ある日突然起こり、人生が変わってしまう『心原性脳塞栓症』
健康だった人がある日突然倒れてその後の人生が大きく変わってしまう心原性脳塞栓症。脳の血管が心臓からの血栓で詰まる脳梗塞であり、その原因の多くは心房細動です。高齢になるほど増える心房細動は、心原性脳塞栓症はもとより認知症や心不全のリスクにもなりますが、その危険性はあまり意識されていません。心原性脳塞栓症の怖さや心房細動についてよく知り、積極的な予防を心がけましょう。
独立行政法人国立病院機構 鹿児島医療センター 脳血管内科部長、脳卒中センター長
松岡 秀樹 先生 (まつおか・ひでき)
1991 年、鹿児島大学医学部卒業。国立東静病院(現静岡医療センター)、国立循環器病センター内科脳血管部門、鹿児島大学医学部附属病院救急部を経て、2012 年より現職。専門は脳血管障害診断及び急性期治療。日本脳卒中協会鹿児島県支部長、日本脳卒中学会代議員・評議員、鹿児島大学医学部神経内科・老年病学臨床教授などを歴任。日本脳卒中学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会脳血栓回収療法実施医。
脳梗塞の中で最も重症 半数が深刻な事態に
心原性脳塞栓症は、心臓内にできた血栓(血の塊)が脳の血管に詰まり、脳の細胞が壊死する脳梗塞の1種で、脳梗塞の中で最も重症です。さっきまで元気にしていた人が突然発症し、自分自身や家族の人生が大きく変わってしまうことからノックアウト型脳梗塞とも呼ばれています。
脳の血管に障害を起こす脳卒中は、日本人の死亡原因の4位ですが、その6〜7割を占めるのが脳梗塞で、さらにその3割ほどが心原性脳塞栓症といわれています(下図)。
心原性脳塞栓症の患者さんが急性期病院を退院するときの状態をみると、元通り元気になる人は約3割、不自由はあるけど自分で身の回りのことができる人が約1割、生活に一部介助が必要なものの歩ける人は約1割です。
一方で、車椅子など歩行に介助が必要な人が約2割、ほぼ寝たきりの人が約2割、残りの1割ほどが亡くなります。つまり、心原性脳塞栓症を起こすと約半数が車椅子か寝たきり、あるいは命を落とすことになります。この状態をみても、いかに重篤な脳梗塞であるかがわかります(下図)。
原因の9割は心房細動 心筋梗塞や弁膜症でも
心原性脳塞栓症の多くは心房細動という不整脈が原因です。全国的なデータでは患者さんの4分の3、鹿児島医療センターの場合は、約9割の患者さんに当てはまります。心房細動は高齢者に多いことから、高齢になるほど心原性脳塞栓症の発症が多くなります。
心臓は、電気信号による刺激を発生させることで一定のリズムで心筋を収縮させ、全身に血液を送っています。健康な人の心拍数は1分間に50〜90回くらいですが、心房細動があると心房は400〜600回と小刻みに震えたような、けいれんしたような状態になってしまいます。すると、心房が正常に動かず血液がよどんで、血栓ができやすくなるのです。
心房細動以外にも、急性の心筋梗塞や弁膜症などが原因の場合もあります。
心筋梗塞が起こると心臓の動きが悪くなって血流によどみが生じ、心房細動と同様に、心臓の中に血栓ができます。
また、弁膜症では弁膜が異常を起こすことで血栓ができ、あるいは、手術で入れた人工弁の場所に血栓ができることもあります。
心臓でできた血栓は大きいことが多く、動脈を流れて脳に到達すると、脳の主幹動脈など大きな血管を詰まらせやすいのです。
そして複数の血栓が一度に、あるいは相次いで飛散することもあり、脳の広い範囲、複数の箇所に影響が及ぶこともあります(下図)。
突発する重篤な症状 経過時間で変わる治療法
心原性脳塞栓症はほかの脳梗塞と同様、FAST(ファスト)という標語で兆候がチェックできます。
F(Face):顔に麻痺がある
A(Arm):腕を動かせない
S(Speech):話ができない
T(Time):症状があったら時間をおかずに治療する
しかし、心原性脳塞栓症では、異常がない血管が突然詰まるため、兆候に気づかないことも多く、「突然倒れる」「言葉がまったくしゃべれなくなる」「視野が欠けて見えなくなる」「意識を失って目が片方ばかりに向いている」など、重篤な症状が突発するケースが多く見られます。このような症状がある場合は、周りの人が迷わず救急車を呼びましょう。遅れるほど後遺症のリスクが高くなってしまいます。
心原性脳塞栓症の診断は、ほかの脳梗塞と同様、半身の麻痺や失語症状など特徴的な症状を確認したうえで、CTもしくはMRIの検査で確認します。
治療の第1目標は、脳の血管に詰まっている血栓を取り除き、脳へのダメージを抑え、できる限り元の状態に戻すことです。脳梗塞を発症すると血流が遮断されて脳が壊死してしまうのですが、発症からあまり時間が経っていない段階では、その周辺部に、機能は停止しているものの脳梗塞にならずに済んでいるぺナンブラという領域があります。どれぐらい時間が経過するとどれくらいの範囲が壊死に至るかについては個人差がありますが、少しでも早く血流を再開してペナンブラの領域を救済することで、脳梗塞に至る範囲を減らすことが重要です。
脳梗塞は、発症してからの時間によって治療法が異なります。代表的なのが、点滴を投与する経静脈血栓溶解療法(t - PA治療)、カルーテルを挿入して直接血栓を回収する血管内治療(血栓回収療法)、薬剤で進行や再発を予防する抗血栓療法です。
t - PA治療は大変有効ですが大きな血栓は溶けにくく、また投与は発症から4時間半以内に限られます。さらに4時間半以内であっても脳細胞の壊死が広範囲に広がっている場合など、状態によっては使用できません。
大きい血管が詰まっているケースではカルーテル治療が有効で、状態によっては発症後24時間まで行うことができます。t - PA治療のみの患者さんと比べ、社会復帰できるケースが2倍に、亡くなるケースが3分の2に減るといわれるため、積極的にカテーテル治療が行われています。
また抗血栓療法は、早い段階から抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬)を投与することで、症状の進行・再発を防ぐ治療です。
脈をみて心房細動に注意 治療で発症が6、7割減
ほぼ半数の人が寝たきりなどの重症となる心原性脳塞栓症は、発症しないように予防することが何より重要です。心房細動を見つけて適切に管理することで、発症の6〜7割は減らすことができるといわれています。
脈の乱れや動悸を感じたときは、なるべく早く心電図の検査をしましょう。発作性の心房細動の場合もあるため、1回の心電図検査だけでは見つからないこともあります。動悸を繰り返すような場合は、24時間計測できるホルター型心電図をつけるなどして、心房細動の有無をきちんと確認することが大事です。
心房細動がある場合は、心原性脳塞栓症の発症リスクを「CHADS2スコア」でチェックしましょう(下図表)。「心不全がある」「高血圧」「年齢が75歳以上」「糖尿病がある」が各1点、「過去に脳卒中や一過性虚血発作を起こしたことがある」が2点、トータルで6点満点となります。これらの危険因子がなくても、心房細動がある人は1年間に2%の確率で心原性脳塞栓症を発症する可能性があります。点数が高いほど発症リスクは上がり、6点満点になると20%近くに上昇します。『不整脈薬物治療ガイドライン』では、CHADS2スコアが1点でもあれば血栓ができないように抗凝固薬を服用するな
ど、積極的な治療が推奨されています。
ただし、心房細動があっても約半数の人には、動悸や息切れなどの自覚症状がありません。そのため、日常生活の中で心房細動を見つけることが重要です。特定健診で心電図検査を受けることはもちろん、1日1回でも自分で脈をみて、乱れがないかどうかチェックすることをおすすめします。
最近はスマートウォッチなどのウェアラブル端末で心房細動をチェックできますし、家庭用血圧計、コロナ禍で購入された人も多いパルスオキシメーターで検脈することも可能です。
心房細動は、脳梗塞だけでなく、心不全や認知症の発症リスクにもなります。自分や家族の健康のために脈に関心を持ち、重症化リスクの高い心原性脳塞栓症を予防しましょう。
ライター 高須 生恵