血糖トレンドを把握して、的確な血糖管理を『糖尿病』

血糖トレンドを把握して、的確な血糖管理を『糖尿病』

 国民健康・栄養調査(2019年)によると、糖尿病患者や糖尿病が疑われる人は、2000万人前後とされています。糖尿病が怖いのは、深刻な事態につながるさまざまな合併症を引き起こすからです。合併症を予防するために最も重要なのが血糖値のコントロールですが、近年、注目されているのが1日の血糖値の変動を可視化する血糖トレンドです。血糖トレンドとはどのようなものなのか、その重要性と活用のポイントを紹介します。

監修

東京慈恵会医科大学 糖尿病・代謝・内分泌内科 主任教授

西村 理明 先生 (にしむら・りめい)

1991 年、東京慈恵会医科大学卒業、同大大学院で医学博士号取得。Graduate School of Public Health,University of Pittsburgh 修了(Master of Public Health 取得)。その後、富士市立中央病院内科医長、Adjunct Assistant Professor,Graduate School of Public Health,University of Pittsburgh、東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科助手などを経て、2019 年から現職、同大学主任教授。糖尿病専門医・指導医、内分泌専門医・指導医、総合内科専門医。食後高血糖による血糖値スパイクや、血糖値を継続的に測定する「持続血糖モニター」に関する第一人者。

血糖値を点ではなく 線で把握する

 血糖値(血液の中の糖の濃度)は、食事や運動、ストレス、治療薬など、さまざまな要因から影響を受け、1日中変動しています。
 血糖トレンドとは、血糖値を測定したある一時点の値で見るのではなく、血糖値の変動の傾向を連続した流れとして把握するものです。血糖トレンドを見ると、医師も患者さんも、血糖値が生活の中の何に影響を受けてどう変動したのか、その流れをつかむことができます。
 糖尿病の患者さんは、これまで採血前1~2か月の平均血糖値を表すHbA1cを目安に血糖管理をしていましたが、血糖トレンドを見ることで、より適切な治療が可能となるのです。

血糖変動の幅を狭め できるだけ平坦に

 糖尿病とは、血糖値の濃度が異常に高くなる病気です。毎日の食事に含まれている糖は、分解されてブドウ糖として血液中に入り、細胞のエネルギー源となります。このブドウ糖を細胞に取り込むのが、すい臓から分泌されるインスリンです。
 しかし、インスリンが出にくくなったり、十分に効きにくくなったりすると、血液中にブドウ糖が過剰に増えて高血糖になります。
 そして、高血糖の状態が長く続くと全身の血管や神経が傷つき、さまざまな合併症を引き起こすリスクが高まるのです(下図)。
 合併症を防ぐには、血糖値を適切にコントロールする必要があります。血糖トレンドの観点からは、血糖値というのは、変動の幅が狭くて平坦なほど質のよいコントロールができているといえます。逆に、平均値が低くても、急激な変動がある場合は、合併症のリスクが高いのです。
 糖尿病ではない人の血糖値は、狭い範囲(約70〜140mg/dL)に維持されていますが、糖尿病の患者さんでは上下動が激しく、一定の範囲内に維持することができません。糖が増え過ぎると高血糖に、治療薬が効き過ぎると低血糖になるなど、変動の幅が大きくなってしまうのです。
 また、糖尿病の治療では、HbA1cを7・0%未満にすることが大原則ですが、HbA1cはあくまでも血糖値の平均を反映する指標であり、この指標を達成しているからといって安心はできません。
 たとえHbA1cが同じ値を示していても、その背景にある血糖変動は千差万別だからです。

注意が必要なのは 低血糖と血糖値スパイク

 糖尿病で注意すべきは、血糖値が70mg/dL未満に低下する低血糖と、血糖値が急激に上昇する血糖値スパイクです。低血糖は血糖値を下げる薬(インスリン製剤など)が効き過ぎて起こるケースが多く、就寝中や空腹時、ふだんより体を動かしたときなどに起こることもあります。
 低血糖では、血糖値の低下に伴って下図のような症状が現れます。
 就寝中に起こる症状のない低血糖は突然死につながることもあるので、特に注意が必要です。重症の低血糖を繰り返していると、脳梗塞心筋梗塞認知症を発症するリスクも高まります。
 また、低血糖になると血糖値を上げるホルモンが増えて、逆に高血糖が促進されることがあります。そのほかにも、患者さんが低血糖を恐れるあまり、インスリンの量を減らしたり、食べ過ぎてしまったりするなど、治療に悪影響を及ぼすケースもあります。
 一方、血糖値スパイクとは、食後などに血糖値が急激に上がることです。血糖値の急激な上昇は全身の血管にダメージを与え、動脈硬化心筋梗塞脳梗塞のリスクを高めます。
 ある糖尿病の患者さんが1日4回、血糖値を測定したグラフを見てみましょう(下グラフ)。血糖値は70〜140mg/dLの正常域内にほぼ収まり、特に問題はないように見えます。
 ところが、同じ患者さんで24時間測定の血糖値の変動を調べてみると(下グラフ)、就寝中の低血糖と、食後の血糖値スパイクが起こっていました。
 24時間血糖値を測定したからこそ、この患者さんの低血糖と血糖値スパイクが明らかになったのです。

持続血糖モニターで 血糖値の流れをつかむ

 血糖値の変動を把握する場合、これまでは自分で指先に針を刺して血液を採取し、1日に何回か血糖値を測定する血糖自己測定が一般的でした。しかし、この方法では頻繁に測定することは難しく、就寝中に起こる症状のない低血糖は発見できません。
 そこで最近では、24時間測定可能な持続血糖モニターという医療機器を使って血糖トレンドを把握する方法が普及しています。
 持続血糖モニターは、腕や腹部などの皮膚に細い針のついたセンサーを貼り、毛細血管から皮下組織に染み出た体液(間質液)に含まれるブドウ糖の濃度を測定し、血糖値を推定して表示するものです。血液を採取する必要がなく痛みも少ないため、患者さんの負担も少なくてすみます。
 持続血糖モニターに健康保険が適用される範囲は製品によって異なります。インスリン製剤などの注射を使っている患者さんが主な対象になります。
 また、経口薬を服用している患者さんの一部でも2週間だけ健康保険で測定できる場合があるので、かかりつけ医に相談してください。
 さらに、健康保険の適用外となりますが、インターネットなどで製品を購入し、専用アプリをスマートフォンに入れることで血糖変動を簡単に確認できるものもあります。

血糖トレンドを知り 生活に生かす

 血糖値というのは人によって大きく異なります。血糖トレンドを見ていると、手相のように血糖値の性格が見えてきます。そのため、患者さん一人ひとりに合わせた、きめ細やかな医師からのアドバイスが必要になります。
 血糖トレンドを見るうえで最も注意すべきポイントは低血糖です。低血糖があるか、その時間帯はいつなのか、就寝中の低血糖はないか、食事の前にインスリンを打ち過ぎていないかなど、血糖トレンドで確認しましょう。そして、医師と相談しながら低血糖をできるだけなくすようにしてください。
 血糖値スパイクがある場合は、食事の内容や量、食べ方、運動、ストレスコントロール、治療薬など、何をすると血糖値がどのくらい上がるのかという傾向をつかみ、医師と相談しながら包括的に対策を考えましょう。
 たとえば、栄養バランスのよい食事を野菜から食べはじめることで、食後の急激な血糖値の上昇を抑えることができます。
 また、食後に散歩などの適度な運動を行うことは、上昇した血糖値をすみやかに下げることにつながります。ストレスも高血糖につながるので、できるだけ回避する方策も考えてみましょう。
 糖尿病は一生つき合っていかなければならない病気です。だからこそ、これまで続けてきた血糖コントロールは最善のものなのか、ちょっとした工夫で改善できることはないかなど、血糖トレンドを把握して生活に生かしてはいかがでしょうか。

ライター 高須 生恵

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