知ってトクするくすりの話『リンゴ樹皮から生まれた糖尿病治療薬』

知ってトクするくすりの話『リンゴ樹皮から生まれた糖尿病治療薬』

 私たちがいつも使用しているくすりはどのように誕生したのでしょうか。また、どうやって実用化が進んだのでしょうか。このコーナーでは、くすりにまつわるさまざまなエピソードをご紹介します。

監修

明治薬科大学 名誉教授

小山 清隆 先生 (こやま・きよたか)

1979 年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。湧永製薬中央研究所、明治薬科大学 助教授、同教授を経て、2015年より副学長。専門は生薬学、天然物化学。

インスリンを狙わない 新たな糖尿病薬

 秋から冬にかけては、おいしいリンゴが出回っています。今回はリンゴの樹皮から単離※1したフロリジンが、新しいタイプの糖尿病治療薬SGLT2阻害薬(ダパグリフロジンやルセオグリフロジンなど)の開発において、大きな役割を果たしたお話をご紹介し ましょう。
 糖尿病患者ではない人の場合、尿中にはごく微量の糖分しか含まれていないため、尿糖検査では陰性となります。しかし、慢性的に血糖値が高くなっている糖尿病患者の場合は、尿に糖が多く排出されるため陽性となります。
 従来の治療では血糖値を下げるために、血糖を減少させるホルモンであるインスリンの分泌を促したり、インスリン感受性を高めたり、体外からインスリンを補充したりして、尿糖が陰性になるようにしてきました。しかし、2014年4月、これまでとはまったく異なる機序の糖尿病治療薬が登場しました。それがSGLT2阻害薬です。
 SGLT2は腎臓の尿細管に存在し、人体に必要なナトリウムやブドウ糖などの栄養成分を尿の中から再吸収する役割を担っています。SGLT2のこのような働きを阻害すれば、糖は再吸収されずに尿とともに体外に排出され、血糖値を下げることができます。
 SGLT2阻害薬は、インスリンをターゲットとしない初めての糖尿病薬というわけです。

副作用に注意が必要 医師の指導下で服用を

 SGLT2阻害薬の開発には、リンゴの樹皮が大きな役割を果たしています。1835年にフランスの化学者がリンゴの樹皮から新規のカルコン類の配糖体を単離し、フロリジンと命名しました。
 フロリジンは、当初は解熱薬や抗炎症薬などとして使用されましたが、やがて尿糖の排出を促進する作用があることがわかりました。しかし、副作用がひどいことなどが理由で薬として使われることはありませんでした。
 その後、フロリジンが尿糖の排出を促進するのはSGLT2を阻害するためであることが明らかにされました。しかし、フロリジンは副作用がひどいため、これをできる限り軽減するため、フロリジンの構造を改良し、SGLT2のみを阻害する新しい糖尿病治療薬 として、SGLT2阻害薬が開発されました。
 ただしSGLT2阻害薬の使用には、副作用やリスクがあります。日本糖尿病学会によると、これまで副作用としては、低血糖、ケトアシドーシス※2 、脳梗塞、全身性皮疹などが報告されています。したがって、SGLT2阻害薬の使用にあたっては、医師の指導により服用することはもちろん、危険性を十分に把握しておく必要があります。

※ 1…単離 混合している状態から純粋な物質を取り出すこと
※ 2…ケトアシドーシス 血液が基準値より酸性に大きく傾いている状態。糖尿病性ケトアシドーシスでは、悪心・嘔吐、食欲減退、腹痛、過度な口渇、倦怠感、呼吸困難、意識障害などの症状が現れる

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