感染症のリスクを招く『高齢者の低栄養』

感染症のリスクを招く『高齢者の低栄養』

「国民健康・栄養調査」(2018年)によると、65歳以上の女性の5人に1人、男性の10人に1人は低栄養傾向です。多くの高齢者にとって低栄養は他人事ではありません。栄養が不足して体重や筋肉量が減ってしまうと、体を守る免疫機能が低下し、感染症などの病気にかかりやすいばかりか、重症化しやすく命にかかわることもあります。自分の栄養状態をチェックし低栄養を防ぎましょう。

監修

帝京平成大学健康メディカル学部教授・帝京大学医学部外科学講座教授

福島 亮治 先生 (ふくしま・りょうじ)

1983 年、北海道大学医学部卒業。
東京大学第一外科助手、米国オハイオ州シンシナチ大学外科リサーチフェロー、帝京大学外科医局長、助教授などを経て、2006 年より同科教授。
2020 年4月より帝京平成大学健康メディカル学部健康栄養学科教授、同学科長を務める。日本臨床栄養代謝学会(JSPEN)COVID-19 対策プロジェクトチームメンバー。

低栄養は感染症やけがが重症化するリスクが高い

「ダイエットしていないのに最近、体重が減ってきた」「きちんと食事をとっているのに、足が細くなってきた」
こんな症状に心当たりがあれば、すでに低栄養になっているのかもしれません。
低栄養は、食欲の低下や食事の偏り、病気などの影響で、体を動かすために必要なエネルギーやたんぱく質が不足した状態です。低栄養の診断は、これまでさまざまな方法で行われ、統一されたものはありませんでした。しかし、世界の臨床栄養にかかわる学会(PEN societies)が集まって検討し、2019年に「GLIM(グリム:Global Leadership Initiative on Malnutrition)」と呼ばれる世界的な診断基準を提唱しました。
それによると、低栄養と診断されるのは、体重減少、低BMI、筋肉量減少という「現症(現在の状態)」のうちどれか1つ以上、なおかつ、食事摂取量減少か消化吸収能力が低下、病気やけがによる炎症という「原因」が1つ以上当てはまる場合です。
BMIとは、体重と身長をもとに計算する体格指数で、「体重(kg)÷[(身長(m )×身長(m )]」で計算します。たとえば、身長1.6m で体重50㎏だとしたらBMIは19.5で、70歳以上の人なら「低BMI」に当てはまります。
栄養状態が悪いと体の免疫機能が低下し、病気になったりけがをしたりしたときに治りにくくなり、命にかかわることがあります。新型コロナウイルス感染症などの感染症についても、低栄養の人は、重症化しやすい傾向があります。
そのため、医師や管理栄養士、薬剤師など多職種で構成される日本臨床栄養代謝学会(J S P E N ) は、2020 年4月、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療と予防に関する栄養学的提言」を行いました。提言では、医療関係者に、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナウイルス)の治療の際には、患者さんの栄養状態を評価し、低栄養が認められたときには、感染症自体の治療と並行して、栄養状態改善のための治療をするように提案しています。
新型コロナウイルスに感染すると、息苦しさ、咳などの呼吸器症状のほか、吐き気・嘔吐、下痢、食欲低下、消化吸収障害などが起きやすいため、感染後に低栄養になるリスクもあります。
免疫機能を低下させないためにも、低栄養の改善と予防が重要なのです。

急な体重減少などは栄養状態が悪い可能性も

まずは、低栄養のリスクがないか、確認してみましょう。
ダイエットをしているわけでもないのに、体重50㎏だった人が45㎏になるなど、「5~10%以上体重が減った」「低BMI」「筋肉量の減少」、この3つのうちどれかがある場合は、栄養状態が悪い可能性があります。本人はふつうに食べているつもりでも、栄養が偏っていたり足りていなかったりするのかもしれません。
日本を含むアジア人の場合、70歳未満の人でBMIが18.5未満、70歳以上の人で20未満なら、低BMIです。BMI25未満で肥満ではないのに、「もっとやせたい」と考えている人もいるのではないでしょうか。しかし、「日本人の食事摂取基準2020年版」によると、総死亡率が最も低く、理想的なBMIは、18~49歳で18.5~24.9、50~64歳で20~24.9、65歳以上は22.5~27.4とされています。
この数値は、40~103歳の日本人の男女約35万人を対象に、平均12.5年追跡調査をした7つの研究を総合的に分析した結果から算出されています。65歳以上の高齢者は、少しふっくらしている人のほうが、肺炎や感染症などにかかりにくく、長生きできる可能性が高いわけです。高齢者の場合、病気やけがで手術が必要になったとき、もともとやせていると回復が遅くなったり、体力がなくて手術ができなかったりすることがあります。

歯の不具合、うつなどが食欲不振の原因に

筋肉量が減少しているかどうかを最も簡単に確認する方法は、両手の親指と人差し指で輪をつくり、ふくらはぎの最も太い部分を囲めるかどうかを確かめる「指輪っかテスト」です。両手の親指と人差し指で囲んでみて、すき間ができるくらいふくらはぎが細い場合は、筋肉が減少している疑いがあります。
一般的には、高齢になると、筋肉をつくるたんぱく質を合成する力が弱まり、分解する力のほうが高くなります。そのため高齢者は、40~50代のときと食事の量や内容が変わらなくても、腕や足の筋肉が減少して細くなり、サルコペニア(筋肉減少症)と呼ばれる状態になりやすくなるのです。
さらに、外出する機会が減って身体活動量が落ちたり、食欲が低下する薬を服用していたり、病気やけがで体の中の炎症が続くと、筋肉の減少はさらに加速します。肥満気味でも、実際には脂肪が多くて筋肉が減少しているサルコペニア肥満の人もいますので注意が必要です。
高齢者の低栄養は、本人や家族が気づかないうちに徐々に進むことが多いのが特徴です。義歯の不具合や歯周病、うつ病、認知症などが食欲不振の原因になっていることもあります。急激に体重が減っている場合には、がんや慢性膵炎など重大な病気が潜んでいる恐れがありますので、かかりつけ医に相談しましょう。
医療機関では低栄養の患者さんに対して、その背景に病気がないかを調べ、その原因になっている病気の治療や栄養不良を改善する栄養療法を行います。

栄養をしっかりとって筋肉の減少を防ごう

低栄養を防ぐためには、エネルギー源になる炭水化物と脂質、骨や筋肉、血液などの元となるたんぱく質などの栄養素をしっかりとることが大切です。特に、高齢者が意識してとりたいのがたんぱく質です。
腎臓病などで食事制限がある人以外は、1日50~60g以上はたんぱく質をとりましょう。
筋肉の減少と低栄養を予防するためには、家事や買い物、通勤などの時間を利用して、日常生活の中で体を動かすことも大切です。1日30分、あるいは1日おきに1時間早歩きをするなど、少し心拍数が上がるくらいの有酸素運動を心がけましょう。
筋肉を維持するためには、スクワットなどの筋肉トレーニングが有効です。
さらに、1週間に1度程度は体重を量るようにすると、体調や栄養状態のチェックに役立ちます。
風邪などで寝込んだり食欲不振になったりすると、いっきに低栄養に進むことがありますので、日ごろから無理をせず、体調を崩さないように気をつけましょう。
栄養相談は市区町村の保健センターなどでも実施されています。自分や家族の食事や栄養について相談したい人は利用してみるとよいでしょう。

ライター 福島 安紀

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