目の症状がなくても楽観は禁物『糖尿病網膜症』

目の症状がなくても楽観は禁物『糖尿病網膜症』

糖尿病網膜症は糖尿病の3大合併症の1つです。かなり進行するまで自覚症状が現れないことが多く、視覚障害の原因疾患の第3位になっています。人が五感から得る情報の8割は視覚が担っており、視覚が障害されるとQOL(生活の質)が著しく低下します。糖尿病と診断されたら直ちに眼科を受診し、その後は定期的に検査を受けましょう。そうすることで発症予防や早期発見が可能になり、視覚機能を守ることにつながります。

監修

信州大学医学部眼科学教室 教授

村田 敏規 先生 (むらた・としのり)

1986 年、九州大学医学部卒業。
南カリフォルニア大学、ハーバード大学(いずれも米国)への留学などをはさみ、1999 年、九州大学医学部眼科助手、2004 年、同講師。同年12 月より現職。
日本糖尿病眼学会理事長で、「糖尿病網膜症診療ガイドライン(第1 版)」(2020 年)の編集委員を務めた。
日本眼科学会評議員、日本糖尿病合併症学会評議員、日本網膜硝子体学会理事。

糖尿病と診断されたら直ちに眼科受診が鉄則

網膜症とは、ものを見るために重要な役割を果たしている網膜という組織が何らかの理由で傷ついて、機能が損なわれる病気です。原因はさまざまですが、糖尿病に起因するものを糖尿病網膜症といいます。
糖尿病網膜症は糖尿病の3大合併症の1つで、進行すると重度の視覚障害を起こします。2015年に新たに障害者手帳を交付された視覚障害者の原因疾患を調べた研究では、糖尿病網膜症が全体の12.8%を占め、第3位でした(下グラフ)。
糖尿病網膜症は多くの場合、進行するまで自覚症状が現れません。そのため、視力が落ちたと感じて眼科を受診したときには、すでに失明寸前だったというケースも見られます。
また、この病気は、糖尿病になってからの期間が長いほど重症化するリスクが高くなります。一般に、糖尿病になって10~15年ほどで発症するといわれていますが、早い人は数年で発症するなど、個人差があります。しかも、糖尿病は発症時期を特定することが難しい病気です。
そのため、鉄則は「糖尿病と診断されたら直ちに眼科を受診する」こと。その時点で網膜症がなくても、年1回は眼科で検査を受けましょう。
基本となる検査は、一般の健診でも実施される眼底検査です。専用の機器を使って網膜を観察します。異常が疑われたり診断が難しかったりする場合は、腕の静脈から蛍光造影剤を注射して眼底を詳しく調べる蛍光眼底造影検査が行われます。近年は、体にほとんど負担をかけずに網膜断面図を描出し、さらに網膜血管を造影できる光干渉断層計(OCT)による検査もよく行われています。

網膜の血管が詰まり初期でも視力障害が

網膜は目の奥(眼底)にある薄い神経の膜です。目をカメラにたとえたとき、レンズに当たるのが角膜と水晶体、絞りに当たるのが虹彩で、網膜はフィルムに相当します(下図)。
網膜には光や色を感じる視細胞が敷き詰められています。なかでも中心部は視細胞が集中し、ものを見るうえで最も重要な場所です。ここを黄斑といいます。黄斑が障害されると視力が低下しますが、黄斑に病変が及ぶかどうかは進行度とは関係ありません。つまり、初期でも視力障害を起こすことがあるのです(黄斑浮腫など)。
糖尿病は血液中のブドウ糖が過剰になり、それによって全身の血管が傷つけられる病気です。血管が「糖でさびる」とイメージすればよいでしょう。その結果、動脈硬化が進行し、血流が悪くなったり血管が詰まったりして心筋梗塞や脳梗塞の原因になります。網膜は細い血管が張り巡らされている組織で、網膜の血管でも同じことが起こります。それが糖尿病網膜症です。

進行度により3段階に分類される

糖尿病網膜症は進行度によって3段階に分類されます(下表)。
●単純網膜症
網膜内の血管から水がもれるようになった段階です。網膜には、血管から血液がもれる点状・斑状はんじょう出血、血液中のたんぱく質や脂質が染み出した硬性白斑こうせいはくはん、血管の一部がこぶのように膨れる毛細血管りゅう、血管から染み出した血液成分が網膜内にたまってむくむ網膜浮腫などがみられます。
通常は自覚症状はありませんが、網膜浮腫が黄斑部に生じる黄斑浮腫があると、目がかすんだり、ものがゆがんで見えたりして視力が低下します。
●増殖前網膜症
血管が詰まって血液が流れない虚血状態が、網膜の一部に生じている段階です。詰まった場所から先にある視細胞や血管に酸素や栄養が供給されなくなるため、次の段階では、新たな供給路として新生血管と呼ばれる異常な血管がつくられますが、その準備が始まります。網膜では、虚血部分の細胞が変化してシミのように見える軟性白斑静脈の拡張などがみられます。
自覚症状は、黄斑浮腫がある場合を除き、原則としてありません。
●増殖網膜症
虚血部分に酸素や栄養を供給しようとして、新生血管が伸びてくる段階です。新生血管は網膜には伸びず、血管は不要な硝子体の中に伸びてきます。この新生血管は非常にもろいため、破れて硝子体の中に出血することがあります(硝子体出血)。
さらに進行すると、網膜の表面に新生血管が伸びていくための足場になる増殖膜という薄い膜がつくられます。増殖膜は網膜と硝子体の癒着を強めるため、網膜が引っ張られて網膜剥離を起こしやすくなります。
新生血管ができただけでは自覚症状はありませんが、種々の要因が加わることで視力が低下します。たとえば、硝子体出血が起きると、視野にゴミのようなものが見える飛蚊症の原因となります。出血量が多い場合や網膜剥離が起こった場合は、急に視力が低下し、ほとんど見えない状態になります。

血糖管理を基本に眼科的治療を併用

糖尿病網膜症の治療法は多様ですが、2020年、日本糖尿病眼学会から「糖尿病網膜症診療ガイドライン(第1版)」が出され、一定の基準が示されました。その主な治療法を紹介します。
●どの段階にも必要な治療の基本
・血糖コントロール
糖尿病治療のベースは、食生活の適正化や運動の習慣づけ、禁煙といった生活習慣の改善と薬物療法です。糖尿病の主治医の指示に従い、HbA1c(測定前1~2か月の平均的な血糖値がわかる指標)を7.0%未満に維持します。高血圧や脂質異常も血管を傷めるため、その治療も必要です。
黄斑浮腫のない単純網膜症ではこうした全身治療で進行を防ぎます。軽度な単純網膜症であれば、これだけで網膜の状態が改善することもあります。
●黄斑浮腫がある単純網膜症と増殖前網膜症
速やかに眼科的な治療を行い、視力低下を防ぎます。その方法には、レーザー治療と硝子体内注射があります。
・網膜光凝固術(レーザー治療)
視力低下を起こす硝子体出血や網膜剥離は、新生血管が原因で起こります。そこで、新生血管ができるのを防いだり、できた新生血管を減らしたりする ために、網膜にレーザーを照射して焼き固めます。増殖前網膜症の段階で行って、増殖網膜症に進行させないことが、失明予防にきわめて有効です。こ の治療は進行を抑えるだけで、視力を改善する効果はありません。黄斑浮腫に対しては、黄斑の中心部を避けて毛細血管の瘤に低出力のレーザーを照射 し、焼き固めて水もれを防ぐ毛細血管瘤直接光凝固が行われます。
・硝子体内注射
黄斑浮腫に対する治療法です。新生血管が伸びる原因であると同時に、黄斑浮腫の原因ともなる増殖因子(VEGF)を抑える抗VEGF薬を、硝子体内に注射で投与します(抗VEGF療法)。視力を回復する効果が報告されていますが、何年にもわたって繰り返し注射が必要で、薬も高価なのが欠点です。副腎皮質ステロイド薬を硝子体内に注射する方法もあります(ステロイド療法)。網膜浮腫の改善効果が認められていますが、眼圧上昇や白内障などの合併症のリスクがあります。長期にわたる投与も困難です。
●増殖網膜症
・網膜光凝固術(レーザー治療)
新生血管があれば、原則として速やかに行われます。視力に大きくかかわる細胞が分布する黄斑部を除いて、広い範囲にレーザーを照射します。
・硝子体手術
硝子体出血や網膜剥離がある場合に行われます。硝子体は眼球の大部分を占めるゼリー状の組織です。手術では、硝子体内の出血部分や増殖膜を切除し て取り除き、人工の液体に置き換えます。そのあとに網膜光凝固術を行って、網膜剥離を防ぎ、VEGFの産生を抑えて病勢を低下させます。
糖尿病網膜症では、徐々に視力が落ちていくケースも、急激に低下するケースもあります。これまでの経験から「見えにくくなったら眼鏡をつくればいい」と思いがちですが、糖尿病網膜症は眼鏡をかけても見えるようにはなりません。網膜はフィルムなので、そこが損傷すると何も写らなくなるのです。
糖尿病網膜症は刻々と進行します。半年も放置すれば、視力が戻らなくなる危険性があります。しかし、早期に治療を始めれば回復する可能性があるため、見えにくいと感じたらすぐに眼科を受診しましょう。

ライター 竹本 和代

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