長引くことが新たな脅威『新型コロナウィルス後遺症』

長引くことが新たな脅威『新型コロナウィルス後遺症』

 新型コロナウイルス感染症から回復したあとも残る障害が新型コロナウイルス後遺症(コロナ後遺症)です。倦怠感や味覚・嗅覚障害、脱毛など、症状は多岐にわたり、なかには1年以上続くケースもあります。感染が拡大した第5波、続く6波以降、患者は急増し、生活の質が著しく低下したり、仕事や学業に支障が出たりする人も増えています。だれでも直面する可能性のあるコロナ後遺症の特徴や治療の現状などを紹介します。

監修

国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター 国際感染症対策室 医長

森岡 慎一郎 先生 (もりおか・しんいちろう)

2005 年、浜松医科大学医学科卒業。
静岡県立静岡がんセンター感染症内科専修医、在沖縄米国海軍病院日本人インターンチーフなどを経て、2017 年より国立国際医療研究センター病院国際感染症センター勤務。2021 年8 月より現職。医療教育部門副部門長兼任。
日本内科学会専門医、日本感染症学会専門医、インフェクションコントロールドクター、日本呼吸器学会専門医。

ウイルス感染後 症状が1か月以上続く

 コロナ後遺症はロングコビッド(long COVID)とも呼ばれ、世界中で大きな問題となっています。その定義はさまざまで、米国疾病管理予防センター(CDC)や英国のNICEガイドラインでは、「新型コロナウイルスに感染後1か月以上続く症状」としています。
 一方、世界保健機関(WHO)は2021年10月、「回復後に生じた症状も含め、新型コロナウイルス感染後3か月の中で少なくとも2か月以上持続し、ほかの病気による症状として説明のつかないもの」という新たな定義を発表しました。しかし、世界的に一致した定義はいまだ定められていない状況です。
 基本的には、PCR検査や抗原検査などで新型コロナウイルスに感染した客観的な所見があり、後遺症と思われる症状が、感染後1〜2か月続いていれば、コロナ後遺症と考えてよいでしょう。しかし、診断を受けていなくても、急性期は無症状であっても、コロナ後遺症になる可能性はあります。

人により多種多様 継続症状と遅発性症状

 では、コロナ後遺症にはどのような症状があるのでしょうか?
 頻度が高いものは倦怠感、呼吸器症状、味覚・嗅覚障害ですが、症状や期間は人によってさまざまです。複数の症状が同時に現れることも珍しくなく、程度も変動し、出たり消えたりすることもあります。
 急性期から継続する症状と、ウイルス感染後症候群と呼ばれる遅発性の症状があり、継続症状としては主に倦怠感、咳、味覚・嗅覚障害、呼吸困難などが、遅発性症状としては脱毛、記憶障害、集中力低下、うつなどがみられます。
 注目される後遺症としては、ブレインフォグ(脳の霧)があります。これは、頭がボーッとして霧がかかったような状態が続く精神・神経症状や認知機能の低下を指します。そのほか、頭痛・胸痛などの痛みやしびれ、めまいなどの起立性調節障害に悩む人もいます。
 たとえば、味覚障害があると、何を食べてもこんにゃくを食べているように感じる人がいます。また、全身の倦怠感が長く続くために、なかなか仕事に戻れないケースもあり、生活の質が著しく低下することもあります。

重症者ほど出やすく 女性に多い後遺症

 国立国際医療研究センター国際感染症センターでは、新型コロナウイルスに感染した患者さん526人を調査し、457人から回答を得ました。回答者の84.4%は軽症でしたが、半年後に26.3%、1年後でも8.8%の人に何らかの症状がみられました。
 一方、中国・武漢市の入院患者(重症、中等症中心)1276人を対象にした調査では、1つ以上の後遺症がある人は、半年後に68%、1年後には49%だったと報告されています。
 ほかの研究からも、急性期に重症だった人ほど後遺症が出やすいことがわかっていますが、軽症だからといって後遺症が出ないわけではなく、前述の国立国際医療研究センターの調査においては、軽症の4人に1人は半年後でも何らかの後遺症が認められています。
 コロナ後遺症は、多くの症状で男性よりも女性に出やすいことがわかっています。国立国際医療研究センターの調査でも、倦怠感(約2倍)、味覚障害(約1.6倍)、嗅覚障害(約1.9倍)、脱毛(約3倍)と女性に出やすく、若くてやせ型の人ほど味覚・嗅覚障害が多いことも明らかになりました。また、若い人には味覚・嗅覚障害が多いのに対し、高齢になるほど倦怠感、呼吸器症状が増える傾向がありました。さらに、海外の調査では、高齢、女性、肥満、急性期症状が5つ以上であることが後遺症のリスク因子と報告されています。
 コロナ後遺症の各症状の経過をみると、どの症状もおおむね時間が経つと軽減していくことがわかります。1年経つと、急性期から続く症状は、倦怠感(3.1%)、呼吸困難(1.5%)味覚障害(0.4%)、嗅覚障害(1.1%)と減少しています。一方、遅発性の症状は、集中力低下(4.8%)、記憶障害(5.5%)など、1年経っても5%前後の患者さんに認められ比較的長く続きますが、脱毛は1年経つとほとんどの人が回復しています。

明確な原因は不明 ACE2受容体関係説も

 コロナ後遺症の明確な原因はまだ解明されていませんが、複数の仮説が提唱され、研究が進んでいます。
 最も有力なのは、人間の細胞に存在するたんぱく質であるACE2受容体関係説です。新型コロナウイルスは、スパイクタンパクと呼ばれる突起がACE2受容体に結合することで、細胞内に侵入・増殖し、組織を破壊します。このACE2受容体が存在するのが、脳、気道、鼻、口腔粘膜、心臓、血管内皮、小腸です。これらの組織が破壊されることで、多様な症状が引き起こされると考えられています。
 ただ、それだけでは説明できない脱毛のような症状もあります。脱毛は、身体的・精神的ストレスによって、抜けやすい休止期の毛が増えることで起こり、負荷が減るとまた元に戻るといわれています。うつなどの症状についても、本当にウイルスによる後遺症なのか、精神的なストレスが関与しているのかなど、今後も検証を重ねていく必要があります。また、免疫細胞の乱れがコロナ後遺症に関係しているとする研究結果も国内で発表され、注目されています。ほかにも、感染の急速な進行による免疫暴走、体のどこかに潜んでいるコロナウイルスの関与、ウイルスへの抗体価の低さなどが原因として挙げられています。

まずはかかりつけ医に 後遺症相談窓口の活用を

 日常生活に支障が出ているのであれば、受診を躊躇する必要はありません。後遺症だと思い込んでいた症状が、まったく関係のない病気が原因だったというケースもあります。特に胸痛や呼吸困難には注意が必要です。ほかの病気と鑑別するためにも、まずは、かかりつけ医を受診しましょう。
 それでも症状が改善しない場合は、後遺症外来や専門医を紹介してもらうのがいいでしょう。最近は後遺症相談窓口を設置し、症状を聞きとりながら近くのクリニックや病院を教えてくれる自治体もあります。受診の際は、急性期や回復後の症状、経過などを具体的にまとめておくと医師に伝えやすくなります。今のところ確立した治療法はなく、症状によって薬を使い分ける対症療法が中心です。
 中等症・重症の新型コロナウイルス感染症で入院し、心肺機能や筋力の低下による息苦しさ、倦怠感がある患者さんに対しては、リハビリテーション治療が有効となる場合があります。ただし、身体活動や運動後、症状が強くなる場合は要注意です。SARSやMERSといったほかのコロナウイルスの回復者にもみられる筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)のように、運動などが症状を悪化させる場合があるため、注意が必要です。
 また、新型コロナワクチンを2回接種した人は、後遺症が28日以上続くリスクが半減するという報告もあり、ワクチンが発症や重症化だけでなく、後遺症の予防にも効果があることが期待できます。ただし、恐いのは新型コロナウイルスだけでありません。肺炎球菌やインフルエンザなど、ワクチンで防げる病気は予防し、感染対策をしっかり行っていくことが大切です。
 コロナ後遺症の多くは、主観的な症状があっても、異常所見は見られないこともあります。しかし、後遺症で患者さんが苦しんでいるのは事実です。医療者や家族、職場の同僚など周囲の人が、新型コロナウイルス感染症には後遺症があることを認知し、一見ふつうに見えても悩んでいるかもしれないと意識することが、患者さんの支えになります。
 患者さんは1人で思い悩まず、早めに受診しましょう。不安やストレスが高まることで症状が長引く場合もあります。公式に発表された統計資料などを調べ、回復までの目安をつかむと安心することができます。インターネットには誤った情報も多く流れており、正しい情報を得て、正しく恐れることが大切です。

ライター 高須 生恵

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