コロナで深刻化、がんや心血管疾患を招く『座りすぎ』

コロナで深刻化、がんや心血管疾患を招く『座りすぎ』

「このごろ、座っている時間が長いなあ……」。そう感じることはありませんか?コロナ禍で外出もままならず、仕事もリモートとなれば、家でじっとしているのは避け難いこと。ところが近年、「座りすぎ」は「第二の喫煙」と呼ばれるほど健康に悪影響を及ぼすことが、世界各国の研究でわかってきたのです。老後の自立した生活を困難にするフレイル(虚弱)にもつながります。リスクを正しく理解し、「座りっぱなし」にならないための工夫を実践しましょう。

監修

早稲田大学スポーツ科学学術院 教授

岡 浩一朗 先生 (おか・こういちろう)

1999 年、早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。
早稲田大学人間科学部助手、日本学術振興会特別研究員( PD)、東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター)介護予防緊急対策室主任など経て、2012 年4月から現職。
日本運動疫学会理事長、日本健康教育学会理事、日本体力医学会評議員。
著書に『「座りすぎ」が寿命を縮める』(大修館書店)、『長生きしたければ座りすぎをやめなさい』(ダイヤモンド社)ほか。

座る時間、コロナ禍で1日当たり平均 34 分増に

コロナ禍は私たちの生活を激変させました。「ステイホーム」で身体活動量は大幅に減り、「座っている時間」が増えたことは想像に難くありません。
事実、「座りすぎ」の健康リスクを研究している早稲田大学の岡浩一朗教授らのチームが、企業で働く人1086人を対象に行ったWe b調査では、コロナ禍(2020年7月)での1日当たりの総座位時間は、コロナ前(2019年2月)に比べ平均34分も増えていました。座ってパソコンを利用している時間も、平均9分多くなっていました。
もともと日本人の座る時間の長さは世界トップクラスとの研究報告もあります。背景には、日本人の労働時間や残業時間の長さという問題があるとみら れています。それでなくとも職場ではパソコン、家庭でもリモコン式や全自動の家電製品が普及し、こまめに立って歩く機会が激減しています。そこへコロナ禍が追い討ちをかけ、身体活動不足への不安は大きくなるばかりです。すでにこれまでの国内外の研究で、「座りすぎ」が健康にもたらす悪影響については、さまざまなことがわかっています(下記グラフ)。腰痛や肩こりだけでなく、がん、さらには糖尿病や肥満による心筋梗塞や脳梗塞などの重い心血管疾患を発症するリスクが高まり、ひいては寿命を縮めてしまう恐れもあります。

心臓や脳の血管に打撃自分の座位時間を知ろう

がんについては、近年の日本での大規模研究で、テレビ視聴時間と肺がんの発生率、肝がんの死亡リスクなどに明確な関係があることが示されました。さらに海外の研究で、座る時間が長いと結腸がん、子宮内膜がん、乳がんの発症リスクが高まるとの報告もあります。
肥満と2型糖尿病については「座りすぎ」の影響は明白です。たとえば、テレビ視聴に伴う座位時間の長さと発症リスクはきれいに比例しています。肥満や糖尿病によって血管の動脈硬化が進むと、心臓や脳の血管が詰まり心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしやすくなります。
注意しなければならないのは、健康への影響を調べる際の「座位行動」とは、椅子にきちんと腰かけた状態だけを指すのではなく、臥位がい(寝そべった状態)や半臥位(座位と臥位の間の状態)を含み、1.5メッツ以下のすべての覚醒行動と定義されていることです(メッツは身体活動の強さの単位。座って安静にしている状態が1メッツ、ふつうの歩行が3メッツ)。ソファでくつろぐ、座ってテレビを視聴する、ベッドに寝転がってスマホを見る……といった行動も、すべて座位時間にカウントされます。
まずは、実際に自分の「座位時間」を計算してみてはいかがでしょうか。そのうえで、左のグラフなどから病気のリスクを推し量り、行動の改善につなげていくことが大切です。
なお、これまでに蓄積されたデータから、1日の総座位時間が8時間を超えると死亡リスクが高まるというのが、多くの研究者による最近の一致した見解のようです。

座る時間が10 年後の歩く速さを決める

「座りすぎ」が病気を引き起こす仕組みについても研究が続いています。
私たちの筋肉の中には、血液中のブドウ糖を筋細胞に取り込む〝輸送体〟の役割をする「GLUT4」というたんぱく質があります。筋肉を動かせば、このGLUT4が活性化して血糖値を下げてくれますが、座ってじっとしていると、全身の筋肉の70%を占める下半身の筋肉がまったく収縮せず、血糖値を下げるのが難しくなります。また、同じ論理で、脂肪を分解する酵素(リポタンパクリパーゼ)の働きも低下します。その結果、肥満や糖尿病、脂質異常症などを引き起こし、動脈硬化を経て心臓や脳の重大な病気につながると考えられています。
さらに、座った姿勢は足の血管を圧迫します。下半身の血液を心臓に送り返す働きをすることから〝第二の心臓〟と呼ばれるふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)も動きません。血流が悪化して高血圧を招き、やはり血管にダメージを与えます。
もう1つ、「座りすぎ」の弊害として警戒しなくてはならないのが、老化の加速です。コロナ禍では、加齢によって心身が衰える「フレイル(虚弱)」が進行してしまうのではないかと心配されています。フレイルとは日本老年医学会が2014年に提唱した概念で、言い換えれば要介護の手前の状態です。
2020年に始まった75歳以上が対象のフレイル健診では、体重の減少や認知機能の低下などとともに、重要な評価基準の1つとなっているのが「歩く速度の低下」です。テレビ視聴時間の調査(下グラフ)では、テレビ視聴に伴う座りすぎが歩く速さを左右していることを示しています。「座りす ぎ」によるフレイルのリスクを放置すれば、健康寿命(自立した生活ができる期間)を大きく縮めることにもなりかねないのです。

ゆっくり歩きでも効果とにかく足の筋肉を使う

「座りすぎ」による健康リスクを減らすには、「立つ習慣」を身につけることです。まずは「30分に1回は立ち上がり、2~3分ほど歩き回ったり、体を動かしたりする」を目標にしましょう。仕事の都合などで「30 分ごと」が難しければ「最低でも1時間に1回、立ち上がって5分ほど動く」でもよいでしょう。この程度のペースでも血糖値や血圧、中性脂肪の数値が改善することが複数の研究で実証されています。しかも、ゆっくり歩く程度の運動でも、早歩きのような中強度の運動と変わらない効果があったのです。
ポイントは足の筋肉、特に太もも前側の筋肉(大腿四頭筋)とふくらはぎの筋肉をしっかり動かすことです。前述のように、それによって糖代謝や脂肪の分解が促され、血流の改善も期待できます。かかと上げ運動とスロー・スクワット(下図)は立ったついでや、歩き回るのが難しいときに気軽にできる運動です。フレイル対策にもなるので「一石二鳥」です。
会議中、バスや飛行機で移動中などのために立ち上がれないときには、座ったままできる足の体操もおすすめです(下図)。片足上げ運動は、つま先を上に向けてピンと立てると効果が高まります。
これらの運動は「1日に何セット」などと決める必要はありません。やりすぎるとひざを痛める恐れもあります。トイレに立ったついでや洗面台の鏡の前に立ったついでに行うなど、日常生活に無理なく取り入れていくのがコツです。
平日は座りっぱなしだけど、休日にジム通いやジョギングをしているから大丈夫――そう思っている人も要注意です。というのも、「座りすぎ」による死亡リスクの上昇を「運動」によって帳消しにするのはとても大変だからです。たとえば中強度の身体活動(早歩きのウオーキングなど)を毎日60 ~75分行う必要があります。もちろん週末の運動は健康のためによいことですが、これまで紹介した「座りすぎ」のリスクを回避するには、こまめに立って座位時間をなるべく減らすのが近道でしょう。カギは活動の「強さ」よりも「頻度」なのです。
慣れないうちはうっかり立つのを忘れたり、おっくうになったりしがちです。だからこそ、立ち上がる「きっかけ」をできるだけ多くつくる工夫( 下記イラスト)がだいじです。
立ったまま仕事ができるスタンディングデスクを導入する企業も増えています。こうした環境づくりから始めてみるのもよいかもしれません。

ライター 平野 幸治

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