歩行を失うのは、ささいな異変から 『足病変』

歩行を失うのは、ささいな異変から 『足病変』

聞き慣れない言葉ですが、足病変とは足に起こるトラブルの総称です。足の傷のほか、ウオノメやタコ、水虫など、たいしたことはないと考えがちの病変がいつの間にか悪化し、足を切断したり、命を脅かされたりする場合があるのを知っていますか。特に糖尿病の人や人工透析を受けている人は要注意です。ただし、日ごろから注意すれば予防が可能です。健康的な毎日を過ごすために、自分の足を守る方法を知り、適切なケアを始めましょう。

監修

神戸大学大学院医学研究科 形成外科学 教授

寺師 浩人 先生 (てらし・ひろと)

1986 年、大分医科大学( 現・大分大学) 医学部卒業。
兵庫県立こども病院、健和会大手町病院、大分医科大学附属病院、アメリカ合衆国ミシガン大学医学部形成外科客員研究員などを経て、2012 年より現職。
2019 年より大阪大学大学院医学系研究科招聘教授を兼任。
日本形成外科学会専門医・指導医、皮膚腫瘍外科分野指導医、日本創傷外科学会専門医、日本再生医療学会再生医療認定医、日本褥瘡学会認定師、日本フットケア・足病医学会認定師、フットケア指導士。
著書に『糖尿病性足潰瘍の100 例』(克誠堂出版)など。

足は第二の心臓 歩行が血液循環を促進

体の隅々にまで酸素や栄養豊富な血液が行き渡るのは、心臓がポンプの役割を果たし、動脈を通って血液が運ばれているからです。一方、体内の老廃物を含んだ血液は静脈を通って心臓に戻ります。静脈の血液は歩行など、ふくらはぎの筋肉収縮によるポンプ作用によって、心臓に戻ります。つまり歩行と血流には深い関係があり、「足は第二の心臓」といわれるのはこのためです(下図)。しっかり歩ける人は血液の循環が促されるので、心臓疾患を起こしにくく、長生きするという海外のデータもあります。
また、歩くことは、人が社会生活を維持するために重要な機能です。歩行と心身の健康には深い関係があることも下図表のように報告されています。

足を失う人が増加 世界中で深刻な問題に

皮膚の傷はその深さによって分類されています。びらんは皮膚の表皮までの欠損、潰瘍かいようは組織の欠損、壊疽えそは皮下組織や筋肉などの組織が死んで変色した状態を指します。広範囲の壊疽や感染を合併した潰瘍といったトラブルが足に生じると、命を守るために足を切断せざるを得ないこともあります。
日本の糖尿病患者は約1000万人(成人の10人に1人)で年々増加しています。欧米では、糖尿病患者の30%に足潰瘍あしかいようが発症し、治療を行っても25%は治らず、17%は切断に至っていると報告されています。世界的には糖尿病で足を失う人は地雷で足を失う人より60倍も多いといわれ、深刻な問題となっています。
体内のインスリン産生が少ないアジア人は、欧米人と同じ食事をしていると早い時期に糖尿病にかかってしまうため、病気の期間が長くなることで血行障害が起こりやすくなります。今後アジアにおいては、糖尿病の合併症として、足の動脈硬化といわれる下肢動脈疾患(LEAD)の発症率はますます高くなることでしょう(下図)
また、日本の人工透析患者は34万人で、毎年1万人ほど増加しており、人口比率では世界一です。そして、人工透析になる第一の原因は糖尿病です。こうした状況の中で、足病変が重症化する患者さんが急増しています。

神経が障害され血行が悪くなる

それではなぜ、糖尿病の患者さんは足病変が起こりやすく、重症化するのでしょうか?
糖尿病の足病変には、①末梢神経障害、②末梢血行障害、③感染症が大きくかかわっています(下図)。
糖尿病の三大合併症の1つである末梢神経障害は糖尿病の発症から10~15年で約半数の人にみられるといわれています。糖尿病で高血糖の状態が長く続くと、手足の血行が悪くなり、末梢神経に障害が起こります。しかし、患者さんの多くは「自分に神経障害があるとは思わなかった」と自覚がなく、症状が悪化して初めて気づくのです。
末梢神経障害には、足の変形や筋肉などの萎縮を起こす運動神経障害、足の乾燥や発汗低下を引き起こす自律神経障害、しびれが出て感覚が鈍くなる感覚神経障害があり、それぞれが相互にかかわっています。
運動神経障害によって足の指が曲がると、靴や地面からの圧力が足の指などに集中し、擦り傷やタコ、ウオノメなどができやすくなります。自律神経が障害されると足の乾燥や発汗低下から、皮膚の亀裂なども起こりやすくなります。そのうえ、感覚神経障害があると、足に押しピンが刺さっても痛くなかったり、タコやウオノメができても痛みを感じなかったりして、悪化させてしまうことが少なくありません。末梢神経障害の治療には、患者さんの足を保護する、足に合ったフットウエアが必要となります。
末梢血行障害になると、末梢血管にいく血液が少なくなるため、傷ができても、それを治す血液の成分が足りず、傷が治りにくくなります。
また、足にいく血液が少なくなると、最初は足の冷えが起こります。そのうち、歩くとふくらはぎに痛みが出て、休むと痛みがなくなる間欠性跛行かんけつせいはこうという症状が現れます。
進行すると、じっとしていても痛い安静時疼痛あんせいじとうつうという状況になります。これはすでに歩行を失いかけている状態なので、一刻も早く血行再建術をしなければなりません。また、下肢動脈疾患がある場合は、ほかにも血行障害が起こっていないか、全身を精査する必要があります。さらに進行すると、血液が巡らなくなる重症下肢虚血じゅうしょうかしきょけつとなり、足の切断率が高まります。
糖尿病により高血糖状態が続くと、体の抵抗力が低下します。そのような状態のときに、靴ずれや低温やけどなどの外傷、水虫、巻き爪などによる傷 から細菌が入ると感染症になりやすいのですが、感覚神経障害のため気づかないでいると、足潰瘍や壊疽へと一気に進んでしまいます。重篤な場合は、 死んだ組織や感染部位を除去する外科的処置(デブリードマン)を一刻も早く行う必要があります。

適切な治療につなげて足を失わない

足病変が生じたときに重要なのは、軽症のうちに少しでも早く適切な治療を開始することです。とは言っても、何科を受診すればいいか、迷う人は多 いのではないでしょうか。
欧米には100年以上前から足病学があり、足を専門に診る足病医が存在しています。しかし、日本を含むアジアには足病学という考え方はあまり知られていません。
内科、形成外科、循環器科、血管外科、皮膚科、フットケアなど、足病について理解しているさまざまな専門家が連携することが、足病変の適切な治 療につながります。「日本フットケア・足病医学会」の※ホームページでも、足病変の専門医療機関を紹介していますので、心配な人はぜひ受診してみてください。

※日本フットケア・足病医学会
https://jfcpm.org/authorization.html

毎日のセルフチェックで自分自身の歩行を守る

自分の足の状態を知るために、毎日足のセルフチェックをする習慣をつけましょう(下コラム)。チェックする部分は、足の裏と指の間です。足は意外 に家の中で傷つけることが多いため、しっかり確認してください。
また、糖尿病の人は体が硬く目が悪いことも多いため、自分で足の裏を見ることが難しい場合は、鏡を使うか、家族に手伝ってもらうとよいでしょう。 外出する前後には、靴の中に石などの異物が入っていないかを必ず確認しましょう。
もう1つ重要なのは、水虫と爪です。糖尿病の患者さんの多くに水虫がみられますが、末梢神経障害があるためにかゆみを感じず、ただ皮がむけている だけと受け止めがちです。しかし、皮がむけると細菌が入る経路ができてしまい、一気に足潰瘍や壊疽へとつながります。水虫はきちんと治しておきま しょう。また、運動神経障害があると爪の形が変形しやすいため、爪の処置もきちんと行います。
社会とかかわり、自立して生きていくうえで、歩行を失うことは大きなハンディとなります。ささいな病変から歩行や足を失わないために、自分の足 に関心を持ち、異変を感じたら足病に詳しい医療機関に相談してください。

ライター 高須 生惠

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