生活習慣病、がん、肝臓病発症にも影響『慢性炎症』

生活習慣病、がん、肝臓病発症にも影響『慢性炎症』

 生活習慣病、がん、肝炎・肝硬変、認知症など、現代人に多い病気の数々には、実は共通の基盤となる病態があることがわかってきました。それが「慢性炎症」です。本来、体を守るための反応である炎症が静かに続いて、臓器や組織を侵しています。慢性炎症の発症には中高年に多い「隠れ肥満」もかかわって います。ホットな研究対象となっている慢性炎症。その実像を知り、未然に防ぐための生活改善を実践しましょう。

監修

九州大学大学院医学研究院 病態制御内科学(第三内科)教授

小川 佳宏 先生 (おがわ・よしひろ)

1987 年、京都大学医学部卒業。1993 年、同大学大学院医学研究科修了。日本学術振興会特別研究員、東京医科歯科大学難治疾患研究所教授、同大学大学院医歯学総合研究科教授などを経て、2016 年から現職。日本内分泌学会副代表理事、日本肥満学会常務理事、日本糖尿病学会評議員。専門はホルモンの病気、メタボリックシンドローム、糖尿病。第16 回(2017 年度)杉田玄白賞、2019 年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞。著書に『日本人なら知っておきたい「異所性脂肪」の恐怖』(ワニブックスPLUS 新書)など。

自覚症状ないまま 臓器の機能が低下

 炎症は、さまざまなストレス(体の内外からの刺激によって生じる緊張状態)に対する防御反応です。
 細菌・ウイルスの侵入やけが、やけどなどによって起こる急性炎症では、すぐさま免疫システムが作動し、異物の排除や傷ついた組織の修復がなされて、比較的短時間で回復へと向かいます。その際、典型的な症状として四徴(発熱、発赤、疼痛、腫脹)が現れることは、私たちが日常で経験している通りです。
 これに対して、軽い炎症がいつまでも収束せず、くすぶり続けるのが慢性炎症です。その多くは、感染や外傷ではなく内臓や組織の異常に端を発し、そこからじわじわと全身に「飛び火」すると考えられています。急性炎症と違って、自覚症状はほとんどありません。
 私たちの体を安定した状態に保つための大切な反応である炎症が、慢性化すると健康に悪影響を及ぼすのはなぜでしょうか。
 ある場所で炎症が起こると、その部分の細胞から、炎症を促進する炎症性サイトカインという物質が放出され、白血球などの免疫システムが働き始めます。しかし炎症が慢性化すると、炎症性サイトカインが必要以上につくられ、免疫システムが過剰に反応して正常な細胞や組織まで傷つけてしまいます。さらに、組織が修復・再生(リモデリング)されるプロセスも異常をきたし、線維化という現象が起こって臓器は機能不全に陥るのです。

内臓脂肪から炎症性物質 動脈硬化や肝臓病を加速

 慢性炎症が悪さをする例として、動脈硬化をみてみましょう。
 きっかけは肥満です。運動不足や食べ過ぎにより、内臓脂肪が過剰に蓄積されると、耐えきれなくなった脂肪組織が慢性炎症を起こし、炎症性サイトカインを大量に分泌します。この炎症性サイトカインが血流を介して血管壁にも炎症を起こし、プラーク(コレステロールなどのかゆ状の塊)の形成にもかかわって動脈硬化を進行させます。プラークの膜が破れると血栓ができて血管を詰まらせ、命にかかわる心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしてしまうのです。
 肝臓の病気にも、慢性炎症がかかわっています。ウイルス性の肝がんは治療薬の進歩などで減ってきていますが、代わって増えているのが非アルコール性脂肪肝炎(NASH)由来の肝がんです。NASHは代表的な慢性炎症性疾患です。肥満が進んで内臓脂肪としてためきれなくなった脂肪は、肝臓に運ばれて脂肪肝となり、NASHを経て致命的な肝硬変・肝がんにつながります。
 生活習慣病、たとえば糖尿病と慢性炎症との関係についても解明が進んでいます。慢性炎症状態の内臓脂肪組織から分泌された炎症性サイトカインが、全身の臓器でインスリン抵抗性(血糖値を正常範囲に保つ働きをするインスリンの効きが悪くなる状態)を高めることが明らかになっています。
 ほかにも慢性炎症が関係する病気として、がん(大腸がん、食道がん、肺がんなど)、慢性腎臓病(CKD)、関節リウマチ、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、アルツハイマー型認知症、うつ病などがあります。肥満が新型コロナウイルス感染症の重症化リスクの1つとされていることの背景にも、慢性炎症があると考えられています。

老化や喫煙も原因に 女性は閉経後に注意

 では、なぜ慢性炎症が起こってしまうのでしょうか。
 すでに述べたように、内臓脂肪型の肥満が「引き金」の1つになっています。そもそも腹腔内に蓄積する内臓脂肪は、胃や腸を守るバリアの役割もあるため、皮下脂肪よりも免疫系の細胞が多く、炎症を起こしやすいという特徴があります。この内臓細胞に起こった慢性炎症が「火ダネ」となって、炎症が全身に波及すると考えられています。
 内臓脂肪型肥満は、おなかがぽっこり膨らんでいるのでりんご型肥満とも呼ばれますが、実際にはBMI〔体格指数、体重(㎏)÷身長(m)÷身長(m)〕25未満の標準的な体重でも内臓脂肪が蓄積している(いわゆる隠れ肥満)ことがあり、注意が必要です。メタボリックシンドロームの診断基準である腹囲(へその高さで測る)男性85㎝以上、女性90 ㎝ 以上が目安となります。
 加齢(老化)も影響しています。年をとれば臓器の機能や免疫力が異常をきたすのは避けられません。老化したり死滅したりした細胞が正常に処理されずに残り、炎症の収束を妨げていると考えられています。
 このほかに喫煙、お酒の飲み過ぎ、昼夜逆転など生活リズムの乱れ、メンタルストレスなども、個人差はあるものの慢性炎症のリスクとされています。
 ちなみに閉経前の女性は、女性ホルモンの働きにより悪玉コレステロールが抑えられ、男性に比べ動脈硬化のリスクが低いことが知られており、慢性炎症が起こりにくい傾向があります。

早めの治療で拡大防止 運動と規則正しい食事を

 慢性炎症が起こっているかどうかは、血液検査でCRPの値を測定して調べることができます(19ページ「臨床検査かわら版」)。通常のCRP検査の100倍以上の感度がある高感度CRP検査であれば慢性炎症レベルの微弱な炎症も測定できるため、動脈硬化のリスク判定などに使われています。とはいえ、この検査だけでは、どの臓器に炎症があるかまではわかりません。
 また、慢性炎症そのものを治す特効薬はありません。そもそも炎症は生体に備わった防御システムであり、むやみに抑制すべきものではありません。私たちにできるのは、すでに病気を発症していたり、健康診断で臓器の異常が見つかったりした場合には、慢性炎症がほかの臓器に広がらないように、早めに治療を受けることです。また、予防のために生活習慣を改善することです。
 慢性炎症予防の基本は、生活習慣病予防と同じく運動と食事です。
 運動で最も大事なのは、運動の種類ではなく、続けることです。三日坊主に終わってしまっては、どんな運動も効果はありません。たとえば、仕事に追われ、外を歩けるのは通勤時間しかないという人は、歩く速度を上げたり、隣の駅まで歩いたりしてもよいでしょう。ウオーキングや軽いジョギングは、慢性炎症の温床となる内臓脂肪を燃やすのに適した有酸素運動です。
 同時にレジスタンス運動(筋肉に繰り返し負荷をかける運動)も欠かせません。慢性炎症はサルコペニア(加齢に伴う筋肉量や筋力の低下)の原因の1つで、サルコペニアの進行を遅らせるためにも、ダンベル体操やかかと上げ運動などを、少しずつでも実践してみましょう(痛みや違和感があったらすぐにやめる)。
 食事は、三食を規則正しくとることを心がけます。間食をしたり、食事の時間が乱れたりすると、血糖値が下がらない状態が続き、インスリンを分泌する膵臓へのストレスが増大します。平凡ですが5大栄養素(たんぱく質、炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラル)をバランスよくとることが大切です。

適正体重の維持がカギ ストレス軽減の工夫も

 肥満対策は、慢性炎症を予防するためのカギとなります。日本肥満学会が定めた基準では、BMI18.5未満は「やせ」、18.5〜25未満が「普通」、25以上が「肥満」とされています。適正体重の維持に努めることは非常に重要です。
 ただし、先に述べた隠れ肥満は警戒を要します。中高年になると、体重は変わらなくても、筋肉量が減って内臓脂肪が増えていた……ということも珍しくありません。数値だけにとらわれず、運動や食事にも気を配りましょう。
 特に高齢者については、やせようとして栄養バランスを欠いた食事を続けていると、サルコペニアやフレイル(加齢により心身の活力が低下した状態)を進行させてしまう恐れもあります。医師から減量を指示されている場合などを除けば、多少ぽっちゃりしていても、あまり気にしなくてよいでしょう。
 禁煙規則正しい生活、さらには山登りや美術鑑賞など思い思いの趣味を楽しむことがストレス軽減につながるのは言うまでもありません。
 慢性炎症の研究がさらに進めば、未然に防いだり、早めに対処して多くの生活習慣病や加齢に伴う病気を効果的に治療できたりする日が訪れるかもしれません。それまでは健康診断などで見つかった異常を放置せず、生活の改善に取り組み、ストレスに負けない体づくりに励みましょう。

ライター 平野 幸治

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