近年、治療薬の選択肢が増えている『便秘』

近年、治療薬の選択肢が増えている『便秘』

「強くいきまないと便が出ない」「残便感があってすっきりしない」……。子どもから高齢者まで多くの人が悩んでいる便秘は、精神的に落ち込んだり憂うつになったりなど、生活の質を低下させる病気です。しかし、便秘は排便習慣や食生活の見直しによって解消される場合もあります。また近年、便秘の治療薬の選択肢が増えています。便秘は治療できる病気ですから、自己流の方法で対処したりせず、適切な治療を受けましょう。

監修

兵庫県立姫路循環器病センター 院長 島根大学医学部 名誉教授

木下 芳一 先生 (きのした・よしかず)

1980 年、神戸大学医学部卒業。
1987 年、同大大学院博士課程修了。
米国・メイヨークリニック留学、神戸大学老年科講師、島根大学医学部第二内科学講座教授、島根大学医学部長(兼任)、同大医学部附属病院副院長(兼任)などを経て、2019 年より製鉄記念広畑病院長、2020 年4月より現職。
日本高齢消化器病学会監事、日本神経消化器病学会理事なども務める。専門は胃腸、食道の病気。『慢性便秘症診療ガイドライン2017』(日本消化器病学会関連研究会・慢性便秘の診断・治療研究会)作成委員。

便が硬く、排便困難感や残便感があるなら治療を

便秘とはコロコロした硬い便が多くなり、すっきり排便できない病気です。ほとんどの場合、強くいきまないと便が出ない排便困難感、腹痛、残便感と いった不快な症状を伴います。
排便回数はあまり問題ではなく、便の硬さや排便困難感があるかどうかが便秘の診断基準になります。たとえ4日に1度しか便が出なくても、バナナ状の便がするりと出て爽快感があれば問題ありません。毎日出ていても、便が硬くて出にくかったり、腹痛を伴ったり残便感があったりすると便秘と判断され、治療の対象になります。
便秘にはさまざまな原因がありますが、病気や腸の異常が背景にないものを機能性便秘と呼びます。この機能性便秘には主に3つのタイプがあります。 ①大腸を通過する時間が長過ぎるタイプ、②通過時間は正常なのに便が出にくいタイプ、③直腸まで便が下りてきているのに外に出せないタイプ__の 3つです。便秘に悩む患者さんの多くは2つ以上のタイプを合併しています。
便は、胃、小腸、大腸で消化吸収された食物の老廃物です。便の元となる老廃物が小腸から上行結腸に入ったときにはまだドロドロの流動体で、大腸の中を移動する間に水分と電解質が吸収され固形状になっていきます(下図)。その通過に時間がかかり過ぎて必要以上に水分が吸収されて便が硬くなるのが①のタイプです。健康な人の直腸は、通常、空っぽの状態です。S状結腸と呼ばれる部分にたまっていた便が、腸のぜん動運動によって直腸に移動して直腸が広がると便意が生じます。ところが、何らかの原因で直腸の知覚が低下すると便意が生じず、排出されない便が直腸にたまってカチカチに硬くなってしまいます。③の直腸まで便が下りてきているのに外に出せないタイプの多くが、これに当てはまり、便意を感じにくいために、排便が困難 になっているのです。

便秘は高齢者と女性に多い傾向

厚生労働省の国民生活基礎調査(2019年)によると、全国で約431万人が便秘と推計されています。有病率は加齢とともに上がり、便秘は高齢 者に多い病気です。20代~60代前半までは女性に多いのですが、65歳以上ではほとんど性差がなくなり、75歳以上になると男性のほうが若干多くなりま す(下図表)。
高齢者に便秘が多いのは、加齢とともに大腸の動きがゆっくりになって、便が大腸を通過する時間が長くなるからです。また、高齢になると直腸の知覚神経の働きが鈍くなる人が多いことも関係しています。
月経のある女性が月経前に便秘するのは、女性ホルモンのプロゲステロンの影響だと考えられます。プロゲステロンには、妊娠に備えて体に水分を蓄 える働きがあるため腸内の水分が不足します。また、排便を促す腸のぜん動運動を抑える働きもあるので、女性は便秘になりやすいのです。
一般に女性が便秘しやすいのは男性に比べて食べる量や筋肉量が少ないことも関係しています。たくさん食べると便の元となる食物繊維の摂取量が増加 し、腸が刺激されてぜん動運動が起こりやすくなります。しかし、食事量が少なければぜん動運動は起こりにくく、腹壁の筋肉が少ない女性は便を押し出すときに必要な腹圧も低い可能性があります。

症状や併存疾患に合わせ適切な薬を選択

便秘だと思ったら、自分で何とかしようとせずに、かかりつけ医を受診しましょう。特に、家族に大腸がん経験者がいる人や50歳以上の人が急に便秘 になったり体重減少があったりしたとき、排便時に出血があったときには、すぐに医療機関を受診してください。
医療機関では、まずは、便秘になるような病気や腸の異常がないかどうか、便秘になりやすい薬を服用していないかを調べます。病気や腸の異常がない 機能性便秘の場合には、薬物療法を中心に症状に合わせた治療を行います。
便秘の患者さんがよく服用するのが、腸からの水分吸収を妨げる作用のある浸透圧性下剤のうち、穏やかな作用の酸化マグネシウム製剤です。ただし、血中のマグネシウム濃度が上昇するので、腎機能が低下している人や高齢者の長期使用には注意が必要です。腎機能の低下がみられる人などは、ほかの浸透圧性下剤を使います。
市販薬にも多い刺激性下剤(センノシド、センナ、アロエなど)は、どうしても出ないときだけ一時的に使うのに適した薬です。刺激性下剤には即効 性がありますが、長期間飲み続けると耐性ができて常用量では効かなくなり服用量が増えやすいため、毎日服用するのは避けましょう。習慣性があるた め、長く飲み続けると薬を服用しなければ排便できなくなり、やめられなくなることもあります。腎機能の低下などがない人が市販薬を使う場合には、 酸化マグネシウム製剤のような刺激の少ない下剤を選ぶようにしましょう。
医師の処方薬には、腸内の水分を増やして便を軟らかくし、排便を促す上皮機能変容薬もあります。腎臓や肝臓などの臓器の機能が低下している人に適したものと、腹痛を軽減するものとがあるため、患者さんの状態や症状に合わせた薬が選ばれます。
胆汁酸トランスポーター阻害薬という薬は、胆汁酸という物質を大腸の中に増やすことで大腸内の水分分泌とぜん動運動を促す薬です。胆汁酸が作用すると直腸の知覚が敏感になるため、便意を感じにくくなっている患者さんによく使われます。
薬の種類や量は、患者さんの症状や併存疾患によって調整されます。自分で勝手に薬の量を調節したりせず、「薬を飲んだら下痢がひどくなってつら かった」「まだ残便感がある」など、困っていることや自分の症状を医師に伝えることが大切です。
直腸まで便が下りてきているのにうまく排泄できない状態になっているときには、バイオフィードバック療法が有効な場合もあります。
バイオフィードバック療法とは、肛門括約筋を上手に緩めたり、肛門から直腸内に入れた小さな風船に空気を入れ、それをうまく排出したりする訓練 法です。パソコン画面でどこに問題があるか確認しながら、排便動作を習得していきます。

便意の我慢やトイレに長居は禁物

便秘の解消には、排便習慣の見直しも重要です。便意があったら我慢せずにすぐにトイレへ行きましょう。便意は我慢するといったん遠のきますが、 大腸の中でさらに水分が吸収されて便が硬くなり排出しにくくなります。また、我慢し過ぎると直腸の知覚が鈍くなり、便意を感じにくくなることがあ ります。排便するときは無理にいきまず、時間をかけないことも大切です。犬、猫、猿など哺乳類の排便時間は12秒ほどで、人間も同程度の時間で排泄するとすっきりします。便意がないのにトイレへ行っていきむ必要はありません。トイレで強くいきむと、直腸や肛門の粘膜がおしりの穴から外に飛び出す臓器脱を起こす原因にもなります。
排便時には、ロダンの彫刻「考える人」のように、前かがみになると直腸と肛門の角度がまっすぐになって排泄しやすくなります。背の低い人は、足の下に台を置いて前かがみになると力が入りやすくなるので試してみてください。

水溶性食物繊維で便秘が改善する場合も

食物繊維の摂取量を増やすことで、便秘が改善することもあります。食物繊維は、水に溶けやすい水溶性と溶けにくい不溶性に分けられます。便秘が 改善される可能性があるのは、水溶性食物繊維です。食物繊維が便秘に有効かどうかを調べる研究は、世界中で実施されていますが、さつまいもや小麦ふすまなど不溶性食物繊維の多い食品の効果は認められていません。不溶性食物繊維をとり過ぎると、ガスがたまって腹痛が起こることがありますから、里芋や海藻、果物など、水溶性食物繊維が多く含まれる食品を選ぶようにしましょう。なお、大豆やごぼうには両方の繊維が豊富に含まれています。
水溶性食物繊維を増やすことで効果が期待できるのは、②の大腸通過時間は正常なのに便が出にくいタイプで、食事量が少なく便のかさが少ないため に排泄しにくくなっている場合です。それ以外の便秘には、食物繊維を増やしても効果は認められないのが実情です。水溶性食物繊維の多い食品を増や してみて便秘が改善したら続け、改善しなければ、食物繊維には固執しなくてよいでしょう。
便秘治療の目的は患者さんの不快な症状が改善されることです。信頼できる医師としっかりコミュニケーションを取って快便を目指しましょう。

ライター 福島 安紀

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