海洋生物からくすり?(2)

海洋生物からくすり?(2)

 私たちがいつも使用しているくすりはどのように誕生したのでしょうか。また、どうやって実用化が進んだのでしょうか。このコーナーでは、くすりにまつわるさまざまなエピソードをご紹介します。

監修

明治薬科大学 名誉教授

小山 清隆 先生 (こやま・きよたか)

1979 年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。湧永製薬中央研究所、明治薬科大学 助教授、同教授を経て、2015年より副学長。専門は生薬学、天然物化学。

カリブ海の群生ホヤが 抗悪性腫瘍剤に

 今回は、海洋生物といってもあまり馴染みのない、ホヤ類とカイメン類から開発されたくすりについて紹介しましょう。
 最初は、抗悪性腫瘍剤のエクチナサイジン743です。このくすりはカリブ海原産の群生ホヤ(Ecteinascidia turbinata)より、 単離(※1)されたアルカロイドに属する化合物です。日本、米国、欧州などで抗悪性腫瘍剤(抗がん剤)として承認されています。
 ちなみに、ホヤは珍味として有名で、形状から海のパイナップルと呼ばれています。日本で食用とされているのはマボヤとアカボヤの2種類で、群生ホヤではなく単体ボヤです。
 エクチナサイジン743は非常に複雑な構造をしており、また強い抗腫瘍作用を有することから、世界各国の多くの研究者がその構造の全合成(※2)にチャレンジしました。
 その結果、何例か全合成が成し遂げられましたが、かなり多くのステップが必要なため、今のところ実用化されていません。現在では、微生物から産生され、容易に入手可能なシアノサフラシンB(cyanosafracin B)という化合物から半合成(※3)する方法が確立されています。

※1 単離・・・・混合している状態から純粋な物質を取り出すこと
※2 全合成・・・有機化合物を人工的に合成し化学的な合成物をつくること
※3 半合成・・・有機化合物に一部化学的な処理をすること

岩にはりつくカイメンが 乳がんの治療に

 抗悪性腫瘍剤のエリブリンも海から生まれました。エリブリンは、クロイソカイメンの成分であるハリコンドリンBに着目して合成された化合物です。
 カイメンは英語でsponge と言います。ある種のカイメンは、骨格が細かい網目状の海綿質繊維からなるため、スポンジとして、昔は水でしめらせて切手貼りや紙めくりに使われていました。最近では洗顔や化粧用、赤ちゃんの沐浴用に用いられているようです(クロイソカイメンはそのような使われかたはしていません)。
 クロイソカイメンは、干潮時には海面より上の位置に、満潮時には海面より下の位置になる(潮間帯)ような岩にへばりついています。色が黒いので見過ごしてしまうことが多いのですが、神奈川県の三浦半島でよく見かけられます。
 エリブリンの開発は、日本の研究者グループが三浦半島で採取したクロイソカイメンから、非常に複雑な構造をした化合物を発見したことから始まりました。ハリコンドリンBと命名されたこの化合物は、抗悪性腫瘍効果があったため、世界中の研究者により、その構造の全合成に関する研究が行われました。その結果、やはり日本人の研究者が全合成に成功します。しかし、合成工程が多くコストがかかりすぎるため、商品化に至りませんでした。
 そこで構造を少し削り誘導体(※4)をつくったところ、同じような抗悪性腫瘍効果が認められました。合成工程も少なくなったため、商品化が可能となり、エリブリンが誕生しました。
 エリブリンは2010年11月に米国で、2011年に欧州と日本で、乳がんを対象に承認されました。

※4 誘導体・・・有機化合物の一部だけを変化させたもの

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