気分の高揚と落ち込みを繰り返す『双極性障害』

気分の高揚と落ち込みを繰り返す『双極性障害』

 双極性障害は、以前は「躁うつ病」と呼ばれていた病気で、100人に1人にみられます。極端な気分の高揚と落ち込みを繰り返し、高揚時には困った事態を引き起こして家族や職場に迷惑をかけることもあります。問題行動を起こす原因は「性格」や「心の悩み」ではありません。双極性障害は脳の病気であり、適切な治療を続ければふつうの生活が送れます。本人も家族も病気のことをよく理解して、気分の変化への対処法を身につけましょう。

監修

順天堂大学医学部 精神医学講座 主任教授

加藤 忠史 先生 (かとう・ただふみ)

1988 年、東京大学医学部卒業。滋賀医科大学、東京大学、理化学研究所脳科学総合研究センターなどを経て2020 年より現職。医学博士、精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医。『日本うつ病学会診療ガイドライン 双極症2023』の作成統括を務める。『これだけは知っておきたい双極性障害 躁・うつに早めに気づき再発を防ぐ! 第2版』(翔泳社)監修。

100人に1人みられる 双極性障害

 仕事で期待以上の成果をあげたときに気分が高揚したり、大事なプレゼンに失敗したときに落ち込んだりすることはだれにでもあります。しかし、双極性障害(双極症:下コラム)は、理由もなく、病的に激しい高揚(躁状態)と落ち込み(うつ状態)、そして、症状がまったくなく落ち着いている寛解期が一定期間現れ、繰り返される病気です。
 躁状態では異常なほどハイテンションになり、睡眠時間が少なくてもエネルギッシュに活動でき、万能感で満たされます。
 一方、うつ状態では毎日憂うつで、好きなことにも興味が持てず、心身のエネルギーが乏しくなります。この2つの状態の間が寛解期です。個人差はありますが、これを数年のサイクルで繰り返します。
 躁やうつの症状は、脳内の神経伝達物質の変化によって起こると考えられていますが、その原因はまだわかっていません。脳の一部の神経細胞が興奮しやすくなっている可能性が近年、指摘されています。
 双極性障害はまれな病気ではなく、100人に1人にみられます。知り合いに1人や2人はいてもおかしくない頻度です。発症は10~20代に多く、男女差はありません。親から子に伝わる遺伝性疾患ではないことも明らかになっています。

困った事態も起こるⅠ型 うつ状態が長いⅡ型

 双極性障害にはⅠ型とⅡ型の2つのタイプがあり、症状の現れ方が異なります(下図)。
 特に違うのは躁の症状です。どちらのタイプも、あまり寝なくても元気に活動し、早口になり、よい考えが次々に浮かびます。本人は「絶好調」「これが本来の自分」と感じ、自信満々です。しかし、Ⅰ型ではその言動によって困った事態を引き起こしがちです。
 一方、Ⅱ型はそのような問題はなく、躁の症状としてはⅠ型より穏やかです。
●Ⅰ型の特徴
 ずっとしゃべっている、話がコロコロ変わってつじつまが合わない、お金を湯水のように使う、偉そうに振る舞う、暴言を吐く、暴力をふるう、性行動が奔放になる。このような症状が1週間以上、ほぼ毎日、1日の大半にわたってみられる場合にⅠ型と診断されます。こうした躁状態が1度でもあれ ば、うつ状態がなくてもⅠ型です。また、怪しげな投資話にのる、突然事業を立ち上げるというようなこともあります。
 周囲の人の目には「人が変わった」「別人のよう」と映りますが、「こちらのほうが本性かも」と思えるほどのリアリティがあります。
 躁状態で問題を起こすと、家族や職場に迷惑をかけ、本人は社会的信用を失って人生を棒に振ることになりかねません。周りの人や本人の人生を守るために、入院が必要になるケースが多々あります。
●Ⅱ型の特徴
 躁の期間はⅠ型ほどではないものの、ハイテンションな状態が4日以上ほぼ毎日、1日の大半にわたってみられます。これを軽躁状態といい、周囲の人には「ハイになっている」と感じられます。問題を起こすことはなく、入院も不要です。
 だからといってⅠ型より軽い病気というわけではありません。うつ状態の期間はⅠ型より長く、自殺のリスクも高いとされています。
 軽躁状態に加えてうつ状態があると、Ⅱ型と診断されます。軽躁状態だけなら双極性障害ではありません。

診断がつくまで4~10 年 難治のうつ病には疑いを

 ここまで躁を中心に述べてきましたが、双極性障害ではうつの期間のほうがずっと長いのです。
 病気の期間中、Ⅰ型は約32%、Ⅱ型は約50%の期間で抑うつ症状があります。どちらも約半分の期間は寛解期なので、抑うつ症状を伴う期間の長さが際立ちます(下図)。
 双極性障害の診断には、躁/軽躁の存在が不可欠です。しかし、その有無を調べるためには、問診だけが頼りです。
 しかも、多くの人はうつ症状がつらくて受診します。まだ躁/軽躁が現れていなければ当然うつ病と診断されます。また、以前に躁/軽躁があったのに、本人や家族がそれと認識しておらず、その話を医師に伝えないことも多いからです。
 さらに、うつの再発で受診しても、躁/軽躁の話をしなければ正しく診断できません。
 このような理由から、双極性障害はうつ病と混同されやすいのです。
 最初にうつ病と診断された人の1、2割は、最終的に双極性障害と診断されるといわれています。正しい診断にたどりつくまで、平均4~10年かかっているのが現状です。うつ病がなかなか治らないという人は、双極性障害を疑ってみる必要があります。
 以上の説明で、「うつが長いのだから、うつ病の診断でも問題ないのでは」と疑問を持つかもしれませんが、答えは否です。双極性障害は、うつ病に躁/軽躁が加わったものではなく、別の病気だからです。
 うつ病の治療薬は双極性障害のうつには効果がないばかりか、うつから急に躁/軽躁に移行する躁転や、イライラや不眠の症状が出る賦活症候群のリスクを高めます。
 このため、双極性障害の治療では原則として抗うつ薬は用いません。適切な治療のためには、正しい診断が必要なのです。

再発予防に薬物療法と 心理・社会的治療を併用

 双極性障害の治療目的は、再発予防にあります。寛解期ができるだけ長く続くよう、薬物療法を中心に心理・社会的治療を併用します。
●薬物療法
 主に気分安定薬を用います。リチウムを代表に、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピンがあります。躁とうつの波を小さくし再発を予防する効果がありますが、即効性に乏しいため、躁状態のときには鎮静作用の強い非定型抗精神病薬を併用します。うつ状態に有効な非定型抗精神病薬も何種類かあります。
 薬は飲み続けることが最も大切です。スマートフォンの服薬管理アプリなどを使って、飲み忘れを防ぎましょう。特に寛解期は油断しがちなので、注意が必要です。
●心理・社会的治療
 医療機関によっては、うつ病の治療で知られる認知行動療法も行われていますが、ここでは疾患学習(正式には心理教育と呼ばれる)について紹介します。これは、病気に翻弄されない人生を歩むために、病気について正しく理解し、うまくつき合っていくコツを身につけるものです。
 双極性障害と診断されたとき、現実を受け入れられずに治療を拒否する人は少なくありません。しかし、この病気は治療法が確立しており、再発を防いでふつうの生活を送ることが可能です。正しい知識を得れば、最初に感じた拒否感や抵抗感がやわらぎ、自分や家族を守るために治療が必要だとい う気持ちになりやすくなります。
 再発を防ぐには、その予兆を知ることが重要です。これまでの経過と、躁状態やうつ状態になったきっかけが一目でわかるライフチャートをつくると、再発に結びつきがちなストレスを把握しやすくなります(下図)。
 何が予兆になるか、家族と情報を共有しておきましょう。たとえば、「寝なくても元気」というようなことです。これは、本人だけでなく家族にもわかりやすい躁のサインです。

一晩の徹夜でも躁状態に 海外旅行は要注意

 再発のきっかけになりやすい要因にはいろいろありますが、特に次の2つに注意しましょう。家族も目配りし、サポートしてください。
●生活リズムの乱れ
 夜更かしや朝寝坊など、体内時計のリズムを乱し、睡眠不足につながる行動は慎みましょう。なかでも徹夜は、たった一晩で躁転につながることもあるので禁物です。
 時差の大きい海外旅行も注意しましょう。特に東に向かう場合は、時差が激しくなるため、体内時計を調節するのが難しく、躁状態を誘発しやすいともいわれています。
●ストレス
 ストレスの受け止め方は人によって違います。自分がどんなことにストレスを感じるかを知っておきましょう。そうすれば事前に予測して、心の準備ができるので、ストレスは軽減されます。完璧を目指さないことも大切です。失敗しても自分を責めず、よい経験をしたと考えましょう。

ライター 竹本 和代

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