ピクピクが止まらず 対人関係にも影響『片側顔面けいれん』
顔の片側のまぶたや頬がピクピクとけいれんする――。ほんの数日で治るなら疲れや寝不足による一過性の現象かもしれません。しかし、そんな症状が長く続き、しかも徐々に範囲が広がるようなら、片側顔面けいれんという病気の疑いがあります。中高年女性に多く、ものが見にくくなり、美容や対人関係の面でも障害となりますが、適切な治療により症状を抑えることができます。まれに頭蓋内の病気が隠れていることもあるので、早めに受診しましょう。
医療法人財団健貢会東京クリニック ボツリヌス神経治療 外来部長
大澤 美貴雄 先生 (おおさわ・みきお)
1974 年、弘前大学医学部卒業、東京女子医科大学総合内科入局。1983 年、英国ロンドンのTheNational Hospital for Neurology andNeurosurgery に研究留学。東京女子医科大学脳神経センター神経内科准教授を経て、2014 年から現職。医療法人社団三成会・新百合ヶ丘総合病院のボツリヌス神経治療外来も担当(木曜日のみ)。日本神経学会認定神経内科専門医・指導医。日本ボツリヌス治療学会監事。同学会第2回学術大会(2015 年)大会長を務めた。日本神経学会の「ジストニア診療ガイドライン」作成委員会委員として、ボツリヌス治療指針の作成にも加わった。
動脈が顔面神経を圧迫 まぶたから始まり拡大
私たちの顔には十種類以上の筋肉が張り巡らされています(下図①)。これらの表情筋の運動を支配しているのが顔面神経です。
けいれんは、顔の片側だけに出るのが特徴で、ほとんどの患者さんは下まぶた(眼輪筋)から始まり、数か月から数年をかけて同じ側の頬、唇の端(口角)、さらにあごや首、おでこなどへと広がっていきます。まれにけいれんが両側に出ることもありますが、左右バラバラに起こるので、左右対称に出るほかの病気(11ページ)とは識別できます。この病気が進行すると、片側のまぶたや頬、口元がひきつった状態が何秒間も持続し、そのあいだは片目が閉じて見えないので、読書や料理など日常生活に影響するだけでなく、車の運転では危険が伴います。けいれんが気になり、また喜怒哀楽の表情がうまくつくれないので、人とのコミュニケーションにも苦労し、外出を避けがちになる患者さんもいます(下図②)。顧客と直接顔を合わせる接客業や営業職の場合は、仕事に支障が出かねません。もう1つ重大な合併症として、けいれん側の聴覚過敏や耳鳴りがあります。就寝中も耳鳴りが続いて不眠症につながることもあります。
顔面神経がなぜ、血管と接触するようになるのかはわかっていません。ただ、まれに脳腫瘍や脳動脈瘤など(占拠性病変)が原因で同じ症状が現れるケースもあるため、注意が必要です。
中高年の女性に多く MRIとMRAは必須
患者さんの数は国内では明らかではありませんが、欧米では1万人に1人とされています。40 〜60歳の人がかかりやすく、男女比は1対2で女性に多いのが特徴です。女性は男性より頭蓋骨が小さく、神経と動脈の間隔が狭いためとの説があります。けいれんは顔の右側よりも、左側に起こる人のほうが多いことがわかっています。
片側顔面けいれんは神経の病気ですから、脳神経内科のある医療機関や日本ボツリヌス治療神経学会認定の認定施注医(10ページ)の資格のある医師、特に後者を受診するとよいでしょう。診察では脳腫瘍や脳動脈瘤など、ほかの病気である可能性を除外するために、MRI(磁気共鳴画像)検査で顔面神経の走行の様子を、MRA(磁気共鳴血管撮影)検査で脳の血管の様子を詳しく調べます。脳腫瘍や脳動脈瘤があると命にかかわることもあるため、これらの検査は必須です。
また患者さんの25%はけいれんがおでこ(前額部)の筋肉(前頭筋)に及び、目が閉じると同時に眉が上がるという症状が出ます。これは自分の意思では再現できない現象なので、片側顔面けいれんを示唆するものとされています。
ボツリヌス治療の効果は3、4か月持続
主な治療法には、筋肉の動きを正常化する薬を患部に注射して症状を抑えるボツリヌス治療と、顔面神経を圧迫する血管と顔面神経が接触しないように手術する神経血管減圧術があります。後者は根治療法ですが、まれに難聴、顔面神経麻痺などの合併症のリスクがあるため、注射で済むボツリヌス治療を希望する人が多く、実質的な第1選択となっています。
ボツリヌス菌がつくり出すボツリヌストキシンという毒素には、運動神経から筋肉に興奮を伝える神経伝達物質の過剰な放出を抑制し、筋肉の興奮を鎮める働きがあります。ボツリヌス治療では、安全なレベルまで薄められたA型ボツリヌストキシンを成分とする薬剤を症状のある部位に少量ずつ注射していきます。治療は数分で終わり、痛みもさほどありません。効果は数日後に出始め、1、2週間後に最大となり、3、4か月持続します。効果を保つには定期的に治療を受ける必要があります。1回の治療費は1万7000円前後(3割負担)です。
この治療では、「筋肉の異常な動きを抑えつつ、麻痺は起こさない」という最適の薬剤量が求められます。そのため、まず少ない量から始め、効果を確認しながら微調整を重ね、3、4回目の治療でベストの状態に至るようにします。主な副作用は、薬が効きすぎてまぶたが閉じにくい、ドライアイになる、口角が下がる……などです。いずれもまれで程度は軽く、一時的なもので治ります。男女とも治療後3か月間は避妊する必要があり、妊婦や授乳期の女性は治療を受けられません。
ボツリヌス治療をする医師は製薬会社の講習を受ける必要がありますが、さらに経験豊かなドクターを患者さんが探せるように、日本ボツリヌス治療学会では、日常的(原則月1回以上)にこの治療を行っている医師を認定施注医とし、学会ホームページ※ で公表しています。
クリニックや医療機関を選ぶ際の参考にするとよいでしょう。
手術が唯一の根治療法 本人の希望で選択肢に
一方、神経血管減圧術(以下、手術)は、症状がある側の耳の後ろの頭蓋骨に五百円玉程度の孔を開け、動脈を顔面神経から離し、神経を圧迫しない場所に固定します。合併症の難聴を防ぐため、聴覚をつかさどる聴神経の誘発脳波をモニタリングしながら手術を行います。有効率は80〜90%にのぼるとされています。
入院期間は10日から2週間程度の医療機関が多いようです。けいれんのない側の耳にすでに難聴のある人は、合併症により手術側の耳が難聴になると両耳が不自由となるリスクがあるため、手術の対象にはなりません。
高い治療効果が期待できる治療法なのですが、体への負担が大きく、難聴や顔面神経麻痺などの合併症、さらに再発のリスクも数%あります。このため、対症療法を続けるより根治を強く望む患者さんや、ボツリヌス治療の効果が不十分だったり麻痺などの副作用が強い患者さんにとっての選択肢になると考えられています。その場合には手術件数の多い、治療実績の豊富な医療機関を選べば、より安心でしょう。
このほか、内服薬による薬物療法があり、主に抗てんかん薬が選ばれますが、効果はあまり期待できません。抗不安薬(マイナートランキライザー)や漢方薬の
鑑別を要する似た病気も 早めの受診で早期回復を
症状を悪化させたり、治療の効果を弱めたりする最大の要因は、実はストレスです。仕事や人間関係のトラブル、家族との死別、離婚、過労など、きっかけはさまざまです。それらの要因は避けられないとしても、家族や友人、同僚、公的機関などのサポートを得ながらストレスのコントロールに努めることが、症状の改善につながります。
また、加齢に伴って動脈硬化が進むと血管が蛇行し、神経圧迫のリスクが高まります。動脈硬化の原因である糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病がある人は、そちらの治療をしっかり行いましょう。適度な運動や規則正しく栄養バランスのとれた食事は、ストレスの軽減にもつながります。十分に睡眠をとり、飲酒、喫煙を控えることなども重要です。
片側顔面けいれんには、似たような症状を呈する病気があります。
まぶたのけいれんが1か月以上続いた場合には、片側顔面けいれんや眼瞼けいれんを疑い、前者は脳神経内科、後者は脳神経内科や眼科を受診することが早期回復につながります。
ライター 平野 幸治
※日本ボツリヌス治療学会