海洋生物からくすり?

海洋生物からくすり?

 私たちがいつも使用しているくすりはどのように誕生したのでしょうか。また、どうやって実用化が進んだのでしょうか。このコーナーでは、くすりにまつわるさまざまなエピソードをご紹介します。

監修

明治薬科大学 名誉教授

小山 清隆 先生 (こやま・きよたか)

1979 年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。湧永製薬中央研究所、明治薬科大学 助教授、同教授を経て、2015年より副学長。専門は生薬学、天然物化学。

海洋生物からも くすりがつくられる

 海洋生物というと、タイやヒラメ、さらにはテトロドトキシンで有名なフグなどの魚類がまず思い浮かびますが、ほかにもイカやタコなどの軟体動物、サザエ、アワビなどの貝類、ウニやナマコ、加えてヒトデなどの棘皮きょくひ動物、エビやカニなどの甲殻こうかく類、そのほかクラゲやイソギンチャクの仲間など、数えきれないほど多くの生物がいます。また、ワカメやコンブなどの海藻類、アマモなどの海草類も海洋生物です。
 これら海洋生物から初めて医薬品として開発されたのがカイニン酸です。カイニン酸は紅藻こうそう類のマクリ(海人草、Digenea simplex)に含まれる成分で、駆虫(特に回虫)薬として使用されていました。私が小学生のころ(約60年前)、検便を行うとクラスに数人は回虫がいるということで駆虫薬を飲まされていました(衛生環境の整った現在では考えられないかもしれません)。ひょっとするとその薬にはカイニン酸が入っていたのかもしれません。
 カイニン酸はアミノ酸の1種であるグルタミン酸に化学構造が似ているので、寄生虫のグルタミン酸受容体を刺激して運動を麻痺させる作用があります。麻痺した虫体は便とともに排出されます。また、ほ乳動物に対しては神経興奮性作用があるので、神経科学分野、特に神経細胞死の研究のために用いられています。

イモガイの毒素から 生まれた鎮痛剤

 ジコノチド(一般名)という鎮痛剤があります。日本ではまだ使用が認められていませんが、米国食品医薬局(FDA)において、既に認可されている医薬品です。このくすりは、ほかの治療法が効かない重度慢性疼痛の治療薬です。この薬剤は、イモガイ類の一種ヤキイモという名の貝に含まれるオメガコノペプチドという毒素をヒントに合成されました。イモガイ類は肉食性の巻貝で熱帯から亜熱帯に生息しており、日本の近海にも生息しています。円錐形の巻貝なので英語ではcone snail とかcone shell と呼ばれています。イモガイ類は肉食性で、もりのような舌(毒銛)を獲物に突き刺し、毒を注入します。毒銛には細い管がついていて、この細い管を手繰り寄せて仕留めた獲物を食します。イモガイ類は、身の危険を感じたときにも毒銛を使うので、ダイバーなどが近づきすぎると威嚇攻撃される恐れがあります。また、イモガイ類の美しい貝殻に惹かれて、採取などするときにも注意を要します。種類によっては死亡例もある猛毒です。
 海洋生物から開発されたくすりはほかにもあります。次回も海から生まれたくすりについて紹介しましょう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする