一刻も早く受診し、 後遺症を抑える治療を『脳梗塞』

一刻も早く受診し、 後遺症を抑える治療を『脳梗塞』

昨日まで元気だったあの人が――。脳梗塞は命にかかわり、助かっても体の自由や言葉を失って、それまでの穏やかな日常を奪いかねない病気です。発症すると1分1秒を争いますが、すぐに治療を受ければ後遺症を抑えて元の暮らしに戻ることも可能で、そのタイムリミットも確実に延びています。原因となる生活習慣病の改善・予防に努めるとともに、万が一の場合に対処できるように、しっかりと知識を蓄えておきましょう。

監修

杏林大学医学部 脳卒中医学教室 教授

平野 照之 先生 (ひらの・てるゆき)

1988 年、熊本大学医学部卒業。
国立循環器病センター、豪メルボルン大学、熊本大学講師、大分大学准教授などを経て、2014 年から現職。
2015 年から杏林大学医学部付属病院脳卒中センター長を兼ねている。
日本神経学会認定専門医・指導医、日本脳卒中学会理事・専門医、日本内科学会認定内科医・指導医。日本脳卒中学会のコロナウイルス対策プロジェクトチーム座長としても奔走している。
趣味はサッカーと国際学会行脚。

血管が詰まる3つの原因 内壁にコレステロール塊

脳の血管の病気には脳梗塞、脳出血、くも膜下出血があり、「脳卒中」と総称されています。血管が破れる脳出血の最大の原因は高血圧です。ここ数十年、降圧剤などによって血圧管理 が進み、食事についても減塩の意識が高まってきたことから、脳卒中全体に占める脳出血の割合は大幅に低下しました。代わって脳梗塞が、今や死亡者数で脳卒中の6割近くを占めています。
脳梗塞は脳の血管が詰まる病気です。脳の組織が壊死して、重い後遺症が残ることが少なくありません。脳梗塞はその起こり方や起こる部位によって3つのタイプに大別されます。
ラクナ梗塞は、高血圧が長年放置されたために血管壁が厚くなり、脳の細い血管が詰まる病気です。症状は比較的軽いものの、繰り返し発症することも珍しくなく、血管性認知症につながる恐れがあります。
脳の太い血管の動脈硬化が進むと、内壁にアテローム(コレステロールなどが蓄積した粥状の塊)を生じます。
アテローム血栓性脳梗塞は、アテロームで狭くなった部分に血小板が集まってきて血栓(血の塊)となり、血管を詰まらせる病気です。首の動脈にできた血栓が脳に飛んで詰まることもあります。じわじわと悪化し、半身麻痺や失語症が出る人もいます。高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病や喫煙が危険因子です。
心原性脳塞栓症は、脳には問題はないものの、主に心房細動(不整脈の1つ)によって心臓内部の血液が淀んで血栓となり、それが脳に流れ着いて血管を詰まらせる病気です。その血栓は大きく、脳の太い血管を詰まらせるため、壊死が広範囲に及び、意識障害や半身麻痺、失語症など、症状も重くなります。突然発症し、重度の後遺症や寝たきりになるリスクが高いことから「ノックアウト型脳梗塞」と呼ばれることもあります。元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシムさんや元プロ野球巨人監督の長嶋茂雄さんを襲ったのは、この病気です。
脳梗塞は高齢になるほど発症しやすく、60~70代ではラクナ梗塞やアテローム血栓性脳梗塞が、80代以上では心原性脳塞栓症が多くなります。
脳梗塞が怖いのは、本人や家族の日常生活を一変させるからです。厚生労働省の国民生活基礎調査(2016年)では、要介護度5(寝たきりなど)となった主な原因の1位が脳卒中(30.8%)です。2位の認知症(20.4%)も、その3~4割は脳卒中がもたらす血管性認知症です。しかも、脳梗塞患者の2人に1人は10年以内に再発するというデータもあります。

顔、腕、言葉などに異変迷わず、すぐに救急車を

脳梗塞の症状は人によって違います。比較的頻度の高い症状として専門医が挙げるのが、顔のゆがみ、腕に力が入らない、言葉の障害の3つです。英語のFace、Arm、Speechに、確認しておくべき発症時刻を表すTimeの頭文字を加えて「FAST」と覚えましょう。たとえば、以下の項目を確認します。①口で「イー」をしようとすると、片方の頬が動かない、②「前にならえ」をすると、片方の腕が下がってくる、③「生き字引、生き字引、生き字引」と3回繰り返そうとすると、舌がもつれる。このうち1つでも該当したら脳梗塞の疑いがあります。ためらわず救急車を呼びましょう。「様子を見よう」は禁物です。
また、脳の血流が悪くなって症状が現れるものの、短時間(多くは数分から数十分)で消失する現象を一過性脳虚血発作(TIA)といいます。主な症状はチェックリストの通りです。TIAを起こした人の6人に1人が3か月以内に脳梗塞になっています。そのうち半数は48時間以内に発症し、まさに脳梗塞の「前触れ」です。
さらに一過性黒内障という、目に起こるTIAの典型的な症状も重要なサインです。脳動脈の1つである眼動脈が一時的に詰まり、片目が見えなくなります。「カーテンが閉まるように(あるいは幕が下りてくるように)視野が欠けていった」などと表現されます。いずれにせよTIAが起きたら、救急車を呼ぶか、脳神経外科や神経内科などをただちに受診しましょう。

著しく進歩した治療 タイムリミットに注意

脳梗塞の治療を受けるにあたって重要なのは、救急隊員や医師に発症時刻を正確に伝えることです。それぞれの治療法にはタイムリミットがあるからです。難しいのは就寝中に発症するケースです。この場合は朝になって家族が気付いた時刻ではなく「最後に異常がなかった時刻」、すなわち床に就いた時刻やトイレに起きた時刻が重視されます。
搬送先の病院ではまず、CT(コンピュータ断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴画像)検査で脳を調べます。その画像や症状から、ダメージを受けた部位の回復が可能と診断した場合、発症から4時間半以内であれば血栓を溶かすt–PAという薬剤を静脈から点滴投与します。このt-PAによる血栓溶解療法は2005年に国内で認可され、脳梗塞の治療成績が大きく改善されました。ただし、脳出血を起こしたことのある人はt-PAを用いる治療は受けられません。
内頚動脈や中大脳動脈などの太い血管が詰まり、薬物療法だけでは「再開通」が難しいケースでは、カテーテル(細い管状の器具)を足のつけ根から脳に送り込み、血栓を取り除く血栓回収療法を施します。その効果が確実なのは発症から6時間以内ですが、検査で脳の傷みが少なく十分に回復が望めるとわかれば、最長24時間以内まで行うことが可能です。この血栓回収療法は2010年代に国内に導入されました。2016年に海外の医学誌に掲載された研究報告によると、脳梗塞を発症した人のうち、日常生活に支障がないレベルまで回復した人の割合は、t-PAを含む内科治療のみでは26.5%だったのに対し、血栓回収療法も受けた人では46%に達しています。
これらの治療とともに、新しい血栓ができにくくなる薬剤も投与されます。ラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、TIAには抗血小板薬、心原性脳塞栓症には抗凝固薬が中心です。

重い後遺症の克服には 急性期からリハビリを

残念なことに脳梗塞の発見が遅れ、治療可能な時間に間に合わず、厳しい後遺症が残る場合があります。脳梗塞との闘いは、後遺症との闘いでもあります。半身麻痺や失語症、血管性認知症のほか、声がかすれたりうまく発音できなかったりする構音障害、食べ物をうまく飲み下せなくなり、誤嚥性肺炎を引き起こす嚥下障害などがあります。特に関節の拘縮(動かせなくなる)や筋力の低下は数日単位や数週間単位で進むため、急性期(発症後1~2週間)から病院スタッフの援助を受けてリハビリを開始します。発症から3か月を過ぎると回復のペースが鈍ってくるので集中的に行うことが肝要です。

脳梗塞の予防と発症したときの準備

脳梗塞の予防の第一歩は、やはり血圧のコントロールです。高血圧の人はきちんと治療を受け、食生活では減塩などに努めましょう。
糖尿病や脂質異常症、肥満も看過できません。バランスを考えた食事と、ウオーキングなどの適度な運動を欠かさないこと。お酒は、アルコール量が1日20gを超えると動脈硬化を促進する方向に働きやすいとされています。ビールなら中瓶1本(500mL)、日本酒なら1合くらいまでがよいでしょう。動脈硬化の原因となるタバコは、受動喫煙であってもリスクを高めます。また、心原性脳塞栓症への対策として、健康診断などで不整脈が見つかったら早めに受診しましょう。
そして、脳梗塞の発症から治療へすぐにつなげられるよう、日ごろから家族で注意し、どのような対応をとればよいか準備しておくことも大切です。

ライター 平野 幸治

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