自分や周囲の健康を守るために活用したい『大人のワクチン』
世界中で流行した新型コロナウイルス感染症対策では、新たなタイプのワクチンが注目されました。新型コロナワクチンのほかにも帯状疱疹、肺炎球菌、破傷風、はしかなど、18歳以上の大人が接種を検討したほうがよいワクチンはいろいろあります。ワクチンの種類によっては自己負担なしで接種できるものもありますが、対象年齢や期間が決められています。ワクチンの接種によって予防可能な病気を知っておきましょう。
医療法人メファ仁愛会 マイファミリークリニック蒲郡 理事長・院長
中山 久仁子 先生 (なかやま・くにこ)
藤田医科大学医学部医学科卒業。東京大学大学院医学研究科内科学生態防御感染症学専攻博士課程修了。ロンドン大学衛生熱帯医学部熱帯医学・国際保健学専攻 修士課程修了。東京大学医学部附属病院感染症内科、マラウイ共和国カムズ中央病院内科勤務、英国留学を経て、帰国後家庭医療研修プログラムを修了。2011 年より現職。家庭医療専門医、感染症専門医。日本プライマリ・ケア連合学会理事、感染症委員会委員長。予防接種推進専門協議会委員。予防接種ガイドライン等検討委員会委員なども務める。
抗体をつくって 病原体への感染を防ぐ
ワクチンは、免疫の仕組みを利用して特定の病原体(抗原)に対する抗体を体内につくり、その病原体が引き起こす感染症の発症や重症化を予防する医薬品です。抗体は、病原体と特異的に結びつき、体内に侵入した病原体を異物として攻撃したり、排除したりして感染を防ぎます。
現在あるワクチンの対象になっている病気は、発症すると重症になって命にかかわるか、重い後遺症が残るリスクが高い疾患です。はしか(麻しん)、ポリオ、日本脳炎など、ワクチンの普及によって病気の発症率や死亡率、後遺症が激減した病気は少なくありません。
感染症の予防に使われているワクチンは、製造方法や成分の違いから、主に生ワクチン、不活化ワクチン、トキソイド、mRNA(メッセンジャーRNA〔リボ核酸〕)ワクチンなどに分けられます。
最も歴史のある生ワクチンは、病原体となるウイルスや細菌を病原性がなくなるまで弱毒化したものを原材料としています。
不活化ワクチンは、感染力をなくした病原体や、病原体に似たたんぱく質を原材料につくられています。1回接種しただけでは免疫の獲得や維持が難しいため、一般的には複数回接種が必要になります。トキソイドは、病原体となる細菌がつくる毒素(トキシン)のみ取り出し、その毒性をなくしてつくられています。
mRNAワクチンは、新型コロナワクチンとして初めて実用化されました。このワクチンは、ウイルスたんぱくの合成に必要な遺伝情報であるmRNAを含み、その遺伝情報によってリンパ球の表面に特定の抗体がつくられ、ウイルスに対する免疫応答が開始するこ
とで、発症や重症化を防ぐ仕組みです。
高齢者に推奨される 肺炎球菌ワクチン
予防接種には、法律に基づいて市区町村が実施する定期接種と、希望者が各自で受ける任意接種があります(下表)。定期接種は該当年齢で接種すれば費用の全額あるいはその一部が公費でまかなわれます。
任意接種は全額自己負担が原則ですが、全額あるいはその一部を負担してくれる市区町村もあります。
高齢者の定期接種の対象になっているのが、新型コロナウイルスワクチン、インフルエンザワクチン、23価肺炎球菌ワクチンです。23価肺炎球菌ワクチンは、肺炎を引き起こす23種類の肺炎球菌への感染を防ぐワクチンです。すべての肺炎球菌が対象ではありませんが、重症化する肺炎を予防する効果があるので、定期接種の対象になる年齢で接種すべきワクチンの1つです。
このワクチンは2024年4月から制度が変更になり、その年度に65歳になる人のみ1回だけ定期接種の対象になりました。60~64歳で心臓や腎臓、呼吸器の機能に障害があり、日常生活が極度に制限される人なども1回だけ公費での接種が可能です。
また、15価の肺炎球菌ワクチンを接種してから1~4年後に23価肺炎球菌ワクチンを打つと予防効果が高まることがわかっています。任意接種で1回9000~1万2000円程度かかりますが、可能なら、23価肺炎球菌ワクチンの定期接種の1~4年前か後に15
価肺炎球菌ワクチンを接種すると効果的です。
肺炎球菌ワクチンは徐々に効果が低下するため、過去に23価ワクチンなどを1回でも接種した人は、かかりつけ医と相談のうえ、5年以上間隔をあけて再接種を検討してもよいでしょう。※1
インフルエンザと新型コロナウイルスのワクチンは、重症化が懸念される65 歳以上と60
~64歳で基礎疾患のある人に秋冬、定期接種がすすめられるワクチンです。2024年4月以降は新型コロナワクチンも定期接種となり、インフルエンザワクチンと同様、高齢者も一部の自己負担が必要になります。
年齢によって必要な 麻しん・風しんワクチン
風しんの予防接種を受ける機会のなかった1962年4月2日~1979年4月1日生まれの男性は、特例措置として風しんの抗体検査と、風しんワクチン、または麻しん・風しん(MR)ワクチンの定期予防接種を無料で受けられます。自治体から配布されたクーポン券で、まず風しんの抗体検査を受け、陰性であれば風しんワクチンまたはMRワクチンを、公費で1回接種できます。特例措置は2025年3月末で終了するので、該当年齢の男性は早めに抗体検査を受けましょう。
風しんは、妊娠中の女性がかかると、胎児が難聴、先天性心疾患、白内障、精神運動発達遅滞などを伴う先天性風しん症候群を発症することがあります。また、はしかは、感染力が非常に強く、脳炎や肺炎を合併すると命にかかわることがある病気です。
1972年10月1日~1990年4月1日生まれの人は、麻しんワクチンを1回しか接種しておらず、風しんと麻しんの免疫を十分に持っていない可能性があります。母子手帳に接種歴が2回ない人は2回目のワクチンを接種しましょう。1972年9月30日以前生まれで、はしかにかかったかどうかわからない場合には、抗体検査をして陰性ならワクチン接種をおすすめします。
自治体からの接種勧奨が再開したHPVワクチン
子宮頸がんをはじめとするヒトパピローマウイルス(HPV)が原因のがんで亡くなる人を減らす目的で開発されたのが、HPVワクチンです。日本では接種後に体の痛みや運動障害を中心とした多様な症状が報告され、積極的な勧奨が控えられた時期がありました。しかし、名古屋市で実施された大規模調査などでは、HPVワクチン接種者と非接種者とでは症状の出現率に差がなく、ワクチンとの因果関係が示されませんでした。それ以外にも多数の調査研究報告がなされ、HPVワクチンに重篤な副反応が多いわけではないことが証明されたため、自治体からの接種勧奨が再開しています。
HPVは性交渉で感染するウイルスであり、性経験前の接種が推奨されますが、性交渉歴があっても、まだ感染していない型のHPVへの予防効果が期待できます。現在日本で承認されているHPVワクチンは3種類あります。これから接種する人には、子宮頸がん
の原因の約90%を占める7種類のHPVへの感染を予防できる9価ワクチンがすすめられます。定期接種の対象は小学6年~高校1年相当の女性ですが、積極的勧奨が控えられていた時期にその年代だった1997年4月2日~2007年4月1日生まれの女性は、キャッチアップ接種として2025年3月まで公費での接種が受けられます。
15歳以上の人は3回接種ですが、1回目と3回目は5か月以上あける必要があるため、1回目の接種は遅くとも
9月中に受けましょう。
米国では26歳までの人全員に接種が推奨されています。男性も肛門がんや尖圭コンジローマ(性器や肛門などにできるイボ)を予防するために接種を検討するとよいでしょう。日本では4価ワクチンが男性にも接種できます。
帯状疱疹や破傷風の ワクチン接種も検討を
定期接種の対象にはなっていませんが、近年、多くの自治体が接種費用の一部を補助するようになってきているのが
水ぼうそうの感染歴がない人は帯状疱疹にはなりませんが、水痘ワクチンを打っていない場合は、今後の発症を防ぐために水痘ワクチンの接種を検討しましょう。大人が水ぼうそうになると重症化しやすく、髄膜炎や脳炎で死亡したり重い後遺症が残ったりする危険があります。おたふくかぜも、罹患歴がなければ予防接種が必要です。
1967年より前に生まれた人は、三種混合など破傷風含有ワクチンの定期接種がなかった世代です。破傷風トキソイドワクチンの3回接種がすすめられます。傷口に破傷風菌が入り込んで毒素を放出し破傷風を発症すると筋肉のけいれんやこわばりを引き起こし、致死率は約30%です。特に、ガーデニングや畑仕事で土に触れたり、災害の被災地で活動したりする人は、破傷風の予防接種を受けましょう。三種混合ワクチンなど破傷風予防効果のあるワクチンの最後の接種から10 年経っている人も追加接種が必要です。
ワクチン接種の記録は 大切に保管
ワクチンもほかの医薬品と同様、副反応が起こるリスクはゼロではありません。接種を検討する際には、予防できる病気と起こる可能性のある副反応を知っておくことが大切です。局所の痛みや発赤、発熱などはよくある副反応ですが、重篤な副反応が生じたときや4日以上症状が続くときには、接種した医療機関を受診してください。ワクチン接種と健康被害との間に因果関係が認められると、健康被害に対する救済給付を行う制度もあります。
ワクチンの接種記録を残しておくことも重要です。自分の母子手帳があれば、そこに接種記録を追加したり、自治体などが配布している成人用のワクチン手帳 ※2 を活用したりしましょう。
海外では日本とは異なる感染症が流行していることがあるので、渡航前にかかりつけ医やトラベルクリニック ※3 を受診して、接種が必要なワクチンを確認する習慣をつけましょう。子どもだけではなく大人もワクチンを活用し ※4 、病気を予防することが大切です。
ライター 福島 安紀
※ 1 「 65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方」(第5 版2024 年4 月1 日)日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会ワクチンWG/ 日本感染症学会ワクチン委員会/ 日本ワクチン学会・合同委員会
※ 2 国立感染症研究所「成人用予防接種記録手帳」
※ 3 国内のトラベルクリニックのリストと取り扱いワクチンの情報は、日本渡航医学会のホームページで都道府県別に調べられます。各予防接種の実施機関は、厚生労働省検疫所のサイトでも検索できます。
※ 4 こどもとおとなのワクチンサイト(日本プライマリ・ケア連合学会)にも最新のワクチン情報を掲載。