有毒動物からくすり?
私たちがいつも使用しているくすりはどのように誕生したのでしょうか。また、どうやって実用化が進んだのでしょうか。このコーナーでは、くすりにまつわるさまざまなエピソードをご紹介します。
明治薬科大学 名誉教授
小山 清隆 先生 (こやま・きよたか)
1979 年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。湧永製薬中央研究所、明治薬科大学 助教授、同教授を経て、2015年より副学長。専門は生薬学、天然物化学。
毒ヘビからACE阻害の血圧降下剤を開発
前号で有毒植物からさまざまなくすりができたことを紹介しましたが、有毒動物からもくすりが生まれています。
まず初めに血圧降下剤カプトプリルを紹介しましょう。
1960年代後半、英国の医師ジョン・ロバート・ベーン(John Robert Vane:1982年ノーベル生理学・医学賞受賞)のチームは、ブラジル南部からアルゼンチンにかけて生息するクサリヘビ科のハララカ(Bothrops jararaca:別名アメリカハブ)の毒に含まれるペプチドの1種が、血圧調節で機能すると考えられているアンジオテンシン変換酵素(ACE)の作用を選択的に阻害することを発見しました。
ACEは、不活性型のアンジオテンシンⅠを活性型のアンジオテンシンⅡに変換して血圧を上昇させます。したがって、ACEを阻害することは血圧を下げることになります。
1975年に米国の製薬会社(現在のBristol Myers Squibb)の3人の研究者は、発見されたACEの作用を選択的に阻害した毒ペプチドの構造をヒントに、ペプチドに比べ、かなり小さい分子構造のカプトプリルを合成しました。カプトプリルは1981年に医療用医薬品としてFDA(アメリカ食
品医薬品局)の承認を得ました。これが、世界で最初に開発されたACE阻害剤です。
大食いのドクトカゲ 唾液腺から糖尿病薬が
2型糖尿病治療薬エキセナチドもまた、有毒動物から生まれました。
生体ホルモンの一種GLP – 1は、食物を食べたあとの血糖上昇に応じて分泌され、膵臓のインスリン分泌を促進し、血糖値をすみやかに正常値に戻す役割を担っています。
しかしこのホルモンは、DPP – 4という酵素により分泌後速やかに分解されてしまいます(半減期1~2分ほど)。そのためくすりとしての応用は難しいとされていました。
1992年、アメリカの糖尿病専門医であるジョン・エング(John Eng)教授が、アメリカドクトカゲ(Heloderma suspectum)の唾液腺にGLP – 1と似たペプチドが含まれていることを発
見し、エクセンディン– 4(exendin-4)と命名しました。
アメリカドクトカゲは、アメリカのアリゾナ州などの砂漠や荒地に生息しており、餌が少ないため常に空腹で、餌を見つけると大食いをしますが、人間と違い、食後と食前で血糖値がほとんど変わらないことが知られていました。エクセンディン– 4はGLP – 1と同様、食後すばやくインスリンを分泌することにより血糖値を上げない作用を有しているばかりか、DPP – 4で分解されにくい特徴も併せもっていました。
バイオベンチャーのアミリン社とイーライリリー社により合成エクセンディン– 4が開発され、エキセナチドは2005年に米国で発売、日本では2010年に発売開始されました。
カプトプリル、エキセナチドのように、これからの新薬開発においても、有毒動物の研究がヒントになるかもしれません。