年のせいだと見過ごされやすい『心臓弁膜症』

年のせいだと見過ごされやすい『心臓弁膜症』

心臓には血液の逆流を防ぐ4つの弁があります。心臓弁膜症になると、弁の不具合により、血液が逆流したり血流が悪くなったりして、進行すると心不全になって命にかかわることもあります。胸の痛み、 息切れ、 動悸など、心臓弁膜症の症状が出ても、年のせいだと思って放置している患者さんも少なくありません。近年、高齢者でも受けられる、体への負担の少ないカテーテル治療なども急速に普及してきています。心臓弁膜症について理解し、気になる症状があったら受診しましょう。

監修

川崎幸病院副院長・心臓病センター長

高梨 秀一郎 先生(たかなし・しゅういちろう)

1984 年、愛媛大学医学部卒業。
大阪市立総合医療センター心臓血管外科副部長、新東京病院心臓血管外科部長、榊原記念病院心臓血管外科主任部長、同院副院長を経て、2019 年4 月より川崎幸病院心臓病センター長兼心臓外科部長、同 5 月より副院長に。
弁膜症手術、冠動脈オフポンプ手術の名手として知られ、これまで 7000例以上の心臓外科手術を執刀。日本心臓弁膜症学会代表世話人も務める。

弁が正常に機能しないと心臓に不具合が起こる

心臓は、拡張と収縮を繰り返すことで、全身に血液を循環させるポンプの役割を果たす重要な臓器です。左心室、左心房、右心室、右心房の4つの部屋に分かれており、左心室と右心室の入り口と出口には、ドアのように動く4つの弁がついています。左心室の入り口にあるのが僧帽弁、出口にあり大動脈との間を仕切っているのが大動脈弁です。右心室の入り口についているのが三尖弁 、出口にあり、肺動脈との間を仕切っているのが肺動脈弁です(下図)
それぞれの弁は、血液の流れに合わせて閉鎖を繰り返し、逆流を防いでいます。ところが、加齢、感染症、外傷、先天的な理由などで、弁のどれかが正常に機能しなくなると、心臓のポンプ機能に不具合が生じます。心臓弁膜症は、弁が正常に機能しなくなったために、心臓が本来の役割を果たせなくなる病気です。

血流が妨げられる狭窄症 逆流が起こる閉鎖不全症

心臓弁膜症には、大きく分けると、弁の開きが悪くなり血液の流れが妨げられる狭窄症と、弁が正常に閉じなくなって血液が逆流するために不具合が起こる閉鎖不全症の2つがあります。どの弁も不具合を起こすことがありますが、なかでも患者数が多いのが、大動脈弁狭窄症と僧帽弁閉鎖不全症です。
以前は、リウマチ熱による僧帽弁狭窄症が多かったのですが、衛生状態の改善、抗生物質による治療の進歩などにより、リウマチ熱が原因の弁膜症は減っています。最近は、加齢や動脈硬化の進行によって弁膜が硬くなったり石灰化したり、弱くなったりして発症する大動脈弁狭窄症や僧帽弁閉鎖不全症が増えているのです。
心臓弁膜症になっても、初期には自覚症状がない場合があります。しかし、進行すると、階段や坂道を上ったりしたときに息切れしたり、胸の痛みがあったり、動悸などの症状が徐々に生じるようになります。さらに悪化すると、体のむくみ、めまいや失神など、心不全の症状が出ることもあります。
高齢者の場合は、息切れしても「年のせい」だと思ってしまったり、苦しくなる動作はしないように無意識のうちに調整したりする傾向があります。それまで難なく上れていた坂道や階段で息切れしたり、疲れやすいから外出を控えたりするなど、日常生活に支障が生じたら、かかりつけ医に相談しましょう。
心臓弁膜症の診断は、問診、聴診、心エコー(超音波)検査によって行います。受診の際には、どういうときにどのような症状があるか、日常生活にどのような不自由を感じているかを医師に伝えることが大切です。

根治を目指せる外科治療やカテーテル治療

心臓弁膜症の治療には、薬で症状を改善する保存的治療、開胸手術で弁を修復したり交換したりする外科治療、開胸することなく血管の中から弁を修復するカテーテル治療があります。
保存的治療で使う薬には、心臓の収縮力を高める強心薬、余分な水分を体の中から取り除き心臓への負担を減らす利尿薬、血管を広げる血管拡張薬などがあります。症状に合わせて、抗不整脈薬や、血液を固まりにくくする抗凝固薬などを用いることもあります。
このような薬による保存的治療により心臓の負担を減らすことはできますが、弁膜症そのものを治すことはできません。弁膜症を根本的に治すためには、 外科治療やカテーテル(細い管)を用いた血管内治療が必要になります。


外科治療は、弁形成術か人工弁を入れる弁置換術

弁膜症の外科治療とは、胸を開いて、心臓と肺の代わりをする人工心肺装置を使って一時的に心臓を止め、弁の機能を回復させる手術です。弁膜症の手術には、患者さん自身の弁を温存して形を整えて修復する弁形成術と、患者さんの弁を取り除いて人工弁と置き換える弁置換術があります。
人工弁には、ウシの心膜やブタの弁を用いた生体弁と、カーボン(炭素繊維)やチタンなどでつくられた機械弁があります。まれに、亡くなられた人の弁を処理したホモグラフトと呼ばれる生体弁を用いる場合もあります。
生体弁のメリットは、患者さん自身の弁に近いため、 血栓(血の固まり)がつきにくく、手術直後の数か月を除いて、抗凝固薬を服用する必要がない点です。デメリットは、機械弁に比べて劣化しやすいため、15 〜 20年程度で再手術が必要になることです。
これに対し機械弁は、耐久性が高く再手術になることは少ない一方で、血栓がつきやすいことがデメリットとなり、抗凝固薬を生涯にわたり服用し続ける必要があります。
このように、生体弁と機械弁にはメリット、デメリットがあり、弁置換術をする際には、患者さんの年齢や職業、本人の希望などを考慮して、どちらを選ぶかを決定します。一般的には若い世代では耐久性の高い機械弁、高齢者には生体弁が用いられることが多くなっています。ただし、これから出産する可能性のある若い女性などには抗凝固薬を服用する必要がない生体弁を用いるなど、年齢だけでは一概に決められない面があります。
近年、弁膜症の治療では、体への負担の少ないカテーテル治療が開発され、急速に普及しています。カテーテル治療は、脚のつけ根などの血管からカテーテルを入れて行う治療法です。どのような方法で治療を行うかは、弁膜症の種類や患者さんの状態によって異なります。

大動脈弁狭窄症で増えるカテーテル治療

大動脈弁狭窄症の治療は、開胸手術によって患者さんの弁を取り除き、人工弁と置き換える弁置換術が第一選択となります。息切れ、胸痛、動悸、めまいなどの症状が出たり、検査で心機能の低下がみられたりした場合に、この外科治療が検討されます。
この病気は 70歳以上の高齢者に多いのが特徴です。高齢で体力が低下していたり、腎機能の低下、間質性肺炎、脳血管障害などの病気があったりして開胸手術のリスクが高い患者さんに対する治療法として、最近は経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)が急速に普及しています。
TAVIは、脚のつけ根などを小さく切開し、そこから生体弁を装着したカテーテルを入れ、これを心臓まで運び、生体弁を留置する治療法です。留置した生体弁は、その直後から大動脈弁として機能し、弁の不具合で滞っていた血流が回復します。比較的新しい治療法であるため、長期的な成績は明らかではないものの、体への負担が少なく入院期間も1週間程度と短くて済むため、開胸手術のリスクが高い患者さんでも治療が受けられるのが最大のメリットです。
大動脈弁狭窄症は、外科治療で弁を取り換えないと心不全が進行し命にかかわります。TAVIの普及によって、高齢者やほかに病気のある患者さんにも生体弁が留置できるようになった恩恵は大きいといえます。


僧帽弁閉鎖不全症は弁形成術が第一選択

僧帽弁閉鎖不全症には、僧帽弁そのものが壊れる器質性(一次性)のものと、弁には問題がないが、心筋梗塞や拡張型心筋症などによって心臓が大きくなることで起こる機能性 (二次性)のものとがあります。いずれの場合も外科治療によって患者さん自身の弁を修復する弁形成術が第一選択となります。弁形成術は、弁置換術に比べて難度が高いため、弁形成術に力を入れている専門医がいる病院で治療を受けることが大切です。
器質性の僧帽弁閉鎖不全症は、弁形成術によって僧帽弁が修復できれば特に薬を服用する必要はなく、運動や日常生活も病気になる前と同じようにできるため、比較的早い段階で外科治療が検討されます。重症化すると、心房が細かく震える心房細動を起こすことがあるので注意が必要です。
機能性の僧帽弁閉鎖不全症でも、このような状態になる前に、外科治療を行うことがポイントです。
また、機能性の僧帽弁閉鎖不全症の患者さんで、高齢で体力が低下していたり、開胸手術をするとリスクの高い病気があったりする場合には、経カテーテル僧帽弁クリップ術(マイトラクリップ)で治療することもあります。これは、太もものつけ根などの血管から器具のついたカテーテルを入れ、僧帽弁の前側と後ろ側の膜 (前尖と後尖)をクリップで合わせ、僧帽弁がきちんと閉まるようにして、逆流を防ぐ治療法です。2018年からこの治療が、健康保険で受けられるようになりました。

弁形成術も選択肢に 大動脈弁閉鎖不全症

大動脈弁閉鎖不全症の治療としては、以前は弁を置き換える弁置換術が主流でしたが、患者さん自身の大動脈弁が修復できる状態であれば、弁を温存して弁形成術を行う治療が徐々に増えてきています。
患者さん自身の弁が温存でき、逆流が防げるのであればそれに越したことはありません。大動脈弁の状態によっては修復が難しいこともあるものの、弁形成術を行う専門病院で、治療法を相談するとよいでしょう


まずはカテーテルを選択 僧帽弁狭窄症の治療

僧帽弁狭窄症に対しては、薬で症状が改善しない場合には、カテーテル治療である経皮的僧帽弁裂開術(PTMC)を行います。
脚のつけ根などの血管から器具のついたカテーテルを入れ、 バルーン (風船)を広げて硬くなった僧帽弁を広げる治療法です。
しかし、カテーテル治療が難しい状態であったり、たびたび狭窄を繰り返す場合は、外科治療の対象になります。僧帽弁狭窄症の外科治療には、弁や弁の隙間に切り込みを入れて僧帽弁の動きを改善する直視下交連切開術(OMC) 、あるいは患者さんの弁と人工弁を入れ替える弁置換術があります。


重症化の予防には早期受診と適切な治療

大動脈弁狭窄症や機能性の僧帽弁閉鎖不全症は、血管が硬くなる動脈硬化が原因となる場合があります。そのようなタイプの弁膜症は、肥満や糖尿病、高血圧、脂質異常症など、動脈硬化を進行させる生活習慣病の発症や進行を防ぎ、喫煙者は禁煙、運動不足の人は運動をすることで、ある程度予防することができます。
ただし、器質性の僧帽弁閉鎖不全症は 20代、 30代の若い世代でも起こることがあり、予防は難しいのが現状です。また、加齢による心臓の弁の不具合も予防しにくいものです。坂道や階段を上ったとき、重いものを持ったときなどの労作時に、息苦しさや胸の痛みを感じるなど、ちょっとした変化を見逃さないようにしましょう。早めに適切な診断と治療を受けることが重症化や心不全を防ぐことにつながります。
弁膜症の治療では複数の弁を一度に手術したり、心筋梗塞などの虚血性心疾患と一緒に治療したりすることがあります。弁膜症の治療を受ける際には、循環器内科を専門とする医師に相談し、経験豊富な心臓外科医が適切な治療を行う病院を受診してほしいと思います。

ライター 福島安紀

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