知ってトクするくすりの話『アーユルヴェーダからの創薬』
私たちがいつも使用しているくすりはどのような由来があるのでしょうか。また、実用化にあたってどのような問題が あったのでしょう。このコーナーでは、くすりにまつわるさまざまなエピソードをご紹介します。
明治薬科大学 名誉教授
小山 清隆 先生 (こやま・きよたか)
1979 年、明治薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。湧永製薬中央研究所、明治薬科大学助教授、同教授を経て、2015 年より副学長、2020 年に定年退職。専門は生薬学、天然物化学。
現代医療にも貢献 世界三大伝統医学
現代のような科学的な医療が発達する前から、世界各地ではさまざまな伝統的な医療が行われていました。
そのなかで、中国伝統医学、アーユルヴェーダ、ユナニ医学が世界三大伝統医学と呼ばれています。
中国伝統医学は日本の漢方医学の起源であり、現在まで日本独自に発展し、我が国の医療に貢献しています。私たちに最もなじみのある伝統医学といえるでしょう。
アーユルヴェーダはインド・スリランカ発祥の伝統医学で、5000年以上の歴史を持つといわれています。サンスクリット語のAyus(生命、寿命)、Veda(科学、知識)が語源だそうです。
ユナニ医学(ギリシア・アラブ医学)は中国伝統医学やアーユルヴェーダに比べると知られていませんが、古代ギリシアの医学が起源で、その名前は「ギリシアの(Ionian)」という意味のアラビア語に由来します。
ギリシア医学はアラビアに伝わったあと大きく発展し、イスラム文明の発展・拡大とともにヨーロッパやインドに広まりました。19世紀に西洋近代医学が台頭してからもすたれることなく、パキスタンやインドにおいて行われています。※
アーユルヴェーダから 心不全治療薬
急性心不全治療薬のコルホルシンダロパート塩剤塩製剤は、アーユルヴェーダで使用される植物から開発された医療用医薬品です。
インド地方に自生するシソ科植物Coleus forskohlii(コレウス・フォルスコリ)は、古代ヒンズー医学書に、心臓病、腹痛、呼吸器疾患、排尿痛などの治療に有効であると記載されており、アーユルヴェーダでも心臓や肺の病気の治療薬として用いられてきました。
そこで、この植物についての薬理学的および化学的研究が行われ、根の部分に存在するジテルペン系の成分に血圧を下げる働きや心臓の収縮を強める働きがあることが発見され、フォルスコリンと命名されました。
フォルスコリンは、かつてドイツにあったヘキスト社によって、当初、心不全治療薬として開発されました。しかし、難水溶性であったため、注射剤として臨床で使用するのは困難であるとして、開発は中止となりました。
その後、日本化薬とヘキスト社が共同でフォルスコリンの構造の一部を改変、水溶性誘導体の探索研究を行いました。そして1988年には日本化薬がコルホルシンダロパートを開発、以後臨床応用を行い、2009年に現在のコルホルシンダロパート塩酸塩が急性心不全治療薬として承認されました。
今後も、世界三大伝統医学からの知見をもとに、温故知新の精神で新薬が開発されるかもしれません。
※ 富山大学和漢医薬学総合研究所民族薬物資料館ホームページ
参考:医薬品インタビューフォーム「コルホルシンダロパート塩酸塩」