認知症やうつ病 のリスクにもなる!『難聴』

認知症やうつ病 のリスクにもなる!『難聴』

 「人の言葉が聞き取りにくい」と感じているのに、「年のせい」などと放置していないでしょうか。聴力は一般的に40歳代から衰え始め、65〜74歳の3人に1人、75歳以上の2人に1人が補聴器装用などの介入の必要な難聴になります。難聴にはさまざまな原因があり、最新の治療によって聴力を取り戻せる場合もあります。難聴になるとリスクが高まる認知症やうつ病を防ぐためにも、難聴の原因と治療法、改善法について知っておきましょう。

監修

北野病院 難聴・鼓膜再生センター長

金丸 眞一 先生 (かねまる・しんいち)

1988 年、京都大学医学部卒業。同大大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科講師、北野病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科部長などを経て、2012 年より北野病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科主任部長、2020 年より同院難聴・鼓膜再生センター長。京都大学大学院医学研究科臨床教授、神戸医療産業都市推進機構医療イノベーション推進センター上席研究員、(株)京都メディカルコンサル代表取締役などを兼任。金井病院(京都市)耳鼻咽喉科でも、鼓膜再生外来を担当している。頭頸部領域の再生医療研究に取り組み、2019 年に保険適用になった「鼓膜再生療法」の開発者でもある。国内のみならず海外、特に発展途上国での普及を目指している。

外耳、中耳、内耳、聴神経、 脳のどこかに異常が

 難聴は、音や言葉が聞こえにくい状態です。大きく、伝音難聴、感音難聴の2つに分けられます。この2つが合併している混合性難聴の人もいます。
 耳は、外から入った音(空気の振動)をとらえて鼓膜まで伝える外耳、振動をキャッチして増幅する中耳、増幅された振動を電気信号に変換する内耳という3つの部分で構成されています。
 一般に耳と呼ばれている耳介じかいでとらえた音は外耳道に導かれ、鼓膜でとらえられて、振動エネルギーとして中耳の耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)を経由して、内耳の蝸牛かぎゅうの中のリンパ液を振動させ、電気信号に変換されます。
 この電気信号が聴神経(蝸牛神経)を通って脳に伝わり、音として認識されます。外耳、中耳、内耳、聴神経、脳が連動して音や言葉を聞き取っているのです。
 この過程のどこかに不具合が出ると難聴になります。外耳から中耳までのどこかに障害があることで起こるのが伝音難聴、内耳で音を電気信号としてとらえ脳に伝えるまでの過程のどこかに障害があることで生じるのが感音難聴です。

伝音難聴の原因となる 鼓膜穿孔は治療が可能

 伝音難聴の原因には、耳垢が詰まる耳垢栓塞、外耳道炎、中耳炎、鼓膜にあなが開く鼓膜穿孔、耳小骨のアブミ骨が硬くなりスムーズに動かなくなる耳硬化症などがあります。
 耳垢じこうが詰まっていて聞こえにくくなっているときには、耳鼻咽喉科で外耳道の掃除をします。外耳道炎、急性中耳炎のような一時的な炎症の多くは、鎮痛薬や抗菌薬などで改善します。
 鼓膜穿孔の原因には、中耳炎などの病気、耳にボールが当たったり耳かきや綿棒で突いたりした外傷、ダイビングや飛行機に乗ったときなどの気圧の急激な変化などがあります。鼓膜は再生力が高い組織なので、孔が小さければ、1〜2か月間程度で自然に塞がります。ところが、孔が大きいと自然には塞がらず聴力が低下します。
 鼓膜に孔が開いたままになり聴力が低下している人は、わが国だけでも100万人、全世界で3億人以上いると推計されています。
 その中で最も多い原因は慢性中耳炎ですが、特に痛みなどがないため、「耳が遠い」「耳が詰まった感じがする」「膿のような耳だれが出る」といった症状があっても、放置している人が少なくありません。このような症状に心当たりがあれば、そのままにせずに耳鼻咽喉科へ行き、原因を調べる検査を受けましょう。
 鼓膜の孔が自然に塞がらない場合の治療には、鼓膜再生療法鼓膜形成術鼓室形成術などがあります。鼓膜再生療法は、2019年に保険適用になった新しい治療法です。鼓膜の孔の周辺を切り取って細胞を活性化させ、細胞の成長を助ける薬をしみこませたゼラチンスポンジを詰めて固定し、鼓膜の再生を促します(下図)。顕微鏡や内視鏡を用いて、日帰りか短期間の入院で実施でき、従来の手術のように耳の後ろを切ることもないため、患者さんの体への負担は最小限で済みます。
 鼓膜再生療法が画期的なのは、ほかの組織で代用する再建治療ではなく、自分の鼓膜が新たに再生して聴力が回復する治療だということです。1回で孔が塞がらないこともありますが、再生療法は4回まで可能です。
 従来から行われている鼓膜形成術は、鼓膜穿孔がある患者さんに対する治療で、自分の皮下組織の移植で鼓膜の孔を塞ぐ方法です。
 一方、重度の慢性中耳炎などの場合には、従来通り鼓室形成術を行います。耳の後ろを切って、鼓室( 鼓膜の奥にある空間) の炎症を取り除き、鼓膜や耳小骨を再構築します。この治療では人工骨を用いる場合もあります。
 また、耳硬化症によって難聴になっている場合には、スムーズに動かなくなったアブミ骨を取り除いて、人工骨を入れるアブミ骨手術によって、ほとんどの人は聴力が回復します。耳硬化症は、片側の耳だけ難聴になったり、耳鳴りを伴ったりすることも多い病気です。

補聴器を検討する際にも 耳鼻咽喉科受診が必須

 一方、感音難聴には、突発性難聴や、薬剤性難聴などの急性難聴、加齢性難聴、騒音性難聴、先天性難聴などの慢性難聴があります。
 片方、あるいは両方の耳が急に聞こえにくくなる突発性難聴は、早い段階で気づいてステロイド薬を中心にした治療をすれば聴力が回復する可能性の高い難聴です。抗がん剤や抗菌薬、利尿薬などによって起こる薬剤性難聴では、原因となっている薬の使用を止めることが重要になります。
 加齢性難聴や、慢性的に大きい音にさらされることによって生じる騒音性難聴は、内耳の蝸牛内にある有毛細胞がダメージを受けることによって起こります。有毛細胞は細い毛のような細が束になったもので、内有毛細胞が内側に1列、外有毛細胞が外側に3列並んでいて3万個以上あります。狭い部屋で大音量の音楽を聴いたあとで聞こえにくくなる急性音響障害の場合は、耳を休ませることで回復することもありますが、慢性的な騒音や加齢によってダメージを受けた有毛細胞は一度壊れると元には戻りません。
 そのため、慢性の感音難聴の治療は、補聴器を装用することが中心になります。補聴器を使うときには耳鼻咽喉科を受診し、本当に補聴器が必要な状態なのか診断を受けたうえで、医師や言語聴覚士などに相談しながら自分に合ったものを選び、2週間から1か月間試してから購入することが大切です。単に音を大きくする拡声器のようなものや自分に合わないものを使うと、難聴がさらに悪化することもあるため、注意が必要です。高度の難聴でなければ多くの場合、自分に合った補聴器を使えば、生活や仕事に支障がない程度に聞こえるようになります。
 先天性難聴でまったく聞こえない、あるいは補聴器では効果が得られないほど高度の難聴は、人工内耳で治療する方法もあります。電気信号に変換した音を内耳の蝸牛の中に埋め込んだ電極に送り、聴神経を介して脳に伝えて音を認識できるようにする治療法です。人工内耳と術後の聴覚リハビリテーションによって、まったく聞こえなくなった人でも、会話でコミュニケーションが取れるようになってきています。

認知症予防のためにも 難聴の改善は重要

 騒音性難聴を予防するには、大音量でテレビを見たり音楽を聴いたりしない、大きな音が常時出ている場所を避ける、騒音下で仕事をしている人は耳栓を使うなどが有効です。世界保健機関(WHO)は、イヤホンやヘッドホンを用いて大音量で長時間音楽を聴くことなどによって、11億人以上の若者 が難聴のリスクにさらされていると警告しています。イヤホンなどで音楽を聴くときには音を小さくし、長時間使わず耳を休ませるようにしましょう。
 なお、混合性難聴は、症状と原因に応じて治療します。混合性難聴で補聴器を使う場合、鼓膜に孔が開いていると音が割れて聞き取りにくくなるため、鼓膜再生療法などで孔を修復したうえで補聴器を使うこともあります。
 前述のように治療で聴力が回復する場合もありますので、「耳が遠くなった」と感じたら放置せずに耳鼻咽喉科を受診してください。
 難聴になると人とのコミュニケーションが取りにくくなって信頼関係を損ね、家族や社会の中で孤立するばかりか、うつ病や認知症にもなりやすくなります。難聴になると認知症のリスクが上がるのは、耳から入る情報を処理する聴覚中枢を使わなくなることで血流が低下し、脳の働きが不活発になるのが一因です。
 認知症を予防するためにも、少し聞こえにくくなったと感じた段階で耳鼻咽喉科を受診して適切な治療を受け、症状を改善することが重要です。せっかく医学とテクノロジーが進歩した時代に生きているのですから、鼓膜再生療法のような最新の治療や補聴器、人工内耳などを活用することも含め、新しいことにチャレンジする勇気をもちたいものです。

ライター 福島 安紀

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする