新たな治療選択肢が増えた『前立腺肥大症』

新たな治療選択肢が増えた『前立腺肥大症』

 前立腺は男性だけにある臓器で、加齢に伴って大きくなることが多く、50代の3割、80代の9割に肥大がみられます。肥大化が進むと尿道が圧迫され、頻尿や排尿しにくくなるなどの症状が出て生活の質(QOL)が低下します。このような前立腺肥大症について、2022年に新たな治療法が保険適用になるなど選択肢が増えています。多くの男性が加齢とともに直面する前立腺肥大症について知っておきましょう。

監修

日本大学医学部附属板橋病院 病院長 医学部泌尿器科学系 主任教授

高橋 悟 先生 (たかはし・さとる)

1985 年、群馬大学医学部卒業。米国メイヨークリニック泌尿器科リサーチフェロー、東京大学医学部泌尿器科学教室講師、同助教授などを経て、2005 年より日本大学医学部泌尿器科学系主任教授、2021 年より日本大学医学部附属板橋病院病院長。日本排尿機能学会理事長、日本老年泌尿器科学会理事長などの要職も務める。専門は、泌尿器全般、前立腺がん、下部尿路機能障害など。主な著書に、『ウルトラ図解 前立腺の病気』(法研)、『よくわかる前立腺の病気』(岩波アクティブ新書)などがある。

前立腺肥大症になると 排尿症状でQOLが低下

 人口の高齢化に伴い、前立腺肥大症の患者数は増加しています。厚生労働省の患者調査(2020年度)によると、日本では108万人が前立腺肥大症と推計されます。男性が泌尿器科を受診する疾患で最も多いのがこの病気で、50歳以上の男性ならだれでもなる可能性があります。原因は不明ですが、男性ホルモンが関与していると考えられています。また、肥満、糖尿病などの人は前立腺肥大症になりやすいことがわかっています。
 前立腺は、精液の一部をつくったり、精子を保護する役割を果たす前立腺液を分泌します。 膀胱ぼうこうの真下にあって尿道を取り囲んでいます。正常とされる大きさはクルミ大(20mL)ですが、加齢とともに肥大化してニワトリの卵やミカンくらいの大きさになります。そうなると尿道が圧迫され、排尿にかかわるさまざまな症状(排尿症状)が生じます。
 主な症状は、「排尿後も尿が残っている感じがする(残尿感)」「尿の回数が多い(頻尿)」「急に尿意をもよおし、我慢するのが難しい(尿意切迫感)」「おなかに力を入れないと尿が出ない(腹圧排尿)」「夜間、排尿のために何度も起きる(夜間頻尿)」などです。日常生活に支障が出ていたり、症状がつらかったりする場合には、最寄りの泌尿器科を受診しましょう。

超音波や尿流量検査で 前立腺と尿の状態を確認

 医療機関では、国際前立腺症状スコア(下囲み)などを用いた問診が行われ、患者さんがどのような症状で困っているかを確認します。また、ほかの病気と区別したり前立腺肥大の状態をみたりするための検査を行います。
 前立腺の主な検査には、直腸診、超音波検査、尿検査、尿流量検査、残尿検査、尿沈渣にょうちんさ、PSA検査などがあります。直腸診は、医師が直腸越しに前立腺に触れ、前立腺の大きさ、硬さ、痛みの有無を確認する触診のことです。超音波検査では腹部に超音波を当てて 前立腺の大きさを、尿検査では尿の濁りや血尿の有無を調べます。
 尿流量検査では、測定器のついた専用のトイレに排尿し、単位時間当たりの排尿量と排尿時間を測定します。排尿後に膀胱に残った尿(残尿)の量は、超音波による残尿量測定器を使って調べます(残尿検査)。前立腺肥大症になると、1回の排尿量は減少しますが 排尿時間は長くなり、残尿量が増加します。
 尿沈渣は尿中の固形成分を調べる検査です。PSA検査では、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)の血中濃度を測定し、前立腺がんを併発していないかどうかを調べます。超音波検査の進歩やPSA検査により、直腸診は必須ではなくなりつつあります。抵抗感がある人は医師に相談するとよいでしょう。

薬物療法や骨盤底筋訓練で 排尿症状を改善

 前立腺肥大症の治療では、主に薬物療法と手術療法を行います。一般的には薬物療法からスタートし、十分な効果が得られないときなどに手術を検討します。
 薬物療法の第一選択薬は、α1遮断薬、または、PDE5阻害薬です。α1遮断薬は過剰に収縮した前立腺の緊張をゆるめ、尿道への圧迫を弱めて尿を通りやすくする薬です。PDE5阻害薬は、血管拡張作用によって尿路血管や膀胱、前立腺への血流量や酸素供給量を増やすことで、排尿障害を改善する薬です。前立腺が30mL以上と大きく、尿の勢いが弱い、尿が途中で途切れる、残尿量が多いといった症状が改善されない場合には、前立腺細胞の増殖にかかわるジヒドロテストステロンという男性ホルモンの影響を抑える5α還元酵素阻害薬を併用することもあります。
 頻尿、尿意切迫感など、蓄尿機能に問題がある場合には、膀胱の緊張をやわらげるβ3作動薬や膀胱をゆるめる抗コリン薬が有効です。前者は後者に比べて尿閉(自力で尿を排出できない状態)や排尿障害が起こりにくい特徴があります。
 尿意切迫感を繰り返し、頻尿や夜間頻尿があるような状態は、過活動膀胱とも呼ばれます。トイレに間に合わず、もらしてしまうこともあります。過活動膀胱では、β3作動薬や抗コリン薬などの薬物療法と合わせて、骨盤底筋訓練を続けると症状の改善が期待できます。骨盤底筋は、膀胱を支え、尿道を締める筋肉です。加齢とともに衰えますので、骨盤底筋訓練で鍛えるようにしましょう(下図)。過活動膀胱の治療では、水分、カフェイン飲料、アルコールのとり方を見直すことも大切です。利尿作用のあるカフェイン飲料やアルコールを控えるだけで、頻尿や過活動膀胱が改善する場合もあります。

服薬で改善しなければ 内視鏡手術を検討

 薬物療法で症状が改善しないときには手術を検討します。尿閉になったとき、尿路感染症を繰り返すとき、膀胱に石のような硬い結晶ができる膀胱結石を併発したときにも手術が必要です。
 前立腺肥大症では、ほとんどの場合、内視鏡による手術を行います。小型カメラと器具がついた内視鏡を尿道から入れ、肥大組織を取り除きます。主な手術法には、経尿道的前立腺切除術(TURP)、レーザー前立腺核出術(HoLEP)、レーザー前立腺蒸散術(PVP、CVP、ツリウムレーザー)があります。経尿道的前立腺切除術は、電気メスで肥大組織を削り取る方法です。レーザー前立腺核出術はホルミウムレーザーの光を照射し、肥大組織を切り離す(核出)手術です。レーザー前立腺蒸散術は、グリーンライトレーザーの光を照射し、肥大組織を蒸散させて尿路のつまりを解消する手術です。近年は、電気メスよりもレーザーを用いた治療が主流になりつつあります。

2022年に新たに 2つの低侵襲手術が登場

 2022年には、高齢だったり合併疾患があったりするために従来の手術を受けるのが難しい患者さんに対して、体への負担が少ない2種類の治療法が新たに保険適用になりました。
 1つは、植込み型前立腺組織けん引システム(ウロリフトシステム:以下ウロリフト)を用いた経尿道的前立腺吊り上げ術です。内視鏡を使って尿道からインプラントを4~6個挿入し、肥大した前立腺を持ち上げることで圧迫されていた尿道を広げ、排尿障害の改善を目指す手術法です。手術時間は15分程度で、従来の手術に比べて短時間です。日帰り手術で実施している医療 機関もありますが、1泊2日程度の入院治療で行う施設が多いようです。
 ウロリフトの利点は、ほかの手術と比べて排尿障害の改善効果が早く表れることです。早い人では数日後から症状の改善が実感できます。ただし、前立腺の大きさが100mL 以上だったり、中葉と呼ばれる部分が突出したりしている場合にはこの手術は適しません。
 そして、もう1つの治療法は、経尿道的水蒸気(WAVE)治療(レジュームシステム:以下レジューム)です。レジュームという専用機器の管(デリバリーデバイス)の先端の針を前立腺に刺し、そこから高温の水蒸気を9秒間注入します。注入を何度か繰り返すことで、肥大した前立腺の組織の一部を壊死させ、圧迫された尿道を広げる手術法です。治療時間は10分程度で、外来での日帰りか1泊2日程度の入院で治療が受けられます。排尿障害の改善がみられるのは、治療後1か月後くらいからです。ウロリフトとレジュームの利点は従来の手術よりも出血が少なく治療時間が短いため、体への負担が最小限で済むことです。前立腺を温存でき、手術の影響による射精障害が生じないことも大きな利点といえます。
 前立腺肥大症の治療薬の中には、めまいや頭痛などの副作用が生じたり、長期間服用すると認知症のリスクが高まったりするものがあります。高齢者の場合、5種類以上の薬を服用していると転倒のリスクが上がることも指摘されています。従来の手術を受けるの は難しいけれど、薬を長期間服用したくない、あるいは、合併疾患があって内服薬の種類を減らしたいという人は、ウロリフトかレジュームによる手術が受けられないか、泌尿器科医に相談してみましょう。
 加齢とともに、排尿トラブルを抱える男性は少なくありません。排尿トラブルは、自尊心にも影響します。近年、治療の選択肢も増えていますから、「年のせい」などと放置せずに、泌尿器科を受診してください。

ライター 福島 安紀

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