自分が思っている病気とは違うことも『薄毛・抜け毛の悩み』

自分が思っている病気とは違うことも『薄毛・抜け毛の悩み』

 外見の印象を大きく左右する薄毛や抜け毛の悩みは、本人にとっては深刻です。テレビやインターネットにはさまざまな治療情報があふれていますが、正確に診断しなければ適切な治療につながりません。円形脱毛症なのにAGAクリニックで高価な男性型脱毛症の治療をしても効果は期待できないのです。1人で思い悩んで自己判断せず、まずは皮膚科の専門医で正確な診断を受けることから始めましょう。

監修

東京医科大学 皮膚科学分野 主任教授

原田 和俊 先生 (はらだ・かずとし)

1994 年、山梨医科大学卒業。2001 年、同大学院卒業。2002 年よりスタンフォード大学(米国)皮膚科留学。山梨大学医学部皮膚科講師、東京医科大学皮膚科准教授を経て、2020 年より現職。同大学皮膚科にて脱毛外来も担当。日本皮膚科学会認定皮膚科専門医。再生医療認定医。日本皮膚科学会東京支部代議員、日本医真菌学会代議員。毛髪科学研究会世話人。

薄毛・抜け毛の治療は 正確な診断から

 薄毛や脱毛症には、瘢痕性脱毛症はんこんせいだつもうしょうと、非瘢痕性脱毛症ひはんこんせいだつもうしょうがあります。
 瘢痕性脱毛症は、けが、手術、自己免疫反応などにより傷ついた部分の頭皮の毛根が死滅し毛穴がなくなってしまった状態で、その部分の毛は二度と生えてきません。
 一方、非瘢痕性脱毛症では毛穴は保たれているため、病状の改善に伴って発毛が期待できます。非瘢痕性脱毛症の代表的なものは、円形脱毛症、男性型脱毛症(AGA)、女性型脱毛症、休止期脱毛症などです。
 脱毛や薄毛を引き起こす病気は、このほかにも多数存在します。正確に診断するためにも、まずは皮膚科の専門医を受診しましょう。

ダーモスコピーで観察 病変の状態から鑑別する

 薄毛や脱毛症の診断には、家族歴や病歴、病状の聞き取りのほか、ダーモスコピー検査が欠かせません。この検査は、ライトのついた大きな拡大鏡で頭皮の状態を詳しく観察するものです。円型脱毛症の場合は、毛がもろくなり、途中で折れたりちぎれたりする毛が多数認められます。
 男性型脱毛症や女性型脱毛症の場合は、太く長い毛と細く短い毛が混じりあっていて、細い毛の割合が多いのが特徴です。通常は1つの毛根から3本くらいの毛が生えますが、それが1本や2本しか生えていないなど、特有の所見が認められます。
 瘢痕性脱毛症は一見、円形脱毛症に見えますが、ダーモスコピーで観察すると毛穴がないことがわかります。放っておくと毛穴がない部分が広がり、その部分は一生生えなくなってしまうため、それを避けるには一刻も早く進行を止めることが必要です。
 そのほかに鑑別が必要な疾患として抜毛症、休止期脱毛症などがあります。
 抜毛症は、患者さんが自ら毛を抜く行為を繰り返す病気で、円形脱毛症との鑑別が難しいケースがあります。精神的ストレスや精神疾患など、心理的な要因がかかわっていると考えられています。
 休止期脱毛症は、新型コロナウイルスなどのウイルス感染、出産、高熱、手術、急激なダイエットなどによってヘアサイクルが乱れ、成長期から一気に休止期に入り、その2、3か月後に大量に脱毛するのが特徴です。
 人間は体に大きな負荷がかかると、危機を乗り越えようといったん髪の毛をつくることを休止し、危機が去るとまた髪の毛をつくり始めます。
 専門医が抜けた毛髪の根元を観察することで、円形脱毛症との鑑別が可能です。
 ほかにも、猫にすみついている水虫菌に対する人間の強い免疫反応による脱毛、慢性甲状腺炎、鉄欠乏性貧血、膠原病など全身疾患の症状、薬剤の副作用による脱毛などもあります。

円形脱毛症は 重症度で治療法が変わる

 ここでは患者数が多い円形脱毛症、男性型脱毛症(AGA)、女性型脱毛症の症状と治療について説明します。
 これまで円形脱毛症の原因はストレスと思われてきましたが、ストレスは発症のきっかけに過ぎず、何らかの原因で免疫が誤作動を起こし、毛をつくる細胞を破壊してしまうと考えられるようになってきました。
 人口のおよそ0.2%の人が一生のうちに経験しますが、特にストレスがないのに、急に髪の毛が抜けてしまったという患者さんが多いようです。人によっては髪の毛だけでなく、眉毛、まつ毛、体毛、陰毛、ひげなどあらゆる部位で脱毛し、髪の毛と構造が似ている爪の甲に小さな点状の陥没が見られることもあります。
 円形脱毛症は、男女とも、幼児から高齢者まで幅広い年代で発症します。また、家族に円形脱毛症を経験した人がいると発症しやすいため、遺伝的な体質が関係しているといわれています。
 そのほか、円形脱毛症の患者さんは、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患や、気管支喘息、アトピー性皮膚炎などのアトピー疾患を合併しやすいことが知られています。円形脱毛症は、症状が軽ければ自然に治ることもあります。
 治療の基本は毛をつくる細胞を攻撃している免疫を抑制することで、年齢や脱毛面積、毛根の状態などを考慮して治療法を選択します。脱毛が急速に進行している急性期には、ステロイドによって免疫を強力に抑制します。状態によって、どのような治療を行うか判断します。
 脱毛がほぼ止まっている固定期では、脱毛面積が頭部面積の25%未満の場合は、ステロイドの外用薬を塗って経過をみますが、効果が出にくい場合は、ステロイド局所注射療法を選択します。
 毛をつくる毛根は真皮の深いところにあるため、注射で直接薬を入れることで効果が高まります。注射によって表面が少し凹むことがありますが、やがて元に戻ります。麻酔薬を塗ってから注射する方法もあります。
 脱毛面積が25%以上の場合は、局所免疫療法を行います。これは化学物質を脱毛している部分に塗って人工的に軽いかぶれをつくることで脱毛を治すという治療法です。
 さらに、半年以上脱毛が続き、脱毛面積が頭部の50%以上という重症の場合には、JAK阻害薬という飲み薬が選択されます。この薬は免疫全体を抑える薬で、感染症や副作用を起こすこともあります。また、保険診療のもとでも自己負担は高額です。
 そのほか、免疫を抑制するために脱毛箇所に紫外線を照射する方法もあります。紫外線には免疫反応を抑制する作用があるからです。
 局所免疫療法以外は保険適用ですが、年齢制限のある治療法もあるため、医師とよく相談してください。

AGAと女性型脱毛症 原因も治療法も違う

 男性型脱毛症(AGA)と女性型脱毛症は、原因や治療法が違うため、別々に考える必要があります。両方とも進行性で、病状は進んでいきます。
 男性型脱毛症は、20代で約10%、30代で20%、40代で30%、50代以降で40%以上と年齢とともに高くなる傾向があり、男性ホルモンのテストステロンが影響しています。
 テストステロンは5αリダクターゼという酵素と結びつくことにより、ジヒドロテストステロンという強力なホルモンに変化し、このジヒドロテストステロンが髪の毛の成長を止めて抜けやすくさせるといわれています(下図)。
 そのため成長期が短くなり、毛をつくる細胞も小さくなって、細く短い毛が増えていきます。前髪が後退して頭頂部が薄くなっていくのは、ジヒドロテストステロンの受容体が額の生え際や頭頂部にかけて多く分布しているからだといわれています。
 一方、女性型脱毛症は、50代から60代で多くなりますが、20代で発症する人もいます。
 今のところ脱毛の原因はわかっていません。成長期が短くなって、毛をつくる細胞が萎んでいくため、細くて短い毛が増え、前頭部から側頭部がまんべんなく薄くなっていきます。

費用や時間がかかる治療 自分が納得する方法で

 男性型脱毛症も女性型脱毛症も治療はすべて自由診療です。
 男性型脱毛症の治療薬には、内服薬と外用薬があります。5α還元酵素阻害薬を内服することで、薄毛の進行が9割以上抑制され、約8割の人の髪が増えたという報告があります。これは、髪の毛の成長を止めるジヒドロテストステロンを生成しないようにする薬で、服用をやめるとまた脱毛しますが、再開すると発毛します。副作用として、性機能低下や、まれに肝機能障害が報告されています。しかし、女性型脱毛症には効果がなく、妊婦が服用すると男子胎児の生殖器官などの正常発育に影響を及ぼすおそれがあります。
 外用薬としては、頭皮の血流を改善し、丈夫で太い髪が生えるのを促進するミノキシジルが使用されます。ミノキシジルは男性型脱毛症にも女性型脱毛症にも高い発毛効果があることが報告されています。
 髪の毛が急にたくさん抜けたり薄くなることは、大きなストレスや不安につながります。1人で抱え込まずに、まずは正しい診断のために皮膚科の専門医を受診してください。
 また、髪の毛は抜けるのは早いですが、生えるにはそれなりの時間がかかります。焦らずにできるだけふだんの生活を続けながら、自分が納得する治療法を、医師と一緒に見つけていきましょう。

ライター 高須 生恵

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