動脈硬化の促進や膝痛にもつながる『肥満症』
世界的に肥満症が増加しています。世界肥満連合は、対策を講じなければ、2035年までに世界人口の半数が肥満になると警告しています。日本でも20歳以上の男性の3割、女性の2割が肥満です。特に40代〜50代の男性は約4割が肥満で、治療が必要な肥満症の人も少なくありません。これまで使えなかった肥満症の治療薬が日本でも使えるようになり新たな選択肢が増えています。肥満症とその予備群の治療について知っておきましょう。
日本肥満学会理事長、千葉大学学長
横手 幸太郎 先生 (よこて・こうたろう)
1988 年、千葉大学医学部卒業。1996 年、スウェーデン国立ウプサラ大学大学院博士課程修了。1998 年、千葉大学大学院博士課程修了(医学博士)。スウェーデン・ルードウィック癌研究所客員研究員、千葉大学講師などを経て、2009 年より同大学大学院細胞治療内科学講座(旧第二内科)教授、2019 年、研究領域名変更に伴い内分泌代謝・血液・老年内科学教授。2024 年4月から千葉大学学長。2021 年より日本肥満学会理事長。専門は内科学、脂質異常症、糖尿病、早老症など。
健康障害が生じている 肥満症は減量、治療を
肥満とは、体内の脂肪組織に過剰に脂肪が蓄積した状態です。日本では、身長と体重から算出するBMI〔体重
(kg)÷身長(m )÷身長(m )〕が25以上を肥満、35以上を高度肥満と定義しています。ただし、肥満だからといってすべての人に減量が必要なわけではありません。
医学的に減量や治療が必要とされる肥満症とは、BMI 25以上で、なおかつ2型糖尿病などの耐糖能障害、脂質異常症、高血圧症、睡眠時無呼吸症候群、運動器疾患などの健康障害が生じている人です(下図表)。また、BMIの数値とは関係なく、腹囲が女性90㎝ 以上、男性85㎝ 以上で、血圧、空腹時血糖、中性脂肪かHDLコレステロールの数値が2つ以上基準値を超えている場合には、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)と診断されます(下図表)。
肥満症の診断基準となる健康障害以外にも、肥満になると、大腸がん、食道がん、子宮体がん、乳がん、肝臓がん、胆石症、静脈血栓症・肺塞栓症、胃食道逆流症などの発症リスクが高まります。内臓に脂肪がたまり過ぎると、さまざまな病気のもとになってしまうのです。内臓に蓄積された脂肪からは、脂肪酸やTNFアルファ、パイ・ワンなどの悪玉物質が大量に分泌されるようになり、糖尿病を発症させたり動脈硬化を進行させたりします。脂肪は動脈硬化を防ぐアディポネクチンなどの
善玉物質も分泌していますが、内臓脂肪が蓄積すると悪玉物質が増えて善玉物質が減少します。すると、その悪玉物質を退治するために、免疫機能を担う白血球が集まってきて炎症が起こり、さまざまな病気を引き起こしてしまいます。
肥満や糖尿病の人が新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいとされるのは、もともと体の中で炎症が起こっているところに、さらにウイルスを排除しようとして免疫機構が暴走し、火事のような炎症が生じるからです。
食事と運動習慣の見直しが治療の基本
肥満症と診断された場合には、まずは食事と運動習慣を見直し、内臓脂肪と体重を減らすようにします。
食事療法のポイントは、米飯、パン、麺類などの炭水化物をいつもより少し減らし、揚げ物などは控えて摂取カロリーを抑えつつ、バランスのよい食事を心がけることです。魚、肉、卵、乳製品などの良質なたんぱく質、脂質、ミネラルやビタミンを多く含む野菜などをしっかり取りましょう。
食べ物をよく噛むようにすると、過食を防げます。甘い物や間食、飲酒を控え、夜8時以降は食べないようにすることも大切です。
また、1日30分以上、ウオーキングやジョギング、水泳などを組み合わせた有酸素運動を週3回以上行うと、脂肪が燃焼しやすくなります。肥満になると動くのがおっくうになりがちですが、座っている時間を減らし、こまめに体を動かしましょう。
また、筋肉を増やすと代謝が上がり、体重が減りやすくなります。1日10回、週3回のスクワットなど、筋力トレーニングと有酸素運動を組み合わせると効果的です。膝や腰に痛みがある人は、どのような運動をしたらよいか、整形外科医や理学療法士などに相談しましょう。
食事や運動習慣を見直し、体重を3%以上減らすと、血圧、中性脂肪、血糖値、LDLコレステロール、肝機能を表すASTやALT、尿酸値などの数値が改善します。体重80㎏の人であれば、2・4㎏ 減らすだけでも効果があります。健康障害を予防するためにも、まずは、体重を3%減らすことを目指しましょう。
注射薬や胃を小さくする手術の選択肢も
2型糖尿病、脂質異常症、高血圧症のいずれかの診断を受け、BMI27以上で肥満による健康障害が2つ以上あるか、BMI35以上の高度肥満症で食事療法・運動療法では十分な効果が得られないときには、注射薬のセマグルチドによる治療も考慮されます。セマグルチドは、もともと糖尿病の治療薬として用いられているGLP‒1受容体作動薬で、新たな臨床試験を経て、日本で初めて肥満症の治療薬として認められた薬です。この薬を週1回注射すると、食事の量を減らしても満腹感が高まり、カロリー摂取量を抑えられます。生活習慣の改善とセマグルチドの投与により、体重が平均約10%減少すると報告されています。ただし、吐き気やおう吐、下痢、便秘、食欲減退などの副作用があるので注意しましょう。
BMI32・5以上で健康障害があり、食事療法や運動による減量、薬による治療で改善しない場合には、胃の一部を切除するスリーブ状胃切除術が選択肢になります。腹腔鏡手術によって胃の一部を切り取り、細長い筒のように小さくする手術です。
6か月以上の内科的治療で十分な効果が得られなかった場合、以下の条件が、この手術の保険適応の対象となります。
①BMI35以上で、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群または非アルコール性脂肪性肝疾患のうち1つ以上を合併している人。
②BMI32・5〜34・9で、前記のうち2つ以上の健康障害がある人。
スリーブ状胃切除術によって胃が小さくなると、食欲が抑えられて摂取エネルギーが減り、体重が平均30%程度減少します。糖尿病でこの手術を受けた人の中には、体重の減少によって血糖値が改善し、薬による治療の必要がなくなる人もいるくらいです。
肥満症予備群は市販薬で体重減少も
肥満症ではないけれども、腹囲が女性90㎝ 以上、男性85㎝ 以上の内臓脂肪型肥満で、生活習慣の改善だけでは減量が難しい場合には、市販薬のオルリスタットを活用する方法があります。この薬は、購入時に所定の研修を受けた薬剤師から対面での説明を受ける必要がある要指導医薬品で、以下①〜③のすべてを満たした人のみが購入できます。
①18歳以上で腹囲が男性85㎝以上、女性90㎝以上。
②肥満症の診断基準にある健康障害を合併していない。
③初回購入前に3か月以上食事や運動など生活習慣改善の取り組みをしている。
この薬を服用するためには、購入の1か月前から生活習慣改善の記録が必要です。また継続購入する場合も食事の改善や運動の内容、体重の変化などの記録が必須となります。記録には製薬会社の専用アプリを活用してもよいでしょう。
オルリスタットは、脂肪分解酵素リパーゼの働きを阻害することで、食事で摂取した脂肪の約25%を便と一緒に排出する作用があります。効果が出始めるのは服用から4週間以降です。1年間(52週)服用することで内臓脂肪面積が平均21・5%、腹囲が平均4・9%減少したと報告されています。欧米では、1990年代から肥満を改善するために使われている薬です。
ただし、おならをしたときに脂や便が漏れるといったことや、下痢、腹痛、吐き気などの副作用が生じることがあります。脂や便が漏れるのは、脂肪分の多い食事を避けることで、ある程度抑えられます。消化器の症状は服用開始2週間以内に起こりやすく、次第に落ち着いてきます。心配であれば、外出する予定のない休日に服用をスタートさせたり、便漏れパッドを使ったりするとよいでしょう。副作用対策についても薬剤師に相談すると、嫌な思いをせずに服用を続けるヒントが得られる可能性があります。
安易な肥満批判は問題 健康のため改善を
肥満は遺伝的な要因や体質、社会的環境などともかかわっています。したがって、「肥満の人は自己管理が甘い」などというレッテルを貼られたり、いじめや批判の対象にされたりするのは問題です。そのような社会的スティグマ(差別や偏見の対象とされる属性)をなくすことが重要です。
肥満症の人は動脈硬化を起こしやすく、心筋梗塞や脳梗塞のリスクがあります。また、変形性膝関節症などの運動器障害から、将来的に寝たきりに近い状態になる懸念もあります。健康診断で肥満やメタボリックシンドロームを指摘されたら放置せず、かかりつけ医や保健師、肥満症専門医、肥満症生活習慣改善指導士などに相談しましょう。肥満症専門医のいる認定肥満症専門病院は、日本肥満学会のホームページ※ で調べられます。
ライター 福島 安紀
※ 一般社団法人日本肥満学会