抗悪性腫瘍薬パクリタキセル

抗悪性腫瘍薬パクリタキセル

 私たちがいつも使用しているくすりはどのように誕生したのでしょうか。また、どうやって実用化が進んだのでしょうか。このコーナーでは、くすりにまつわるさまざまなエピソードをご紹介します。

監修

明治薬科大学 名誉教授

小山 清隆 先生 (こやま・きよたか)

1979 年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。湧永製薬中央研究所、明治薬科大学 助教授、同教授を経て、2015年より副学長。専門は生薬学、天然物化学。

天然物由来化合物まで 大規模スクリーニング

 今回は、抗悪性腫瘍薬のタキソール(一般名:パクリタキセル)について取り上げてみましょう。タキソールは肺がん、子宮体がん、乳がん、卵巣がん、胃がんなど、多くのがん治療に効果を上げているくすりです。
 アメリカの国立がん研究所(NCI)が1955年に設立した国立がん化学療養サービスセンター(Cancer ChemotherapyNational Service Center、CCNSC)では、外部機関や企業が提供した化合物の抗悪性腫瘍活性の試験(スクリーニング)を行っていました。その際、合成された化合物だけでなく、天然物由来化合物や植物抽出エキスの抗悪性腫瘍活性のスクリーニングも実施していました。
 この大規模スクリーニングにおいて、北米に自生するタイヘイヨウイチイ(Taxus brevifolia)の樹皮抽出物が抗悪性腫瘍活性を示すことがわかりました(1964年5月)。タイヘイヨウイチイはイチイ科に属する生長の遅い灌木です。その樹皮から1966年9月に抗悪性腫瘍活性物質が単離(※1) されました。この有効成分は1967年6月にタキソールと命名され、1971年には、その複雑な化学構造が解明されました。

※1 単離とは、混合している状態から純粋な物質を取り出すこと 

原料確保が困難 類縁体など用いて生産へ

 1984年4月にアメリカで第Ⅰ相臨床試験が開始され、1年後には第Ⅱ相臨床試験の開始が決定されました。しかし、臨床試験の実施には莫大なタイヘイヨウイチイの樹皮が必要であったため、開始は1986年末になってしまいました。最初の第Ⅱ相臨床試験の結果(1988年5月)、悪性黒色 腫患者への有効性と難治性卵巣がん患者への治療効果が明らかになりました。ただし、全米の卵巣がんおよび悪性黒色腫の患者を治療するためには、年間36万本のタイヘイヨウイチイが必要であると試算され、種の保存の観点から大きな問題となりました。
 そこでNCIは、製薬会社との共同開発を行うことを決定、最終的にブリストル・マイヤーズ スクイブ社が新薬承認申請資料を提出し、1992年末に承認されました。その際、ブリストル・マイヤーズ スクイブ社はタキソールという名称で商標登録申請していたため、国際一般名はパクリタキセルと命名されました。
 タキソールは、1993年に初めて全合成(※2) されましたが、問題は原料確保でした。
 現在では、欧米で広く栽培され、生長が早いセイヨウイチイ(Taxus baccata)の葉や枝からタキソール同様タキサン骨格を有する類縁体バッカチンⅢという化合物を取り出し、これを原料としてタキソールを半合成しています。タキサン骨格を有する類縁体は、そのほかにも数多く報告されています。さらに、セイヨウイチイの培養細胞を用いたタキソールや類縁体の生産研究も行われています。
 一方、タイヘイヨウイチイの内皮から単離された真菌の一種Taxomyces andreanae が、植物体内でタキソール生合成に関与しているらしいとの報告から、この真菌の培養研究が行われていますが、タキソールおよび関連化合物の生産量は非常に少ないようです。
 また、ヒマラヤイチイ(Taxus wallichiana)の内皮から単離した真菌Pestalotiposis microspora の培養物からはTaxomyces adreanae の培養物よりやや多い生産量が報告されています。
 将来はタキソールが植物や微生物の培養物から生産可能になることが期待されます。なお、タキソールの構造の一部を変えて水溶性を改善したタキソール類縁体のドセタキセル(一般名)も、胃がん、子宮体がん、食道がんなどの治療に臨床的に用いられています。

※2 全合成とは、有機化合物を人工的に合成し化学的な合成物をつくること

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