においや味がわからなくなったら『嗅覚障害・味覚障害』

においや味がわからなくなったら『嗅覚障害・味覚障害』

新型コロナウイルス感染症との関連で、「においや味がわからない」という症状がにわかに注目されました。嗅覚と味覚はそれぞれ司る器官が異なり、嗅覚障害と味覚障害は独立した別々の障害ですが、同時に現れる場合もあります。それぞれの障害が起こる仕組みや治療法、セルフケアなどを解説し、新型コロナウイルスとの関連や、感染が収束するまでの間、急ににおいや味がわからなくなった場合にとるべき行動を紹介します。

監修

東京女子医科大学 耳鼻咽喉科准教授 同病院口腔乾燥・味覚外来担当

山村 幸江 先生 (やまむら・ゆきえ)

1991 年、東京女子医科大学卒業。同時に同大耳鼻咽喉科入局。
2001 年 に医学博士号取得後、同年10 月に同大病院で口腔乾燥・味覚外来を開設。以後、口腔内愁訴の診療にあたっている。
2019 年4 月より現職。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医、補聴器適合判定医・補聴器相談医。日本口腔咽頭科学会誌編集長、日本唾液腺学会理事も務める。

嗅粘膜のセンサーがにおい物質をキャッチ

においは、空気中に漂っている非常に小さな粒子(以下、におい物質と表記)によって引き起こされる刺激で、におい物質は地球上に20万~40万もの種類があるといわれています。においの多くはこれらの組み合わせであるため、この世に存在するにおいの種類は、ほぼ無限といえるでしょう。
においは生活に潤いを与えたり、危険を知らせたりしてくれます。嗅覚に問題が起こるとQOL(生活の質)が低下することは言うまでもありません。
におい物質は、鼻から入ったあと、鼻腔の天井部分にある嗅上皮の粘膜(嗅粘膜)にくっつきます。
嗅上皮を構成する細胞の1つである嗅細胞の先端には嗅毛が生えていて、粘膜層に伸びています。嗅毛にはにおいセンサー(嗅覚受容体)があり、これがにおい物質をキャッチすると、嗅細胞が電気信号を発します。人は約400種のにおいセンサーを持っているといわれています。
嗅細胞が発した電気信号は、嗅神経を通じて嗅上皮のすぐ上にある嗅球に伝わります。嗅球はにおい物質の仕分けをしており、ここからさらに上位の中枢(最終的には大脳の嗅覚野)に伝えられ、過去にかいだにおいの種類やそのときの感情と照合するなどの作業を経て、そのにおいに対する感覚が統合されます。
たとえば、「あ、大好きなうなぎのかば焼きのにおいだ」といった具合です。

嗅覚障害の半数以上は鼻の病気が原因

嗅覚障害は、この経路のどこかに問題がある場合に起こるものでその発生部位から3つに分けられています。
最も多いのは、におい物質が嗅細胞に届くまでの経路が傷害されるもので気導性嗅覚障害といいます。全体の半数以上を占めます。
主な原因は、副鼻腔炎による鼻茸などのために、におい物質の通り道がふさがれることにあります。鼻づまりによって起こる嗅覚障害です。
次に多い嗅神経性嗅覚障害は、嗅神経や嗅細胞が傷害されることによって起こります。ウイルス感染などによる嗅細胞障害や、頭部や顔面の外傷による嗅神経の断裂などが原因になります。新型コロナウイルス感染症に伴う嗅覚障害も、ここに分類されます。
3つ目は中枢性嗅覚障害です。嗅球から大脳の嗅覚野までの嗅覚路の障害によって起こります。
頭部外傷による脳挫傷が最も多い原因ですが、脳腫瘍、脳出血、脳梗塞も原因になります。
また、原因不明も2割ほどあります。

嗅覚トレーニングで症状改善も

嗅覚障害の代表的な検査法は、静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)です。
静脈に注射したアリナミン注射液のにおいを自分の呼気中に感じるかどうかを調べるもので、早ければ20秒ほどで自覚できます。
この検査である程度のにおいを感じる場合は、比較的治りやすいとされています。
専用の器具を用いて5種類のにおいをかぎわける基準嗅力検査もありますが、実施できる施設は限られます。
嗅覚障害の治療では、まず原因となっている病気の治療が最優先です。
慢性副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎、かぜのあとなど炎症性疾患が原因の場合は、対症療法としてステロイド点鼻療法が行われます。漢方薬の当帰芍薬散もよく用いられます。
治療は平均1年ほどかかるため、腰をすえてじっくり取り組みましょう。
セルフケアとしては、アロマオイルを使った嗅覚トレーニングがおすすめです。
ペパーミントオイルと、別の香りのオイルを用意し、1日2回、任意のオイルを先に、ペパーミントオイルをそのあとにかぎます。「いまこのにおいをかいでいる」と意識しながらかぐことが大切です。これによって嗅神経が再生するといわれており、症状改善が期待できます。

50歳以上に多い味覚障害嗅覚障害との関連も

味覚もまた、QOL(生活の質)を左右する重要な要素です。味覚があることで、生命維持に必要な物質を体に取り込んだり、有害物質を避けたり、ホメオスタシス(生体恒常性)を保ったりすることができます。甘味、塩味、酸味、苦味、うま味を味覚の基本五味といいますが、これらがわからなければ飲食も楽しめないでしょう。特に甘味や塩味を感じにくくなると糖分や塩分のとりすぎにつながりやすく、生活習慣病の発症や悪化の原因にもなりかねないので注意が必要です。
味覚障害の症状は多様ですが、量的異常と質的異常に大別できます。
そのほか、嗅覚と関連するものとしては、味覚自体は正常なのに嗅覚障害の影響で味が違って感じられる風味障害、味覚と嗅覚が同時に傷害される味覚・嗅覚障害があります。
味覚障害を訴えて受診する人の約8割は50代以上です。女性がやや多いのですが、女性は検査をしても正常あるいは軽症が多いようです。

発症から6か月以内に治療を始めると治りやすい

舌をはじめとして口の中の粘膜には、味蕾という花のつぼみの形をした小さな器官があります。その中の味細胞が味刺激をキャッチし、味覚神経を介して情報を脳に伝えます。この経路のどこかに問題があると、味覚障害が起こります。
嗅覚障害がかかわらない味覚障害では、約7割が亜鉛不足に関係しています。監修の山村先生の研究によると、亜鉛の摂取が少ない亜鉛欠乏性の味覚障害が36%、薬の副作用で亜鉛の吸収が低下する薬剤性が19%、糖尿病や肝障害など全身疾患性が9%でした。
味細胞は新陳代謝が速く、約10日で入れ替わるといわれています。亜鉛は新陳代謝に重要な役割を果たしているため、不足すると、まず味細胞の機能が低下し、さらに新陳代謝も滞って味覚障害を起こします。
亜鉛不足以外の原因としては、口腔乾燥症(ドライマウス)や口腔粘膜疾患など口の中異常(13%)、鉄欠乏性貧血(5%)、心因性(5%)などがあり、9%は原因不明です。
代表的な検査法は2つあります。
1つは、電気味覚計を用いて、舌に微弱な電流を流す電気味覚検査で、金属味がしたら正常です。この検査はペースメーカーを埋め込んでいる人には実施できません。
もう1つは、小さなろ紙に試薬を含ませて舌にのせ、味がわかるかどうかを調べるろ紙ディスク法です。同じ味質で濃度の違う5種類の試薬があり、薄い味から濃い味に進みます。どの段階で味を感じたかで味覚障害の有無や重症度を判定します。4種類の味質(甘、塩、酸、苦)を調べることができます。
亜鉛不足による味覚障害には、亜鉛製剤の補充療法が行われます。効果を感じ始めるまでに平均して3か月半かかるため、すぐに効果が現れなくても焦らずに治療を続けましょう。症状が出てから6か月以内に治療を始めると治りやすいことがわかっています。味がわからない状態が2週間以上続くようであれば早めの受診をおすすめします。
日常生活では、亜鉛を多く含む食品を積極的にとりましょう。これは、味覚障害の予防にも効果的です。

ライター 竹本 和代

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