排尿障害にもつながる『腰部脊柱管狭窄症』

排尿障害にもつながる『腰部脊柱管狭窄症』

 腰部脊柱管狭窄症は、腰部の脊椎にある脊柱管と呼ばれる部分が狭くなり、神経が圧迫されて下半身にしびれや痛みが生じる病気です。早い人では40代後半から発症し、加齢とともに有病率が上がります。現在では、全国で580万人がこの病気になっていると推計されます。進行すると、排尿障害や寝たきりにつながることもあるため、できるだけ早く、診断・治療を受けることが大切です。

監修

福島県立医科大学 医学部整形外科学講座 主任教授

紺野 愼一 先生 (こんの・しんいち)

1984 年、自治医科大学卒業。スウェーデン・ヨーテボリ大学整形外科留学、福島県立医科大学講師、准教授などを経て、2008 年より現職。福島県立医科大学副理事。2014 年より日本腰痛学会理事長。2019 年には国際腰椎学会会長を務める。日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会理事、日本整形外科学会理事。専門は整形外科学、腰椎変性疾患の病態解明と治療。著書に『あなたの腰痛が治りにくい本当の理由―科学的根拠に基づく最前線の治療と予防』(すばる舎)など。

馬尾型、神経根型、 混合型の3つに分類

 脊柱管は背骨、椎間板、関節、じん帯などに囲まれた、脊髄神経の通り道です。加齢などの影響で背骨が変形したり椎間板がふくらんだり、脊柱管の後ろ側にあるじん帯が厚くなったりすると脊柱管が狭くなり、神経が圧迫されて血流が低下し、腰部脊柱管狭窄症を発症します。高齢になるほど発症頻度が増え、70歳以上の3人に1人がこの病気を発症しているとみられます。
 腰部脊柱管狭窄症になると、歩いたときに足にしびれや痛みが生じるため、長く歩くことが難しくなります。最も特徴的な症状は、歩行と休息を繰り返すようになる間欠跛行かんけつはこうです。安静にしているときにはほとんど症状が出ないのですが、背筋を伸ばして歩いたり立ち続けたりすると、太ももやひざから下にしびれや痛みが生じます。少し前かがみになると症状が軽減するものの、しびれや痛みのために休み休みしか歩けなくなってしまうのです。
 この病気は、馬尾型神経根型、両方を併発している混合型の3つのタイプに分けられます(下図)。
 馬尾型は腰の部分の脊髄神経の束(馬尾)が圧迫されるタイプで、歩くと両足にしびれや痛みが生じます。馬尾が圧迫されると、馬尾と結合している仙骨の神経も障害され、おしりのまわりにしびれやほてりを感じることがあります。また、馬尾は膀胱の機能を調節しています。そのため、さらに症状が進むと、頻尿、尿失禁といった排尿障害が現れたり、男性では勃起不全になることもあります。
 まずは腰部脊柱管狭窄症の診断サポートツール(下表)で、セルフチェックしてみましょう。馬尾型の可能性がある場合には、早めに整形外科を受診することが大切です。
 神経根型は、馬尾から枝分かれした神経の根元が圧迫され、歩くと片方の太ももやひざから下の外側にしびれや痛みが生じるタイプです。
 また、馬尾と神経根が同時に圧迫される混合型になる人もいます。神経根型は、馬尾型に比べると進行はゆっくりですが、痛くて歩けないなど生活に支障が生じたら、やはり整形外科を受診しましょう。

末梢動脈疾患との 鑑別が重要

 腰部脊柱管狭窄症かどうかは、問診、触診、X線検査、MRI(磁気共鳴画像)検査、脊髄造影検査などの画像検査で診断します。脊髄造影検査では、腰椎から造影剤を注入してX線撮影を行い、神経のどの部分が圧迫されているかを評価します。
 なお、足のしびれや痛み、間欠跛行など、腰部脊柱管狭窄症と似た症状が生じる病気には、足の血管が狭くなったり詰まったりして血流が悪くなり、足に十分な血液が流れなくなることで発症する末梢動脈疾患(PAD)もあります。そのため、腰部脊柱管狭窄症を 診断する際には、末梢動脈疾患との鑑別が重要です。
 この2つの病気を見分けるポイントの1つは、しびれや痛みがなくなる姿勢の違いです。どちらの病気も歩くとしびれや痛みが出て長く歩けないのですが、腰部脊柱管狭窄症の場合は、腰を曲げて前かがみになると楽になります。これに対し末梢動脈疾患の場合は、前かがみにならなくても、まっすぐ立って休むだけで、10分以内にしびれや痛みがなくなります。
 どちらも高齢者に多く、2つの病気を併発していることもあるので、末梢動脈疾患が疑われるときには、上腕と足首の血圧を測定するABI(Ankle Brachial Index、足関節上腕血圧比)検査を行います。末梢動脈疾患があると上腕の血圧より足首の血圧のほうが低くなるので、ABI検査の数値は0.9以下になります。

薬物療法と運動療法の 併用で症状を軽減

 腰部脊柱管狭窄症と診断された場合はほとんどのケースで、まずは内服薬による薬物療法を行います。第一選択となるのは、血管拡張薬のプロスタグランジンE1です。脊柱管狭窄によって圧迫された神経周囲の細い血管の血流障害が改善し、しびれや痛みの軽減が期待できます。
 また、神経根型や馬尾型によるしびれや痛みには、神経障害性疼痛治療薬が使われることもあります。いわゆる痛み止め薬の非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)は、馬尾型には効果がありませんが、神経根型には有効とされます。
 さらに、薬物療法と並行して重要なのが運動療法です。ウオーキングや自転車こぎなどの有酸素運動は、腰部脊柱管狭窄症を併発する人が多い糖尿病、高血圧、脂質異常症といった生活習慣病や認知症など、ほかの病気の予防や改善にも役立ちます。
 最も簡単にできる運動は休み休みの歩行です。歩くと痛くなる病気なので外出を控えたり、歩かなくなる患者さんも多いのですが、歩かなくなれば足腰の筋肉が落ち、サルコペニア(筋肉減少症)になったり、要介護から寝たきりになったりするリスクがあります。1日10~15 分でもいいので、歩くようにしましょう。
 足の筋肉を強くするという意味では、スポーツジムにあるようなエアロバイクを使った自転車こぎもお勧めです。自転車をこぐときには前かがみの姿勢になるので、腰部脊柱管狭窄症の人でもしびれや痛みを感じにくいのが利点です。エアロバイクはスポーツジムの2か月分くらいの会費で購入できるので、スペースがあれば自宅に置いて自転車こぎを続けるとよいでしょう。
 そのほか、ヨガ、太極拳、エアロビクス、フラダンス、水泳、水中ウオーキングなど、何でもよいので好きな運動を継続することが大事です。ただし、バタフライのように背中を反らす運動は控えたほうがよいでしょう。
 腰部脊柱管狭窄症用のコルセットや腰痛ベルトを腰に巻くと歩くときに楽なので、使っている人もいるかもしれません。ただし、コルセットや腰痛ベルトに頼り過ぎてしまうと、筋力が低下して逆効果になることがあります。コルセットや腰痛ベルトは使っても構いませんが、一時的な使用に留めましょう。手術のあと、コルセットを使用することも多いのですが、いつまで使うかは整形外科医に確認が必要です。

手術で神経の圧迫を取り 骨の変形を正す方法も

 薬物療法と運動療法で改善がみられない、あるいは、馬尾型で排尿障害などの膀胱症状が出ている場合には、手術が勧められます。全身状態に問題がなければ高齢者でも安心して受けられる手術であり、最近では90代の患者さんの手術も珍しくありません。
 腰部脊柱管狭窄症の手術は、靭帯を切除したり、骨の一部を削ったりして、神経の圧迫を取り除く除圧術が基本です。後弯変形、側弯症、変性すべり症などで骨の変形やずれがある場合は、金属を入れて骨を矯正して固定する固定術を併用します(除圧固定術)。
 除圧術や除圧固定術のアプローチ法には、腰の真ん中を切開する従来法と、内視鏡や顕微鏡を用いる低侵襲手術があります。
 内視鏡手術は、背中に小さな孔を開け、そこから小型カメラと器具の付いた内視鏡を入れ、モニターを見ながら手術を進める方法です。
 顕微鏡手術では、手術用の顕微鏡で拡大した病変部を直接見ながら手術を進めます。
 除圧術のみの場合、手術時間は1~2時間程度、次の日から歩行を開始し、入院期間は1~2週間です。低侵襲手術のほうが直後の痛みが少なく、入院期間や社会復帰までの日数も短くて済みます。ただし、3か月後の治療成績は従来法と差がないことがわかっています。
 どのアプローチ法で手術を受けるかは、それぞれの方法のメリットとデメリットを聞き、納得して選ぶことが大切です。内視鏡手術を希望する場合には、日本内視鏡外科学会が認定する整形外科領域の※技術認定医がいる医療機関を選ぶとよいでしょう。
 腰部脊柱管狭窄症を治療して、支障なく歩けるようになれば、サルコペニアや要介護になるリスクが減り、健康寿命を延ばすことにもつながります。足にしびれや痛みがあったら放置せず、早めの受診をお勧めします。

ライター 福島 安紀

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