生活の見直しなどで改善、女性特有の病気『骨盤臓器脱』
股から何かがはみ出してきた――。恥ずかしくてだれにも言えないかもしれませんが、そんな症状で悩んでいる女性は少なくありません。これは骨盤臓器脱という女性特有の病気です。命にかかわることはありませんが、動きにくいうえに排尿障害や排便障害を伴うことも多く、活動が消極的になりがちです。しかし、生活習慣の見直しと骨盤底筋トレーニング、装具の利用などで改善できます。根治を目指すなら手術という手段もあります。
昭和大学横浜市北部病院 女性骨盤底センター センター長
嘉村 康邦 先生(よしむら・やすくに)
1985 年、福島県立医科大学卒業、同大泌尿器科に入局。1999 年、米国スタンフォード大学留学。2005 年、福島県立医科大学泌尿器科副部長。2008 年、四谷メディカルキューブ泌尿器科部長を経て、2019 年から昭和大学医学部泌尿器科学講座教授、女性骨盤底センターセンター長を兼任。日本泌尿器科学会専門医・指導医、日本骨盤臓器脱手術学会副理事長、日本女性骨盤底医学会理事。排尿障害を専門とし、40 年にわたる実績を持つ。女性泌尿器科に精通している。
妊娠・出産が最大の原因 女性を悩ます病気
骨盤臓器脱は、骨盤内にある臓器が少しずつ下がってきて、腟から外にはみ出す病気です。女性の骨盤の中には子宮、膀胱、直腸などの臓器があり、これらを骨盤底が支えています。骨盤底は筋肉や靱帯などからなる分厚い層で、恥骨から尾骨の間にあります。この骨盤底がゆるむことにより、臓器が下がってしまうのです(下図)。
骨盤底がゆるむ大きな原因は、妊娠、出産です。妊娠すると胎児の重みで骨盤底に負担がかかります。さらに経腟分娩の場合、出産時に骨盤底が損傷してしまいます。筋肉の損傷はやがて回復しますが、出産を繰り返すと損傷が蓄積していきます。また、神経も同時にダメージを受けると筋肉が収縮しにくくなり、加齢とともに骨盤底がゆるんでいきます。そのほか、慢性的な便秘、肥満、重い物を持つことが多い生活なども腹圧がかかりやすく、骨盤底がゆるむ原因の1つになります。
臓器脱出による症状や 排尿障害なども
骨盤臓器脱は脱出した臓器に応じて以下のように分類されます。腟の前側にある筋肉がゆるんで膀胱が脱出する膀胱瘤、子宮を支える靭帯がゆるんで子宮が脱出する子宮脱、腟の後ろ側にある筋肉がゆるんで直腸が脱出する直腸瘤、子宮摘出術を受けた場合に子宮があった場所の腟壁が脱出する腟断端脱(小腸を巻き込むことが多いので小腸瘤ともいう)。最も多いのは膀胱瘤で、子宮脱がそれに続きます。とはいえ、ほとんどの人はこの2つを合併しており、さらにほかの合併がある場合も珍しくありません。これらの骨盤臓器脱には、共通する4つの症状があります。
1つ目は臓器の脱出自体による症状で、股に何かが下がってくる感じ(下垂感)がある、股にピンポン玉のようなものが触れるなどが代表的です。初期段階ではお風呂でしゃがんだとき、排尿・排便後に紙で拭くとき、重い物を持ったときなどに起こりますが、進行すると夕方以降に生じやすくなり、さらに進行すると一日中、臓器が出ている状態になります。また初期のうちは、はみ出た臓器を指でゆっくり押し込めば元に戻りますが、進行すると戻りにくくなります。臓器が出ている時間が長いと、下着にすれて出血したり、腟壁がただれたりすることがあります。
2つ目は排尿障害です。頻尿、排尿困難(尿が出にくい)、尿失禁(尿もれ)などが起こりやすくなります。尿失禁は、トイレに間に合わない切迫性尿失禁と、咳や運動でもれる腹圧性尿失禁のどちらもみられます。さらに、排便障害(便が出にくくなる排便困難など)と性生活の不都合も共通する症状です。
これらの症状があると、外出がおっくうになったり、やりたいことを諦めたりと、自ら行動を制限しがちになり、生活の質(QOL)が低下します。骨盤臓器脱は命にかかわる病気ではないため、本人が「困っている、何とかしたい」と思ったときが受診のタイミングです。ただし、早いほうが治療はスムーズに進みます。
受診先は、泌尿器科と婦人科の境界領域を扱う女性泌尿器科がベストですが、施設数が少ないのが実情です。女性泌尿器科が近くにない場合は、泌尿器科か婦人科を受診しましょう。
診察は主に問診と内診です。問診では「何かが下がっている」とはっきり伝えましょう。症状が軽ければ内診しても臓器の脱出がわかりにくいことがあります。患者さんが下垂感を伝えると医師が咳払いなどの誘発動作を求め、それによって脱出の状況が確認できます。そのほか、尿検査や残尿測定が行われます。状況に応じて超音波検査やMRIなどの画像検査が行われることもあります。
保存療法は生活改善と 進行予防が目的
治療法は保存療法と手術に大別でき、それぞれ目的が異なります。保存療法は症状を軽減し進行を防ぎ、手術は根治が目的です。一般的には保存療法から始め、期待したほどの改善が見られない場合に手術を検討しますが、症状の程度や患者さんの意向などによって、初めから手術を行うこともあります。
保存療法は、生活習慣の改善と骨盤底筋トレーニングを両輪とし、希望に応じて装具を利用します。持病があるなどの理由で手術が受けられない人にも有効です。
●生活習慣の改善
骨盤底には、何もしなくても臓器の重みなどの負担がかかっています。日ごろから骨盤底に負担をかけないよう意識して行動することが大切です。
重い物を持ったり排便時にいきんだりすると腹圧がかかります。できるだけ重い物を持たないようにし、食生活に注意して便秘を防ぎましょう。便秘がなかなか改善しない場合は医師に相談を。薬が処方されることもあります。
適正体重をオーバーしている人は、食生活の改善と運動で減量します。水中ウオーキングなどの水中運動は、浮力によって骨盤底への負担が軽減されるので、取り入れるとよいでしょう。
●骨盤底筋トレーニング
腟と肛門を締めることで、骨盤底筋を鍛えるトレーニングです。臓器の脱出や尿もれなどの症状を改善します。寝ても、座っても、立っても、歩きながらでもできますが、初めは体の力を抜きやすい仰向けで行うとよいでしょう(上図)。毎日続けると1か月ほどで効果が現れ始め、3か月継続すると明らかな効果が得られると報告されています。ただし、それは正しく実施した場合です。このトレーニングを指導する理学療法士がいる医療機関は限られており、多くの患者さんはパンフレットを参考に自己流で取り組んでいます。間違った方法で行うと、本来の効果が得られません。指導を受けられない人は、自分が正しく行えているかどうか、ときどき確認しましょう(右図)。
長続きさせるコツは、日常生活の中で習慣にすることです。起床後、就寝前、トイレの後、食事の支度を始める前など、実施しやすい場面を自分で決めて習慣化しましょう。
●装具
生活習慣の改善と骨盤底筋トレーニングを行ったうえで、ペッサリーを併用することもあります。さまざまなタイプがありますが、健康保険が適用されるものとそうでないものがあります。腟の状態や脱出している臓器の種類などから患者さんに合うものを医師が選び、腟内に挿入して脱出した臓器を支えます。脱出を防ぐ効果は高いのですが、3、4か月に1回受診して装具を取り出し、洗浄して挿入し直す必要があります。異物を入れっぱなしにするので、腟壁がただれる、おりものが多くなるなどのデメリットもあります。
これに対して、自分で着脱する(自己着脱)タイプの装具は、そのようなデメリットがなく、おすすめです。日中、行動している間だけ挿入しておけばよく、コンタクトレンズのような使い勝手です。受診も半年に1回ですみます。このほか、サポート下着も販売されています。ふだんの下着の上に着けるタイプと、ふだんの下着の代わりに着けるタイプがあります。
高齢でも受けられる 根治を目指す手術
手術法は主に以下の3つに分けられます。それ以外に、性生活がない人を対象に、子宮を全摘して腟を縫い合わせる腟閉鎖術も行われます。どの手術にも年齢制限はありません。脱出した臓器、脱出の重症度、症状、骨盤内の状態、患者さんの生活環境などを考慮して、適した方法を選択します。
●従来法(非メッシュ手術)
現在広く用いられているメッシュ(網の目状の布)を使用しない手術です。腟から子宮を摘出して腟壁を縫い縮め、患者さん自身の組織で骨盤底を補強します。子宮脱に有効とされています。もともと弱っている組織を使うため、2、3割の人に再発があります。
●経腟メッシュ手術
腟からメッシュを挿入して臓器をハンモック状に支える手術で、原則として子宮は摘出しません。膀胱瘤のケースで行われることが多く、その場合は腟の前側の壁と膀胱の間にメッシュを埋め込んで補強し、周囲の靱帯や筋膜を固定して吊り上げます。再発率は低いのですが、埋め込んだメッシュが露出するなどの合併症が起こることがあります。また、腟が硬くなるので、性生活がある人や妊娠を希望する人にはすすめられません。
●腹腔鏡下仙骨腟固定術
おなかに開けた数か所の小さな孔から腹腔鏡や手術器具を入れて行う手術です。子宮は上半分(子宮体部)を摘出し、残った下半分(子宮頸部)と前後の腟壁の間にメッシュを入れて吊り上げ、固定します。経腟メッシュ手術より効果が高いとされますが、実施している施設は限られます。この方法はロボット支援下でも行われています。骨盤臓器脱は、保存療法で改善が、手術で根治が期待できます。生き生きとした日常を送るために、症状に困っているなら治療することを考えてみてはいかがでしょうか。
ライター 竹本 和代