリウム血症という副作用に注意が必要です。特に、レニン‐アンジオテンシン系阻害薬と併用するときには高カリウム血症になりやすいので、服用開始1~2週間後に血液検査を行います。実際にどの降圧薬で治療するかは、患者さんの年齢、生活スタイル、血圧コントロールの状態、併存疾患の有無などによって判断されます。その際に参考になるのが、前述のアルドステロンと腎臓から分泌されるレニンという2つのホルモンの血中濃度です。レニンが低くアルドステロンが高い場合には、第一選択薬とされる降圧薬が効きにくい傾向があります。その場合には、2剤目か3剤目といった早い段階でMR拮抗薬を加えると降圧目標を達成しやすくなります。
 MR拮抗薬でもコントロールできない治療抵抗性高血圧には、β遮断薬、αβ遮断薬などの交感神経抑制薬の追加が検討されます。米国では、腎臓の血管に細い管(カテーテル)を入れて、血圧を上昇させる交感神経を焼灼し、その働きを抑える「腎デナベーション」という治療が行われています。日本でも、将来的に治療抵抗性高血圧の治療に導入される可能性があります。

減塩、適正体重の維持、 生活習慣の見直しも重要

 治療抵抗性かどうかにかかわらず、減塩、肥満の予防や改善、節酒、運動不足解消、禁煙などの生活習慣の見直しは重要です。特に高血圧の患者さんは減塩を心がけましょう。国民健康・栄養調査(2019年)では、1日の食塩摂取量は男性10.9g、女性9.3gですが、血圧を下げるためには6g未満に減らすことが大切です。1日にどのくらい塩分をとっているかは、尿検査で推計値を計測できます。外食や総菜、弁当を購入するときには、食塩含有量の少ないものを選びましょう。
 なお、食塩感受性といって、食塩の影響で血圧が上がりやすい体質の人とそうではない体質の人がいます。食塩感受性が高い人は、治療抵抗性高血圧になりやすいものの、利尿薬やMR拮抗薬が効きやすいという特徴があります。
 肥満の人の場合は、体重の3~4%、たとえば70㎏の人なら半年間で2~3㎏減量するだけでも血圧の低下が期待できるとされています。ただし、高齢者の場合は、減塩や減量のために食事量を減らして低栄養になると筋肉量や筋力まで減ってしまい、生活の質の低下につながりますので、食事量は減らさないようにしましょう。
 自分が高血圧なのかどうか、あるいは治療抵抗性高血圧なのかどうかを知るためには、起床後1時間以内(排尿後、朝食前)と、就寝前の1日2回、自宅で血圧を測りましょう。高血圧、あるいは治療抵抗性高血圧と診断されても、生活習慣を改善しながら処方された薬をしっかり服用すれば、心筋梗塞、脳卒中、心不全、腎不全など、命にかかわる病気にならずに天寿を全うできる可能性が高まります。
 たとえ治療抵抗性高血圧になったとしても、闘う武器は増えています。健康診断で高血圧を指摘されたり、自宅で測った血圧が高かったりしたときには、まずはかかりつけ医に相談し、適切な治療を受けましょう。

ライター 福島 安紀

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